素直になれない朝のひととき:meiri様


「あ、間違えました・・・どうしましょう」


黒子の目線の先には一つのお弁当箱。

なるべくバランスの良いようにと野菜と肉と言ったおかずを偏りのないように作られたそれは、黒子自身のために作られたものではない。

もちろん作ったのは黒子だが、この弁当はある人物のために作られたものだった。

黒子はそれを前に困った様に立ちつくした。


「ご飯に七味かけてしまいました・・・」


黒子はボソリと独り言を呟くが、現在キッチンに居るのは彼だけのためその呟きを聞いた者はいなかった。

そう、黒子はわざわざ起きて作ったせっかくの弁当のご飯にふりかけと間違えて七味をかけてしまったのだ。

炊飯器にはご飯は残っていない。
ごはんがお弁当の分ギリギリであったため朝ごはんをパンにしたくらいだ。
使い切りのパックのご飯もなければ冷凍ご飯もなかった。

内心焦りつつ、キッチンと対面式のリビングの壁に取り付けられている見やすさを重視したデザインの時計で時間を確認する。


「(ギリギリ・・・すぎますね。この時間じゃコンビニに寄って会社に行ってくださいなんて言えませんね)」


ふむ、と黒子は考え込む。
すると、この間桃井が話していた失敗談をふと思い出した。


黒子は現在自宅で仕事をしている。
というのも、作家として現在本を執筆中なのである。
幅広い層に地味に人気があるため、作家一本でやっていける黒子は常に家に居て、仕事か家事をしているのだ。

そんな黒子は当然のごとくあまり外にはでない。
そのため、黒子担当の編集者である桃井は原稿を取りに来くだけでなく、時折遊びに来るのだ。
遊びに来る、と言っても世間話や桃井の愚痴大会となるのが常であるが。


そして、たまたま先日桃井が来た際に、失敗談として桃井が語って行った話のなかに似た様な話があったのだ。


桃井は黒子同様、同居人が居る。
黒子の場合は付き合っているので同棲だが、桃井達の場合は結婚もしてなければ付き合ってもいないので同居人というカテゴリである。
しかし、はた目から見れば、微笑ましいカップルである。
当の本人達は否定しているが、内情としては同棲と変わらないと言っていいだろう。

昔は料理全般が作れなかった桃井だが、努力の結果か人よりは上手く作れないがなんとか料理と言う物ができるようになった。

そのため、同居人の青峰の弁当を毎日桃井が作っているのだ。

そんな桃井はよく弁当作りを失敗する。

先日も普通ならありえない失敗をしてしまい、青峰に怒られたらしく、愚痴を言いに来ていた。


『一味唐辛子を間違ってご飯にかけちゃって、ごまかすためにゆかりご飯の素をかけてごまかしたの!
セーフだよね?!でもね、大ちゃんったらすっごく怒っちゃて・・・』


―――それはアウトです、桃井さん。

そうツッコミたい気持ちを抑え、どうにか今後そんなことをしないようにフォローをしたのはほんの数日前の記憶だ。

黒子は自分は絶対にそんなミスはしない、と思っていたが、早速似た様なミスをしてしまい内心へこんだ。
だが、朝のこの時間にそんなロスタイムは許されない。


「(昨日の夕飯の残りは野菜炒めですね・・・ご飯の上にレタスを敷いて、野菜炒めにとろみをつけて中華丼っぽくしてどうにかごまかしましょう・・・。ゆかりでごまかすよりはまだイケル気がします)」


後日、青峰から聞いた話では、それはもう尋常じゃない量の一味唐辛子だったようで、お弁当箱を開けた瞬間に放たれた強烈な香りに周りの同僚に「彼女さんと喧嘩でもしたのか?」と聞かれる始末だったらしい。

そんな失敗は避けたい、と黒子はお弁当をもって行く人物が家を出るまでのタイムリミットまでに作り終わらせるために忙しなくキッチンを動き回った。


数分後、黒子がなんとかお弁当を作り終え。
箸や飲み物のボトルを袋の中に入れていると、黒子の同棲相手である花宮が廊下からリビングに繋がる扉から姿を現した。


「おいテツヤ、そろそろ家でるから昼飯」


「…今ちょうど終わった所です。すみません真さん、今日のお弁当失敗しました。美味しくなければ残していいので・・・」


「ンなもん、言われなくても不味けりゃ残す。残しても文句言うんじゃねぇぞテツヤ」


「真さんこそ、無理して食べてあとで文句言わないで下さいね」


花宮は黒子と目を合わせず、まるで機嫌が悪い様な口調で会話を返してくる。

口の悪い返答にも機嫌を損ねるわけでもなく、黒子は意地悪く喧嘩を売る様な言葉を返した。

チッと舌打ちをする相手にクスクスと穏やかに笑みを浮かべて花宮にお弁当箱の入った袋を差し出す。


「今日も気をつけて仕事に行ってきてくださいね」


そう言って花宮の頬にキスをおくると、また先程までの無表情にもどり、黒子はくるりと方向転換をしてキッチンへもどろうとした。

やった本人自身が恥ずかしく、無表情は黒子の照れ隠しだった。

恥ずかしさを誤魔化すため、早々とその場を離れようとした黒子だが、残念なとこにそれには失敗してしまった。

花宮は黒子の頭を掴み、無理やり振り向かせた。
不機嫌顔のまま花宮は黒子の唇にキスをおくる。

角度を変え何度も繰り返されるそれが花宮の照れ隠しだと、黒子は長い同棲生活の中で気づいていた。
そのため、嫌がることはできずそのまま長い彼のキスを受け止めた

せっかくお弁当作りの失敗をなんとか誤魔化すことに成功したのに、黒子は花宮からの逃亡には失敗したのだった。

嬉しいと舌打ちをしたり、照れ隠しでキスをしてきたりする、素直に慣れない花宮のそんな行動すら愛おしくて、せっかくどうにか誤魔化すことに成功したお弁当の事を忘れ黒子はただひたすらその甘い行為に溺れて行った。

結局、その弁当がお昼に食べられることはなかったのだった。



end



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