弱虫冒険譚第一章・上

それは、いつもと変わらない早朝の出来事だった。禊ぎを済ませた巫女が、神の間に入り祈りを捧げる儀式。その巫女の付き人をしているサンガクが、欠伸をしながら入口の外で儀式の終わりを待っていると、その巫女が慌てて飛び出してきた。彼女らしくないその様に首を傾げる。

「ジンパチ様どーかしたんですか?」
「大変だサンガク!急いでジュイチたちを呼んで来い!」
「!?」

焦った顔の巫女に気押されつつ、サンガクはよくわからないまま、神殿に設けられた騎士団の駐屯基地へと走った。

○そして物語は幕を開ける

一方それから数時間後、ギルドソーホクのメンバーになったサカミチは、先輩魔法使いのユースケに錬金術を習っていた。

「こうですか先輩!」
「違うっショ!」

だーかーらー、なんでそうなっちまうかなー・・・ユースケ・マキシマにそうぼやかれるサカミチは、つい最近まで、自分が親に教えられていたおまじないが魔法とは知らなかった。魔法の知識と経験がまるでなかった彼に、錬金術や占術を教えるのは容易ではない。自分を指導係に任命したシンゴに、ユースケは何度心の中で悪態をついたことか。

「ユースケさん、サカミチ、そろそろ休憩なさったらどうです?スコーンが焼きあがりましたよ」

目をキラキラさせて自分の指導を待っている後輩に頭を悩ませていると、ギルド内もう一人の魔法使い、ジュンタが苦笑しながら近づいてきた。そろそろユースケが限界であることを察してきたのかもしれない。

「おー、そうするか。おいサカミチ、後で魔法学の本よく読んでおくッショ」
「はい!」

ギルドの事務担当メンバーに交じりながらスコーンと紅茶を堪能していると、仕事に出ていた仲間たちが次々と戻ってきた。

「ジン様がかえったぜぇー!おーうまそうなの食ってんじゃねーか!俺にもよこせよ!」
「タドコロっち声がでけぇッショ」
「ほんまにうまそーやないですか!わいもわいも!ほい、ハジメさんの分!」
「ん」
「皆さんおかえりなさい!」

ジン、ハジメ、ショーキチ、彼らは確か荒くれ者をこらしめる任務に出ていた。

「「ただいま戻りました」」
「ジン、お前たちの方が先に戻っていたか」
「おうよ!」
「おかえりなさいリーダー、シュンスケくん、テルフミくん!」

シンゴとシュンスケ、テルフミ、彼らは行方不明者の捜索だったはずだ。

「ん?おいシュンスケ、お前その腕・・・」
「あぁそうなんだ。途中でゴロツキにからまれてな、その時にかすったらしい」
「スカシ怪我したん?ざまぁ!」
「うっせーな」
「おいジュンタ手当してやれ」
「はい」
「いや、このくらい別に」
「いいから来いよ」
「痛た!ジュンタさん痛いっす」
「ゴロツキって、肩でもぶつかったのかよ?」

偶々なのかワザとなのか、怪我した方の腕を掴まれたシュンスケは奥の部屋へと連れていかれる。ジュンタのことだから多分後者だろうなと、ユースケが二人の消えた扉を見つめていると、ジンがシンゴに腕を回して尋ねていた。口元に付いたスコーンの欠片が汚らしい。

「いや、よくわからないんだがな、仲間に怪しい術を掛けたのは誰だって叫びながら絡んできたんだ」
「怪しい術?」
「ユースケみたいな怪しい魔法使いに喧嘩売ったんじゃねーの?」
「タドコロっち死刑」
「冗談だよ!」
「怪しい魔法使い!ユースケさんかっこいいです」
「サカミチくんおもろいなー」
「怪しい魔法使いがカッコいいってよ、よかったなユースケ」
「俺は怪しくないッショ!」
「怪しい怪しい!がははははは!」
「つか、だったらタドコロっちは熊だな熊!」
「熊ぁ!?」

そのまま話題はどんどんそれて行き、すぐそのゴロツキの事はソーホクの中で忘れさられた。

数日後

仕事が入らず暇を持て余していたソーホクの元へ三人の人物が訪ねて来た。一人はかつてシンゴと剣を交えたことのある王宮騎士、ジュイチ・フクトミ。騎士団の制服ではなく、普通の私服を纏っている。もう一人はラフな格好をした少年、最後の一人は白い布を被り、顔を隠した女性だった。

「久しぶりだなキンジョー」
「久しぶりだなフクトミ」

人に聞かれてはマズイ話であるようで、ひとまずギルドの奥へと案内する。少年はサンガク・マナミと名乗った。

「神殿で神官やってます、サンガクです。よろしくねー」
「僕はサカミチ・オノダです。サンガクくんよろしくー」
「わいはショーキチや!このスカシたやつはスカシイズミ」
「だれがスカシだ」
「僕はテルフミだよ!」

和気あいあいと自己紹介しあう少年たちをしり目に、ジュイチたちは本題に入る。

「実は国で処理できない事案があってな。解決に協力を願いたい」
「どんな事案だ?聞かないことには判断ができない」
「そうだろうな。まずはこやつの話を聞いてくれ」

ジュイチが女性の肩を叩いた。女性が顔を隠していた布を取る。

「あれ?ジンパチ?」
「やぁマキちゃん」
「ユースケ知り合いか?」
「あぁちょっとな・・・つかお前なんでここにいるッショ、外出歩いていいのかよ!?」
「よくないがいまはそんなことを気にしてる場合ではないのだよ」
「紹介しよう。こやつはジンパチ・トードーといって、神殿で巫女をしている」
「へー巫女・・・は!?」
「フクトミ、なぜ神殿の巫女がここにいるんだ!?」

神殿の巫女と言えば、いつ来るかわからない神の言葉を賜るため常に神殿にいなければならない女性のことを指す。ちなみに、この国には巫女は一人しかいないはずである。

「実は数日前、ジンパチが神から神託を受けたのだがな・・・」

数日前、神殿に集められた三人の騎士は、青い顔をした巫女に神の言葉を告げられた。

「魔剣が奪われた。一人の少年の怨念によって、世界が闇に覆われる日は近い」
「神が、そう言ったのか?」
「そうだ」
「魔剣が奪われたって、どういうことだ?魔剣はどこにあるかわからないはずじゃないのかい・・・?」
「けっ!神様にはわかってたってか?」
「さぁな。しかし魔剣が昔話どおりの力を持つものならば世界の危機に違いなかろう」

いままでにも、神はいくつかの危機を巫女に告げていた。歴史上で最も有名なのはこの国に伝わる英雄の登場を予期したことだが、それ以外にも、王の交代、隣国との戦争、大飢饉、大火事など歴代の巫女が受けて来た預言は様々である。しかし今回は、中でも特におどろおどろしいイメージを持って伝えられた。この預言はジュイチを通して国王にも告げられ、その直後より密かに調査隊が組織された。しかし、この数日でわかった魔剣による被害と思わしきものは・・・

「闇ギルドの壊滅」
「闇ギルド?」
「そうだ。どうやら闇ギルドのメンバーたちが次々と意識不明で倒れているらしい。原因はわかっていない」
「調査したいのは山々なんですけど、闇ギルドの構成員はほとんどが違法入国者で、いまの法律じゃ騎士団を動かせないんだそうです」
「原因って、なんかの病気ッショ?」
「いや、健康的にはなんの問題もない。医者曰く、ただ眠っているだけのようだ」
「それが、魔剣の被害だと言う確証はあるのか?」
「正直ない」
「しかし、この国のどこかで魔剣が使われている、これは確かなのだ!このまま放っておけば魔剣が人々の負の念を吸って、本当に世界を滅ぼしかねん!それに・・・闇ギルドとは言えこの国に生きる民、彼らを救えずして国の平穏が保てるものか!」

シーン、と室内が沈黙に包まれる。

「あ、あの〜」

その沈黙を破ったのは、おそるおそるというように手を上げたショーキチであった。

「どうした?」
「わい、隣の国の出身で、最近越してきたばかりやから、その昔話を知らんのです。よろしければ教えてほしーなー、なん、て」
「あぁそうだったな」
「ならばジンパチ、巫女直々に英雄譚を語ってやったらどうだ」
「ふむ、よかろう。ではよく聞くがいい少年たちよ」

一拍置いてから、ジンパチは語り始めた。

かつてこの国には規則と言うものが無かった。
人々は自由にのびのびと、好きなことをして暮らしていた。
食べたい時に獣を狩り、木から実をもぎ、寒ければ毛皮を剥ぎ、暑ければ水を浴び、眠りたいときに眠った。

しかし、年月が経てば人は増える。
人が増えれば争いが生まれる。
彼らは、限りある食物や居場所を奪い合った。

素手の殴りあいから、石の投げ合いに、石の投げ合いから刃物による切りあいに、自分の身を血で汚しながら誰もが生きるために必死になった。
小さき子どもや腕力のない女、か弱い老人にはその血みどろの戦いを生き残るすべはなく、また男たちもその争いの虚しさを感じ始めていた。

やがて誰しもが生きることに嫌気がさしてきたころ、その青年たちは現れた。

ボロ布を纏っただけの二人の少年。

何も持たぬ彼らの武器は言葉だった。
人々に穀物を育てる知恵を教え、分け合う心を説き、みんなが手と手を取って生きることを目指した。

やがて少年たちが成長して青年になったころ、周辺諸国で大飢饉が起こった。
再び少ない食糧を奪い合い、人々が争いを始めた。
一人の青年は少年のころのように、分け合うことを進言したが、もう一人は違った。
少ない食べ物を大勢で均等に分けようとすると、一人一人の分が小さなものになる。
これでは誰も生き残ることができない。
だから、生き残るべき人に食べ物を与えるのだと主張した。

二人の主張に、人々の意見は真っ二つに割れた。

このままではキリがないと、青年たちは剣を取り戦った。
国のため、人のため、正しく生きるため、今度は青年たちが互いの手を血に染めた。

この時どちらが勝ったのか、今日までの歴史には残っていない。
ただ一つわかっているのは、二人の想いを吸った剣が莫大な力を持ち、神によって封印されたことだけだ。
勝者の剣を聖剣として、敗者の剣を魔剣としてこの国のどこかへ隠された。

二人の青年による大飢饉の決闘から数百年後のことだ。

神によって封印されし二対の剣が解放された。
偶々同じ場所に保管されていたそれを見つけて、何も知らぬ子どもたちが抜いてしまったのだ。
その剣は双方共に美しい容姿をしていたので、子どもたちは誰の目にも触れない場所に隠し、時々その剣で冒険者のまねごとをして遊んでいた。

やがて数年をかけて、その中の一人の少年が魔剣の怨念に影響され始めていたが、誰もそれに気がついていなかった。

ある時、その少年が剣の隠し場所へ向かうと、まだ誰も来ていなかった。
魔剣を握り、素振りでもしようと構えると、何処からか声が聞こえて来た。
声、といっても明確な言葉ではなく、なんとなくこんなことを言っていると感じるなにかだった。

少年の友人たちが彼より少し遅れて剣の隠し場所へ向かうと、魔剣が無くなっていた。
また、魔剣に影響されていた少年もそれ以来姿を消してしまった。

月日が流れ、平和を保っていた国に一つの石が投げられた。

あの魔剣の少年が大人になって、魔獣たちを引き連れて国を攻めて来たのだ。
魔獣と言っても、普段は人間に干渉しないものたちまで、目を赤く光らせて人々に襲いかかる。
まさに地獄絵図。
かつての友人たちは、すっかり人が変わってしまった彼を止めようと武器を取った。

一人は弓矢を、一人は魔法の杖を、一人は槍を、そしてもう一人はあの聖剣を・・・

勇猛果敢に戦う彼らに押されて、魔獣たちはやがて深い森へと逃げ帰った。
最後に残ったのは魔剣の青年のみ。
ここから三日三晩かけて、聖剣と魔剣の戦いは続いた。
山一つ吹き飛ばし、大きな湖を枯らし、森の木々を薙ぎ払うほどの威力を持って二対の剣はぶつかりあった。

そして決着がついたころ、友人たちが二人の元へ向かうと、そこには息絶えた二つの躯があった。
この時に人々は、争いから生まれるのは悲しみだけだと理解した。
いずれにせよ、二人の死をもって国は救われた。
魔剣と聖剣は、再び神によって、今度は誰の手も届かない場所に封印された。

「それが今では、様々な曲解を経て、魔剣の青年を魔王、聖剣の青年を勇者と言い変えて語り継がれている」
「へー、なんや普通の英雄の話と趣きがちゃいますね・・・」
「まぁな。私は巫女だから、物語としてではなく歴史の一つとしてこの話を認識している」

初めてこの話を聞いたショーキチは思うことがあったのか、それっきり黙り込んでしまった。

「わかるか少年たちよ。この話には悪役がいないのだ」
「最初の二人は人々のために争った・・・」
「次の魔剣の青年は、魔剣に影響された・・・?」
「魔剣に影響されてとは言うがな、魔剣とて初めは青年の正義のために振るわれたのだ。むしろ魔剣こそが、人々の影響を受けて禍々しくなったのかもしれない」
「それは、鶏が先か卵が先かって話になるッショ」
「あぁ」

はたして一体なにが正義で何が悪なのであろうな?そう言い残して巫女は白い布を被って外へ出た。

「魔剣の捜索はこちらでも行う。どうか闇ギルドの件、よろしく頼む」
「バイバイみんな、こんど遊ぼうね」

三人は神殿へと帰って行った。シンゴたちはジュイチたちが置いて行った闇ギルド員たちの診断書と、いつどこで彼らが倒れたかの報告書に目を通す。事件の発生地域は東西南北様々で規則性があるようには思えない。

「がーっ!ダメだ俺にはわからん!おいハジメ、ショーキチ、ちょっと付き合え!」
「はい」
「手合わせやったら大歓迎ですわ!」
「あと任せたぞシンゴ、ユースケ」
「はいはい脳筋は早くいけッショ」

しばらくして、鉄と鉄がぶつかり合う音がギルドの中庭からいてくる。どうやらジン対ハジメ&ショーキチで戦っているようだ。あの三人はこういう資料とにらめっこするより、戦う場面でこそ生き生きするからなぁ、とユースケはこっそり溜息をついた。同じことを思ったのか、シンゴも苦笑している。

「さて、確かに人には向き不向きがあるからな。この資料はユースケ、お前とジュンタに任せる」
「唐突だな」
「俺たちはとりあえず通常の仕事を片付けておくことにしよう」
「ついでに聞き込みもしとけよ」

つづく

2013/08/16

[ 4/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -