ペテン師に引っかかった魔術師:響様



「げっ」

「うわっ……」

午後4時。マジバにて。
会いたくない人に遭遇してしまいました。
大好きなバニラシェイクも不味くさせるような人です。

「なんでてめぇがここにいんだよ」

「それはこちらの台詞です。あなた、ここに来るような人ではないでしょ? お引取り願えますか?」

「ふはっ、お前ん家でもねぇのになんでお前の許可がいんだよ。せっかくだ、相席するぜ」

「ちょっと! 他の席が空いてるのにわざわざ隣に来ないでくださいよ。なんの嫌がらせですか」

「あ? そりゃてめぇの嫌がる顔が見てぇからに決まってんだろ、バァカ」

ニヤニヤと下卑た笑いをしてくる彼こそ、悪童と名高い花宮真である。
なんの因果か僕が一人の時に遭遇する確率が高い。
そう、今回もこれが初めてというわけではないのだ。
仕方なく会話に移ることにした。

「今日はどちらに用があったんですか?」

注文したブラックコーヒーを片手に視線を寄越す。
到底僕には飲めそうにない代物だ。

「隣の本屋。あそこが一番でかくて、大抵のものが手に入るからな。お前は火神にでも置いてかれたか?」

「違います。あとその下品な顔こっちに向けないでください。ゲスが移ります。火神くんは補習なので、僕一人でここに来ました」

「ふっ、バカな相棒を持つのは大変だなぁ。脳筋なんじゃねぇの」

「一概に否定はできませんが、火神くんを悪く言うことは許しません」

そう告げると彼は吹き出しました。

「っは、てめぇも案外酷いこと言ってんじゃねぇかよ。なぁ、真っ黒子くん?」

どうしてでしょう。この人を前にすると無表情の面も苛立ち一色に染まってしまいそうになります。

「僕はそんな名前じゃありません。あなたがそう呼ぶのならこちらもゲス宮さんって呼びますよ」

「好きにしろよ。試合会場で真っ黒子って叫んでやるからよ」

くっ、この悪童が! 分かってて言ってるところがムカつきますね。
あぁ、シェイクから水滴が滴ってきて気持ち悪いです。
彼の前で手を振って、水滴をかけてやりましょうか。
そんな黒い思考が巡るのも彼のせいだとしておきましょう。

「しかしあなたも物好きですね。僕などに構うなんて。それともただの暇人ですか?」

「暇人? もしそう見えるなら眼科行って、眼球移植した方がいいぜ。俺が行くところにお前がいるだけだ。自意識過剰が」

「行くところに僕がいるってそれ偶然通り越して軽くホラーですよ。というか、出没ルート変更してください。ここは誠凛区域ですよ」

「俺がどこでなにしようが関係ねぇだろ。それとも俺に会うのに問題でも生じるのか?」

ニヤニヤと笑い、ゲス顔で見つめてきます。
その顔にイグナイトをかましてやりたいくらいです。
女性にモテそうな顔なので、モテなくしてやりましょうか。
本当に彼に惚れる女性の心理が分かりません。
要はみんな顔ってことですかね。

「おい、てめぇ今恐ろしいこと考えてただろ」

「いえ、綺麗な顔をイグナイトで醜悪顔にしてやろうかなんて考えていませんよ」

「十分考えてんじゃねぇか! ったく、恐ろしいガキだぜ」

あなたに溜息を吐かれるのは心外なんですけど。
というか、あなたの思考の方がよっぽど恐ろしいですよ、なんて僕は言わない。

「誠凛はどんな教育してんだ。野放しにしとくなよ」

「なに言ってるんですか? あなたの学校の方がよっぽど野放しにするなですよ。むしろゲス宮さんを野放しにしないでほしいです」

「ふはっ、てめぇも言うようになってきたじゃねぇか。誠凛の連中はここまでお前が腹黒だとは思ってねぇだろうな。教えてやったらどうだ、真っ黒子くんよぉ?」

「悪趣味です。そうやって人を脅し、手に入れたいものは手に入れてきたんですか? 僕には通用しませんよ。生憎あなたが欲するようなものは何も持っていないので」

「あ? 人を悪人みたいな言い方するな。俺が脅しを使って物奪うわけねぇだろ、バァカ。自分から差し出させるに決まってんだろ」

「……このゲスが」

悪趣味通り越して、ゲス街道を着実に突き進んでますよ、この人。
親の顔が見てみたいものですね。
いえ、やはりやめておきましょう。
親子共々イケメンだったら僕が泣きます。
というかどういう人からこの人が生まれて、どういう環境でこの性格が形成されるんでしょうか。
世の中はまだまだ不思議に満ち溢れていますね。

「さっきから失礼なこと考えてんじゃねぇよ。不愉快だ」

顔をしかめる花宮さん。珍しいですね。
あなたの方がよっぽど不愉快なことを仕出かしてきてるのに。

「ゲスの性格が形成されるまで、という考察をしてたわけではありませんよ。大丈夫です。あなたの存在の方がよっぽど不愉快ですから」

「ガキ、てめぇ……」

おぉ、怖い。どの時代もイケメンを怒らせると怖さ千倍ですね。
と考えながらも僕の顔には一切その気が出ていませんが。

「喧嘩売ってんのか? なんなら高く買うぜ?」

「僕の力こぶに勝てるとでも? 怪我しますよ」

「お前、力こぶなんて一切ねぇだろうが。一発KOかますぞ」

「ちょっと中指立てないでください。へし折りますよ? あなたに倒されるほど僕弱くありませんから」

「はっ、どうだか。つーか、なにがラフプレー嫌いだ。てめぇの思考も十分ラフプレー抱えてんじゃねぇか」

嘲笑う声。卑しい目で見つめてくるもの。
僕は心底この人が嫌いだな、と思いました。

「コート外なので、ラフプレーではありませんよ。それにバスケじゃないので。僕はあなたの考えやプレースタイルが嫌いです。
もちろんあなた自身のことも嫌いだ。僕の人生の中であなたとの出会いが一番の汚点なくらいに」

「へぇ……そうかよ」

静かな目で紡ぐ言葉。傷付いた素振りも驚いた素振りもない。
ただ静かな水面がそこにあるだけでした。

「言いたいことがあるならお互いに言ってしまいましょう。それでおさらばです。異論はありますか?」

「ま、お前の言うことにも一理あるな。なら遠慮なしに言わせてもらう。俺は良い子ちゃんが大嫌いだ。反吐が出るくらいにな。
その中でもお前がダントツで良い子ちゃん振りを発揮しやがる。あの時の試合は今思い出しても、反吐が出るわ。
お前のプレースタイルも誠凛で掲げてる理念も全部嫌いだ。理想形を掲げてるとしか思えねぇ。木吉の脚のことで恨むなら勝手に一生恨んどけ。
俺にはどうでもいいことだからな。それとその目が一番気に食わねぇ。全部映してるようで全くなにも映しちゃいねぇ。てめぇの眼球はガラス球か。
だから余計に汚したくなるんだよな。大嫌いなお前の目を俺一色に汚したくなるんだよ」

この話をしている時の花宮さんはまさに極悪人面でした。
あの青峰くんをも超えたのではないかと思うくらいでした。

「何気に後半気持ち悪いこと言ってますね。俺一色ってなんですか。あなたも患ってるんですか? 勘弁してくださいよ。厨二病患者は一人で結構ですから」

「バァカ、誰が厨二病だ。殺すぞ。今のはどう考えても告白だろうが」

「は?」

目から鱗、どころか眼球ごと持っていかれそうな感じだったんですけど。
今なんて言いました? 告白? あぁ、僕の勘違いですね。大嫌い宣言ですよね。

「少し驚きましたが、大嫌い宣言ですよね。変な言い方しないでください」

まったく最近の人は語弊がある言い方をするので困ります。

「お前実は頭悪いだろ。確かに大嫌い宣言だが、告白でもある。まぁ、一種のゲームだな」

「ゲーム? とうとう頭まで沸いてしまいましたか、ゲス宮さん。可哀想な人ですね」

「勝手に哀れんでんじゃねぇ。なんなら愛の言葉で表現してやろうか?」

ベコッとシェイクの容器を凹ましたのは僕だけではないはず。
あの花宮さんから愛という言葉が出てくるとは。
世も末ですね。
鳥肌と悪寒が治まってくれないんですけど。どうしてくれるんですか。
今、夏ですよ? 心はシベリアにいる気分です。

「それこそあなた風に言うと反吐が出ます。愛ってなんですか。好きな人でもいるんですか? 生憎あなたの恋愛相談を受けるほど僕はお人よしではないんですよ」

あからさまに口元を押さえて言ってやりました。
ゲスの恋愛話を誰が好き好んで聞きますか。
それこそあなたに恋している女性に話してやったらいいじゃないですか。
あぁ先ほどから僕の悪態が尽きません。
これも全部目の前に座っている悪童のせいだ。
この人を前にすると黒い部分が曝け出されてしまう。
早くこの場を治めないと。
チラリと見やった先にはどこか楽しそうで、いつもの卑下た笑いを浮かべた花宮さんがいました。

「気まぐれだ。てめぇを手中に陥れたくなっただけだ。とことん飽きるまで付き合ってもらうぜ? 真っ黒子くんよぉ」

「嫌です、と言ったらどうしますか?」

「その場で犯す。もしくはありもしないことを誠凛・キセキの世代・あらゆる人間に言いふらしてやるよ。さぁ、どうする?」

「僕のメリットが分かりません。楽しいのはあなただけじゃないですか」

話をするのも疲れてきました。
ゴールの見えない話ほど疲れるものはありません。
それが取引となれば尚更です。

「お前がこのゲームに勝ったら、二度とお前の前に姿を現さねぇよ。これで平穏な毎日が送れて嬉しいだろ?」

「えぇ、素敵な提案ですね。ただ、ゲームをせずに失せてくれればもっと素敵だったんですけどね。ルールはなんですか?」

ニヤリと効果音がつきそうなほどの笑みでした。
背筋を凍らすとはこのことを言うんでしょうね。

「その気になってきたか。ルールは簡単だ。どちらが先に相手の手中に堕ちるか、ただそれだけだ。堕ちた方は相手の要求を全て呑む。難しいことは一つもないだろ?」

「ルールは分かりました。とりあえず、売られた喧嘩は熱いうちに買うのが主義なので、買わせて頂きます。泣き言は一切聞いてやりませんから」

「ふはっ! お前こそビービー泣いてお仲間に助け求めんじゃねぇぞ。開始は俺がこの店を出てからだ。終わりは相手が堕ちるまで。いいな?」

「分かりました。精々泣きっ面を拝んでやりますよ」

「今のうちに吠えれるだけ吠えとけ。どうせ勝つのは俺なんだからよ―――」






ペテン師に引っかかった魔術師
(早く堕ちてこいよ。なぁ、黒子?)




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