逃がしません:朔夜



皆さん初めまして。
僕の名前は黒子テツヤです。
私立誠凛高校の一年生、バスケ部に所属する自他とも認めるバスケ好き。
無表情で影が薄く滅多な事では人に存在すら認識されないと定評がある。
そんな僕は、チームメイトにも友人にも言えない秘密を持っちゃってます。
それは、僕の実家が関東でも屈指の名家だと言う事。
別に秘密にする必要はないのですが、何となく言いそびれて「まぁいいか」で終えた中学時代からの延長で、未だに誰にも打ち明けていない。
本当なら有名進学校に進学して、帝王学なんかを学ばなくてはいけないけど、ぶっちゃけ面倒・・・じゃなくてバスケがしたかったので、高校までならと条件付きで好きにさせてもらってる。
まさかWC制覇するとは思ってなかったらしいけど。
「優勝しました」
「・・・そうか、さすが俺のジュニア」
「ジュニアて止めて下さい、小さい子みたいじゃないですか」
「実際小さいだろ」
ドヤ顔で言い放った父にはイグナイトかましておいた。
確かにあの人に比べれば小さいけど、あくまで平均。
周りが規格外なだけだ。
規格外と言えば、もう一つ僕には秘密がある。
そりゃもう規格外と言うか予想外と言うか。
秘密の根源を試合会場で見た時はまさに目が点になった。
勿論無視しました、当然です。
彼もさも初対面のような態度で、あまつさえ喧嘩ふっかけられてガチ切れした僕はきっと悪くない。
仮に親しげに話し掛けれられても全力でスルーする気全開だったけど。
普段僕に対してそんなにストレス溜めてたんですかと真顔で問いたくなるような下種な対応に内心拍手喝采。
大事な先輩を傷つけた事に関しては2時間程正座で言い訳してもらおう。
と言うか彼だけでなくその他の方も素晴らしいスルースキルを持っていた事に今更驚いた。
そう言えば彼と僕がどんな喧嘩をしていてもその後ろで何も無いようにマリカーやっちゃうような人達だったなぁ。
「って訳で、春休み合宿始動!!」
「キター!!!夏も冬も死んだのに!春も死亡フラグがっ!春なのに春がこねぇよ!」
「花見ー!!せめて花見位はっ!」
「はっ!桜が錯乱!キタコレ!」
「キテねぇよ、氏ね」
やはりと言うか何と言うか、予想した通り1年から2年に進級する春休みは合宿にてバスケ三昧らしい。
まさに地獄と呼ぶに相応しい悪夢の合宿に意識が遠のきかけるが、今はそれどころじゃない。
例え春休み明けに基礎練5倍の刑が待ち受けていたとしても、この合宿にだけは参加する訳にはいかない。
「あの、すみません。カントク」
「ん?どうしたの黒子君」
「春合宿なんですが、僕参加出来ません」
ええええええ!!?
カントクを始めとした部員から批難だか驚愕だか解らない悲鳴が上がった。
お前一人だけズルい!なんて言われてもこればかりはしょうがないのだ。
「すみません、夏も冬もぶっちしたのでそろそろお冠なんです」
本来なら夏も冬も本家に戻って家族水入らず過ごす筈だった。
それを自分の都合でキャンセルしたのだ。
せめて大きな大会が少ない春位はと涙ながらに電話口で訴えた母に、強いてはその後ろで腹黒い笑みを浮かべているだろう自分の教育係兼護衛係に逆らえる筈がない。
「すみません、ホント」
何でだどうしてだとしつこい相棒にもう一度すみませんと頭を下げて、終業式の終わった校舎を後にした。
そして校門を通り抜け、周囲に同じ制服の学生が見えなくなった頃、スっと音もなく真白いベンツV350が停まり、声を上げる間も無く引き摺り込まれた。
ボフンと柔らかいシート、ではなく少し硬い何か、なんて考えるまでもなく久しく顔を合わせて無かった教育係の膝の上に鼻から着地する羽目になった僕は仕返しとばかりに脇腹にイグナイトを叩き込んだ。
「ぐふっ・・・!」
思い切りぶつけた鼻が地味に痛い・・・。
赤っ鼻とかトナカイだけで十分だ。
「ふぁ?」
お腹を抱えて蹲る元凶にザマァと内心舌を出す僕の頭が、隣から伸びてきた手に引き寄せられた。
ちょっとビックリしたでしょう、誰ですか。
なんて言ってもこんな事するのはこのメンバーじゃ1人しかいないけど。
「坊ー!久しぶり、元気ー?でも無いっか、鼻だいじょぶ?」
「お久しぶりです、若干鼻が低くなった気がしますが元気です。原兄さんもお変わりないようで急に抱っこするの止めて下さいって何回言えば解って貰えるんですかね」
「合宿は無事に回避出来ましたか」
「はい、大丈夫です。ご心配お掛けしました橋兄さん」
「坊、何飲む?マジバでバニラシェイク買って来てるけど」
「マジですか、グッジョブ瀬戸クン」
「テツヤ・・・っ!てめっ・・・!」
「あ、花兄さんもお久しぶりです。相変わらずのゲスゲスしさに涙出そうな位嬉しいです」
「だったらちったぁ嬉しそうにしろ!再会して早々イグナイトかますヤツがあるかっ!」
「すみません、その麿眉見てたらちょっとイラっとしたので」
「お前が他人のフリしろっつったんだろ!?」
「木吉先輩にあんな事していいとは言ってません。噂では知ってましたけど正直ドン引きです、死んで下さい花兄さん」
「嫌だね、バァカ!!」
「二人とも、いい加減にしろって・・・「黙れザキ」「すみません五月蝿いですザキ兄さん」俺何か悪い事した!?」
何で怒ってんの坊!!
ヨヨヨと泣き崩れるザキ兄さんは、無表情な橋兄さんに背中を叩かれて慰められている。
その向こうでは原兄さんがお腹を抱えて爆笑して、瀬戸クンの意識は既に僕のみに向けられていた。
「坊、晩飯までかなり時間あるから軽く食ってた方がいい。サンドウィッチとおにぎり、どっちにする」
「ありがとうございます、サンドウィッチで。タマゴサンドなら尚よし」
「任せろ、タマゴサンドは常駐だ」
さすが瀬戸クン。
実の母より僕の好みを把握してくれる君が大好きです。
冷たいバニラシェイクを受け取って、両手が塞がった僕に一口サイズのタマゴサンドを食べさせてくれる瀬戸クンはまるで母の如く穏やかな笑顔で僕を見下ろしている。
その横では花兄さんが苦虫を噛み潰して鼻に詰まったような顔をしていた。
うわ、不っ細工。
「悪かったな不細工で!て言うか健太郎!こいつの護衛班リーダーは俺だろうが!何で毎回お前が仕切ってんだ!!」
「それは花宮が坊に会う時毎回出会い頭に怒らせて沈められてるからだろ、俺のせいじゃないと思う」
「高校に入って会う時間も減った上に、久しぶりの再会があれなら拗ねたくなる気持ちも解るけど自業自得じゃないか?
そんな訳でその説は申し訳ありませんでした坊。木吉は大丈夫でしたか」
「全然大丈夫じゃないです。でも、皆さんのプレイスタイルは知ってましたし他人のフリをしてくれと頼んだのは僕ですから。
自業自得は僕もです」
「坊はなんも悪くないでしょー?元はと言えば花宮があんなプレイするからだし?坊がうちに来てくれないからっていい加減拗ねるの止めればいいのに」
「だから!拗ねてねぇっ!」
瀬戸クンからタマゴサンドを食べさせてもらう傍ら、正面に座っていたザキ兄さんが『野菜も食え』なんて言いながらリンゴをウサギさんにしてくれた。
リンゴを野菜と言っていいのか微妙なとこだけど、植物繊維ならタップリなんだし問題無いだろう。
でもいくら可愛いウサギさんでも丸ごと一個は無理です無理です。
「花兄さん、お一ついかがですか?」
「いらねぇからちゃんと食え。言っとくけど会場でまともに飯が食えると思うなよ?」
「解ってますけど丸ごとは無理です」
「坊、余ったらアップルパイにしてやるから大丈夫だ、ザキが」
「俺かい!」
「マジですか、ザキ兄さんめっちゃ期待してます」
「その目止めて!坊の期待が重い!!」
霧崎第一のレギュラーは全員が僕の護衛係で教育係だ。
本来なら僕も同じ高校に通う筈だったのだけど、中学卒業間際に知らされた正直の新事実に急遽志望校を変えた。
その衝撃の事実とは言わずもがな兄さん達が今まで行ってきた試合時のラフプレイ。
兄さん達がバスケを好きな事も楽しんでる事も知っているし、キセキの連中と対戦して絶望しながら違う意味でバスケを楽しもうとした結果だと言う事も解っている。
でも、だけど。
許せないモノは許せないし、認められないモノは認められない。
だから誰にも相談する事なく進路を変えた。
花兄さんや瀬戸クンを誤魔化せるかどうかは一種の賭けだったけど、意外にも花兄さん以外は協力的だった。
何故に。
『花宮の気持ちも解るけど一番大事なのは坊の気持ちだから。好きにすればいい』
そう言ってくれたのは瀬戸クンで、僕が霧崎に行かなかったせいでヤサぐれて余計性格が捩れくれた花兄さんを抑えてくれるのも瀬戸クンだった。
八つ当たりの主な標的はザキ兄さんみたいだけど・・・ザキ兄さん・・・いつもすみません、感謝してます、これでも。
「お、そろそろ着くよ、花宮よろしくー」
「おう、任せろ。んじゃてめぇら全員目ぇ瞑ってろ、開けたヤツは殺す」
一瞬本気の殺気が花兄さんから漏れたけど、毎度の事なので既に皆気にしない。
気にしてたらやってられないからだ。
そうして花兄さんは誠凛の制服をゆっくり脱がせてくれて、真新しい白いシャツを着せてくれてボタンを留めてる。
シャツが終わればズボン、ブレザー、ネクタイ。
ネクタイピンとカフスは見た事のないモノだったから、誰かが買ってくれたのかもしれない。
全ての着替えを終えると、いつもはボサボサの髪に丁寧に丁寧に櫛を入れて髪を梳いてくれる。
少し両サイドを上げて、何故かピンでサイドの髪を纏められた。
と言うかそのピン、女性物じゃ・・・。
「よし、これで仕上げ、と・・・」
最後に、僕の左手の人差し指に紋章入りの指輪を嵌めて、花兄さんは満足そうに笑った。
「お前等もういいぞ」
花兄さんの言葉に目を開けた皆さんの視線が集中してくる。
いつも思うのだけど何故そこまでじっくりとっぷり見てくるんですか、恥ずかしいから止めて欲しいんだけど。
「悔しいけどさー、やっぱ花宮のコーディネイトが一番坊に似合ってんのなー」
「ああ、悔しいけどな。坊、本日もとても凛々しく仕上がってます。外見中身共に立派な俺達の八代目ですよ」
「てかそのネクタイピンとカフスってこの前買ったヤツじゃん。坊にプレゼントかって聞いたら全力で否定してたくせに」
「うっせぇザキ!これはプレゼントじゃねぇよ、ただの貢物だ!」
「・・・プレゼントの方が体外的にいいと思うんだが・・・坊、あまりデザートばかり食べるなよ?
帰ったらちゃんと軽食用意しておくから、ザキが」
「だから何で俺!?」
四方から向けられる褒め言葉に、僕も素直に頷いて花兄さんに目を向け感謝を込めて笑顔を浮かべた。
皆と同じく僕をじっと見下ろしていた花兄さんは、そんな僕にニヤリと口角を上げて笑い返してくれたけど、その顔どう見ても悪役顔にしか見えないです。
外ではちゃんと猫被って下さいね?
「お願いしますよ?」
「うるっせぇ!!言われなくても猫だろうがパンダだろうが被ってやんよ!ほら行くぞ!」
照れているのか拗ねているのか。
よく解らない態度で、でもほんのり耳を赤くした花兄さんが既に到着していた会場の入り口に停めた車から先に降り、僕に手を差し伸べてくれる。
いくら悪態吐いたってそんなに赤い耳をしてたら説得力ないと思う。
親族一同、そして系統会社幹部が集まるパーティ会場で、花兄さんは見事な程のジャイアントパンダを被り僕の補佐としての役目を全うしてくれた。
でも時々向けてくれる笑顔は決してパンダを被ったモノじゃなく、本心からの笑顔だと僕は知っている。
小さな頃から僕の友人として護衛として教育係として傍に居続けてくれる皆。
素性を隠す心苦しさも申し訳なさも、実家に戻った時に皆が居て「坊が決めた事だから」と受け止めてくれる。
皆が居てくれるから僕は頑張れるんです。
「ってかさ、花宮はそろそろ自覚してもいいと思うんだけどなー?」
「全くだ、俺達の中でも一番信用されて頼りにされて甘えられて、なのに嫌われてるとか思うあの馬鹿さはどうにかならないのか」
「しょうがない、あれが花宮だから」
「瀬戸だけクン付けなのが気に食わないらしいぞ、坊は知っててわざとやってるしな」
「・・・オレは当て馬か・・・まぁ坊が幸せならそれでいいけど」
「すみません、皆さん。でも本当に花兄さんのあの鈍感さどうにかなりませんか?
これじゃいつまで経っても僕が八代目を襲名した時の補佐役に指名出来ないんですけど」
「無理だ坊、諦めろ」
「もういいじゃないですか、馬鹿は馬鹿なりに組織内での人脈も信用も勝ち得ていますから、今更誰も異議は唱えませんよ?」
深い溜息と共に瀬戸クンが呆れて苦笑を漏らし、橋兄さんが困りましたねなんて無表情に肩を叩いてくれる。
原兄さんとザキ兄さんは、思い切り楽しんでいるようだし、この人達やっぱり性格悪い。
「他人事みたいに言ってないで、後2年の間になんとかして下さいマジで」
中学時代はまだ6年あるし、なんて悠長に構えていて、卒業する頃もまだ3年あるし、なんて呑気に思っていた。
けど後2年。
僕が高校を卒業して18になる歳まで後2年。
長いようで短いその間に、あの人には僕の補佐役として一生を添い遂げる覚悟と自覚をしてもらわなくてはいけない。
そろそろ形振り構ってられない僕は、4人を見回して頭を下げた。
「お願いします、僕は花兄さんに補佐役になってもらいたいんです。その為に力を貸して下さい」
ペコリを頭を下げて、見上げた先で。
皆さんはとても優しい目で僕を見ていた。
そして、その目と同じ優しい声音がキレイにハモって僕に届く。
「「「「仰せのままに、俺達の八代目」」」」
さて花兄さん、逃がしませんから、覚悟して下さいね?










[ 6/7 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -