弱虫冒険譚第一章・中

その時、ヤストモ・アラキタはハヤト・シンカイと武器を交えていた。二人が自主的にしている早朝訓練である。神殿の敷地内は広大な草っぱらであるので、非常に好都合なのだ。互いの刃が頬をかすめ、キンッとした音を立てて弾かれ、足元を薙ぎ払う。だんだん二人が訓練の枠を出て、本気になり始めていた頃、神殿の中から青い髪の少年が息を切らせて走ってきた。

「すいませーん!」

いつものほほんと自分のペースを崩さないこの少年が、珍しく大声をあげて寄ってくる。二人の訓練を見学していたトーイチロー・イズミダとユキナリ・クロダが、少年に問いかけた。

「そんなに慌てて、どうしたんだサンガク?」
「まさか巫女様に何かあったのか!?」
「あ、いえ、そういうわけでは・・・」
「どうした?」
「あ、フクトミ団長!」

騎士団駐屯基地内で書類の処理をしていたジュイチも、外が何やら騒がしいと出てくる。

「あのですね、ジンパチ様が皆さんを呼んでくるようにと申されましたので、呼びに来ました」
「アァ?なんだってこんな朝っぱらからァ?」
「もしかして神託を受けたのかい?」
「そうみたいなんですけど・・・」
「その様子では、あまり良いものではないようだな」

ジュイチ、ヤストモ、ハヤトの三人は留守をトーイチローたちに預け、急いで神殿の中へと向かった。

○過去を遡る

すでに数日経過している出来事だが、いまだにその時のとこを鮮明に思い出せる。常に明るく前向き思考の巫女が、あんなに真っ青な顔をしているところを初めて見た。まさかあんな唐突に世界の危機を知らされるとは誰が予想しただろうか?神様ってのもその危機を直前まで察知できないもんなのかねェと、愛槍の手入れをしながらヤストモは思った。あの後、国王にもその神託は伝えられ、急いで調査した結果、最近闇ギルドの構成員が不審な病に倒れているという。医者曰く、ただ眠っているだけのようなので、病とも言い難いのだが・・・何らかの術を掛けられた可能性も高い。神が奪われたという魔剣の仕業である確証はまるでなかった。そもそも魔剣とはどういうものなのか、誰も知らないのだから捜しようがない、と言うのが現状である。しかも闇ギルドの構成員はそのほとんどが不法入国者。国の民でないものの被害を騎士団は調査することができない。だから今、ジュイチがジンパチとサンガクを連れて、馴染みのギルドに任せようと外出している。そのことが気に食わない。

「ヤストモ」
「アァ?」
「機嫌が悪そうだな。食う?」
「なんでバナナ食ってんだ。さっき飯食ったばっかじゃねーかヨ」
「足りなかったんだよ。で、食う?」
「っせ!食いかけこっち向けんな気持ち悪ぃ」
「荒れてるねぇ」

ヤストモの隣に腰掛け、ハヤトはバナナの残りを二口で食べきった。

「憂さ晴らしに手合わせする?」
「お前とはもういい。朝やったばっかだしな」
「ジュイチとやりたい?」
「ったりめーだろ」
「今頃ソーホクに着いたころかな」
「つか」
「ん?」
「何でわざわざアイツまで行く必要があんだよ」
「ジンパチのこと?」
「フクちゃんにまかせときゃいいのに、バレたらヤバくね?」
「巫女は神殿から出ちゃいけないからね。心配してるんだ?」
「違ぇよ!そんなんじゃねーし」
「ははは、素直じゃないな」

そんな会話から更に数日が経過した。幸い巫女の外出についてはバレることなく、無事にギルドへの依頼は済まされていた。あれ以来神託も特になく、魔剣の捜索も全く進展していない。残る希望はギルドソーホクに任せた闇ギルドの件の、原因追究のみであった。

一方、ヤストモたちが進展しない現状にイライラしているころ、ソーホクではサカミチがとんでもないことをやってのけていた。

「「被害者の過去を視たぁ!?」」
「は、はい!」

魔法学の教科書に、人の過去を視る魔法について解説されていたのを見つけて、実戦したら出来たというのだ。たまたま傍にいたテルフミもそれに巻き込まれて、一緒に視たと主張するものだから一蹴し難い。ユースケはジュンタと顔を見合わせて首を傾げた。

「他人の過去を視るなんて上級魔法ですよ?教科書を見たくらいでパパッとできるようなものでは・・・」
「だよなぁ」
「でも視えたんです!」
「本当ですよ!この僕が断言します!」
「じゃあ、お前らが視たものを俺たちに教えるッショ」

今までにも、魔法使いになって数ヶ月のサカミチは、決して簡単ではない魔法を突然成功させてしまったことがあった。それは人より多くの魔力を持っているらしいサカミチが、コントロールできないための暴発ではないかとみている。今回のもそれであろうか。いずれにせよ部屋の中央に二人が倒れているのを見てギョッとしたのだから、納得いく説明をしてほしいのが本音である。

「黒い剣をもった人が立っていました」
「かなり長身の男性でしたよ」
「言葉の使い方がショーキチくんに似てました」
「おそらく出身地は彼女と近いと思います」
「剣から黒い煙が出ていました」
「それを吸ったら目の前が真っ暗になって、僕たちも現実に戻ってきたんです」
「そしたら目の前にジュンタさんの顔があって・・・」
「そこから先はいらない」
「「あ、すみません」」

黒い剣、それが魔剣であるならば、それを持っていた長身の男とやらが国の敵ってわけか。ユースケはどうやってそれを証明するか考え始めた。まず、黒い剣を持った男の目撃情報が必要だ。それから魔剣の特徴を詳しく聞く必要がある。その剣と照らし合わせて同じものであるならば証明終了。しかし魔剣の特徴なんて誰に聞けばいいのか。

「魔剣が黒いかどうかなんて、そもそもどの文献にもそんな記述はなかったけど・・・」
「でも刃も柄も真っ黒でした」
「金の装飾と赤い玉が埋め込まれていましたよ」
「赤い玉って紅玉?」
「そこまではわかりません」
「でもおそらくそれかそれに近い価値の玉ですよ絶対!」
「ふーん」
「誰でもいいから魔剣のこと少しでも知ってる人いませんかね?」
「ジュンタさんのお知り合いにそういう人いたりして?」
「いないけど。っていうか神様しか知らないんでしょ?その物語の時代に、実際にそれを見てた人が生きているなら別だけど」
「それッショ!」
「「「!?」」」

何気なく三人のやりとりを眺めていたユースケが、突然大声を上げた。

「確かこの国には創始の時期から続く家がまだ残ってるッショ!その家で実際に先祖が見たものとして魔剣が語り継がれていれば、あるいは日記かなんかでも残っていれば!」
「だ、としても確率は限りなく低いですよ?」
「だろうな。だけどゼロじゃない。お前ら着いてくるッショ!」
「「「え、は、はい!」」」

ジュンタ、サカミチ、テルフミを引き連れて、勇ましくユースケが出て行った数時間後、帰ってきた他のメンバーたちは、通常任務のついでに聞き込みをして得た情報を纏めていた。

「壊滅した闇ギルドの近くで、黒身の剣を持った細長い男と、その男と同じローブを着た男が数人目撃されているな」
「だいたい六割の確率ですね」
「六割って微妙だな、やつらが関わってるって断言できるのか?」
「これだけバラバラの地域で六割も目撃されていたら充分だ」
「つまり、この細長い男をとっ捕まえてシバいたらええっちゅーことですか」
「闇ギルドの事件についてはそれで解決するかもな」
「あとはその剣が魔剣かどうかってことですね」
「・・・」

完全に手詰まりである。彼らは先ほどユースケたちが頭を悩ませていたことと同じ問題にぶつかっていた。

「それより、ユースケたちはどこ行ったんだよ。コガたちに聞いても突然出て行きましたとしか言わねぇしよー」
「何かわかったんじゃないのか?」
「だといいけどなー」

その時、ドタンバタンと激しい音が響いた。だんだんシンゴたちのいる部屋に近づいてくる。バンッと大きな音を立てて飛び込んできたのは、今まさに話題に出ていた四人であった。

「魔剣の特徴がわかったッショ!」
「先輩の粘り勝ちですね!」
「やっぱりカッコいいです!」
「僕たちが視た通りの剣でしたね!」
「ってことは二人が視たあの男が黒幕ってことか!」
「長身で!」
「訛ってて!」
「剣から黒い煙出してて!」
「つまりあの煙が原因なんですね!」
「あとは目撃情報さえあれば完璧ッショ!」

ワーッと盛り上がっている四人に、他のメンバーたちはまさにポカーンであった。

「ちょ、ちょおまってください!わいらにも詳しく説明したってください!」
「おっと、そうだったな」

まずはこれを見ろと、ユースケが差し出したのは一枚の絵だった。

「これは?」
「魔剣だ」
「魔剣?」
「実際に魔剣を見ているだろう先祖のいそうな家を虱潰しに訪ねたッショ。そこで残っていた日記に描かれていた魔剣を模写させてもらった。念のため聖剣の絵もな」

その絵に描かれていた剣は黒い柄と刃に、金の装飾を施され、赤い玉を埋め込まれたものだった。シンゴたちが聞いてきた剣と非常に類似している。もっとも鞘に入っている姿のものであるのだが。

「これは・・・闇ギルドの近くで目撃された男の剣によく似ている」
「目撃?」
「あぁ」

先ほど纏めた情報を伝える。

「こりゃビンゴだろ」
「わからない時はわからなかったけど、一気に色んなことが判明したなぁ」
「さっそく、フクトミたちにも知らせよう」

つづく

2013/08/16

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