砂糖菓子のような日常:ラニア様




「痛っ・・・」



大学講義をようやく終えてウチに直帰した黒子がソファに横たわってごろごろしてて。
月バスでも読んでるのかと思ったらそんな事を呟いた。
俺はというとそんな黒子を眺めて、意外と不精な性格してるんだよなぁ、と呆れ中。
ついでにゆで卵の腕前だけ一品な同居人に任せるのを諦めて夕飯を作ろうと思ってたところだ。

「んだよ?どっかぶつけたか?」
キッチンから声をかけるが答えはない。
どうした?

思わずリビングに足を向ける。
過保護?
ばぁか、違ぇよ。
放っておいたら結構な怪我でもそのままにするような奴なんだよ。
面倒でも俺が見張ってるしかない。


さっきソファに寝転がってると思ったらもう普通に座り直してなんか口をもごもごさせてやがる。
猫みたいに上のほうに目線を向けて何処を見てるか判らない。
眉根に皺をよせてマジ痛そうなんだけど何処が痛いのかはっきりしねぇ。

痛がってんの嘲笑ってやんのも楽しそうだけど。
しょうがない。
「おい。どうしたか言え」
「・・・痛い、です」

一応答えはするが、痛いってのは知ってるから今更そんな報告されても意味ない。
真面目に答える気ないだろ、コイツ。
ひたすらに口をもごもごさせては時折ピクッと痛そうな顔をするだけ。
「何か食ってんのか?間食なんかしてっと飯食えなくなるぞ」
「ちあいまふ」
何か口に入れてるような、ちょっと舌っ足らずな喋り方。
何なんだよ、マジ。
「食ってんじゃねぇか、馬鹿」
「食べてませんってば」


ハッキリしないので顔を覗き込む。
すると黒子は生意気にもすぐに顔を逸らしてしまう。
何やってんだか。

「ハイハイ。良い子だからこっち向こうな」

下らない問答が続いてイライラしてきたから、猫被るとき用の笑顔浮かべて黒子の顔を強引にこっちに向かせる。
そうするとキッと睨まれた。
「首!痛いですよっ」
「てめぇが正直に白状しねぇからだろうが。おら、言ってみ」

色素の薄いガラスみたいな目と睨み合う。
数十秒。
観念したらしく黒子は小さな舌を出したかと思うと「ここです」と言った。

最初はその行動の意味が判らなかった。つーか、まだ反抗してんのかと思ったけど。
出された舌をよく見てみると、綺麗な赤の中に濃い赤が一点。

「あぁ、なるほどな」
「そうです。口内炎できちゃったんですよ・・・・・・」
「だっせぇな。つか口内炎が舌に出来てんの初めて見たぜ」
思わずまじまじと見つめる。
すると黒子はすぐ舌をしまってしまう。

「体質の違いじゃないですか。僕はたいてい舌に出ますけど」
さっきまでの黒子の行動にようやく合点がいったわ。
「だからさっきから口もごもごさせてたわけか」
「講義中は全然気にならなかったのに帰宅した途端に気になって・・・困りました」
ウンザリするように呟いた。

その言葉に少々呆れる。
気にならなかったら放置してたってことだろ?
全く何処までも健康に無頓着というか。
よくこれで帝光や誠凜でバスケやってこれたもんだぜ。



「もっかい見せてみろよ」
見てみると軽く陥没して患部の中心は白くなってやがる。
あーあ。
喋るのもツライんじゃねぇの、これ。

「ったく・・・完全に栄養不足が原因だな。お前食わな過ぎなんだよ。あと当分はバニラシェイク禁止」
「え?なんでシェイクが駄目なんですか?」
「糖分取りすぎっとビタミン不足になるんだよ。それぐらい知っとけ、ばぁか」
「・・・明日、ビタミン剤でも買います」

また眉根に皺を寄せて目を閉じて口の中をもごもごさせてる。
「おい、あんま弄んな」
黒子の顎を掴む。
「だって気になります」
甲斐甲斐しく心配されたのが嬉しかったのか、黒子は少し穏やかな表情になって俺の手に頭を預ける。
まぁ露骨に態度に出して世話焼くのなんざ柄じゃないしな。
喉でも鳴らしそうな上機嫌な様子の黒子。

ちょっとイタズラ心が刺激される。



「なぁ黒子。口内炎用の塗り薬が売られてんの知ってるか?」
「聞いたことはありますけど、使ったことありません」
「ウチにもあった気がするせ。でも種類が色々あるからちゃんと薬が合うか見てやるよ」

黒子はちょっと疑ってるような目で俺を見上げる。
そしてまた口の中でもごもごさせてみてる。
ふはっ、単純な奴。

舌に薬を塗るのに抵抗があるのか、なんとか自然治癒しないか足掻いてるらしい。
いくらなんでも一瞬で治ったら誰も苦労しねぇよなー。
痛みが増しただけみたいで、うな垂れてる。
頭悪い訳じゃないのに、こういう所は餓鬼だよな。

「諦めついたら口開けろよ」
「・・・はい」
決めたからにはもう後戻りはしない黒子らしく素直に口を開けた。

日頃あれだけ性格悪いだの腹黒だのって人を罵っておきながら無防備な奴。
顎に添えた手はそのまま。
反対の手で後頭部を支えて顔を近づける。
舌先の患部を見せるべく小さな口から少しだけ舌を出して。

ニヤリと自分でも悪い顔で笑っているんだろうと自覚しつつ、舌なんて碌に見えない距離まで顔を寄せた。
鈍い黒子が気付いて逃げようとする前に。
小さな頭を掌でがっちり捕まえて、引っ込められる直前の舌先に噛み付く。
眼前の黒子の表情が歪んだ。
「…んんっ!」
口内炎を避けていても歯を立てられたことで痛むっぽい。
顎を押さえたまま舌だけ逃がさせてやると険しい顔で睨んできた。
煽るだけって学習しないのは、まぁ長所か?

今度は口内の奥に引っ込んだ舌をちろりと舐めて。
そのまま舌先で患部を抉ってやる。
悲鳴じみたくぐもった抗議の声がしたような気もするけど、知らね。無防備なお前が悪い。
ビクビク震える体に笑って、何度も舐めたりつついたり繰り返した。

こっそり覗い見ると限界を超えた涙が真っ赤になった目元に滲んでる。
あとは口内炎なんざ関係ないただのキス。

くちびる噛んだり、舌絡めたり。
歯列をなぞってると捕まえてる顎に力が込められた。仕返しに噛むつもりらしい。
させるかよ。

満足いくまで口内を荒らしてやって。
仕上げとばかりにわざとリップ音を立てて口唇にくちづけ。


「・・・・・・っ・・・最低、ですね」
息も絶え絶えに黒子が不満を漏らすけど。
「なに言ってんだ。お得意の掌底で反撃できないくらい感じてやがったくせに」
「っ!出鱈目なこと言わないでください!」
説得力ねぇ憎まれ口だって分かれよ。
エロい顔して縋り付いてたことを自覚しろ、って言いたいが。
さすがにそこまで言ったら拗ねて厄介だろう。
夕飯作りもまだなのに不貞てた黒子の相手までするつもりはない。

「薬があるのは本当なんですよね?自分で塗ります!」
無表情ながらも顔を真っ赤にして足音も荒く去っていく背中を笑って見送る。



自分の手の中でほころんでいくコイツを見るのが楽しくて堪らなかった。



[ 3/7 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -