翌朝、早めに目を覚ましたラピス。
今日はクィディッチの初試合だ。
グリフィンドール対スリザリン――因縁の対決。
ナイトテーブルに置いてある杖を手に取り、空のグラスに杖先を向ける。
「アグアメンティ」
グラスは水で満たされる。
ラピスはそれを二口飲むと、グラスをナイトテーブルに置く。
その瞬間、グラスの水は音もなく消えた。
試合に臨むことにあたり、一番心配なこと。
それは、"能力に頼った魔法"を無意識のうちに使用してしまうかもしれないということ。
選手は、試合中魔法を使わないよう杖をマダム・フーチに預けることになっている。
杖がなくとも魔法を使えるラピスには、全く無意味だ。
気を付けなければ……。
ネグリジェからグリーンのユニフォームに着替える。
長い黒髪を頭の高い位置で結ぶと、背筋がぴんと伸びたような気がした。
「おはよう、ラピス」
「ごきげんよう」
談話室に行くと、既にドラコがいた。
彼はいつもより機嫌が良い。
顔は血色が良く、少し落ち着きがない。
早くハリーを打ち負かしたのだろう。
その為に、彼は一生懸命練習してきた。
大広間にはスリザリン・チームの他の選手も来ていて、グリフィンドール・チームの姿もあった。
グリフィンドール・チームは非常に静かで、空気が重い。
その様子を、スリザリン・チームは嘲笑った。
「あんな箒じゃ勝ち目はないって分かったんだろう」
「勝敗を決めるのは箒だけではないでしょう」
卑劣な笑みを浮かべて言うマーカスに、ラピスは言った。
「何だ、ラピスはグリフィンドールに勝ちを譲る気か?」
「まさか」
グラディスの問いに、ラピスは短く答えてコーンフレークを口に運んだ。
ちらりとグリフィンドールのテーブルを見ると、皆あまり食が進まないようだった。
十一時が近付き、学校中がクィディッチ競技場へと向かい始めた。
「ラピス、頑張ってね!」
「応援してるわ!」
すれ違う生徒達に激励の言葉をかけられ、自然と笑みが零れる。
嬉しい、と思う。
「ラピス、」
後ろから肩を叩かれ振り返ると、いつもの笑みを浮かべたセドリックがいた。
同時に振り返った隣のドラコは、不快感を露骨に顔に出した。
「ユニフォーム、よく似合ってるよ。その髪型も」
「ありがとう」
「頑張って、応援してる」
彼は手短に言うと、人混みの中に消えていった。
彼の笑みは、ラピスの緊張を僅かに和らげた。
スリザリン選手が入場すると、グリフィンドール選手の時とは打って変わってブーイングの嵐だった。
勿論、スリザリン生の歓声も聞こえるが。
何だか蒸し暑い。
この雲行きは雨が降るかもしれない。
鉛色の空を見上げてから、ラピスはふと観客席を見て、目を丸くした。
大きな横断幕があちこちにあるのだ。
スリザリンだけじゃない、グリフィンドールも、ハッフルパフも、レイブンクローまである。
その横断幕は、"ラピス・ミリアム"と大きく書いてある。
よく耳を澄ますと、ブーイングの中に自身の名前を叫ぶ生徒達の声。
自身を応援してくれている人がこんなにもいる。
途端に、胸が熱くなった。
――勝ちたい。
応援してくれている人達の為にも、勝ちたいと思った。
対戦チームがグリフィンドールでなかったとしても、同じように思っただろう。
どくどくと、心臓がいつもより大きく脈を打つ。
緊張と高揚感。
決して悪くない。
寧ろ、心地良いくらいだ。
「ラピス、もう一度聞くけど、グリフィンドールに勝ちを譲る気はないよね?」
隣のドラコが問う。
「まさか――勝つのは、スリザリンだもの」
勝気な笑みを浮かべた彼女は、とても凛々しく、気高かった。
「ああ、勝つのは僕達だ」
ドラコは満足そうに笑って頷く。
「さぁ、キャプテンは握手をして」
マダム・フーチの指示で、両チームのキャプテンが握手をする。
「調子はどうだい?ラピス」
正面のフレッドだ。
「絶好調よ」
ラピスの勝気な笑みに、双子は顔を見合わせて笑った。
「「そうこなくっちゃ!」」
マダム・フーチの合図で、十四人の選手が一斉に鉛色の空に高々と飛翔した。
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