**.恋せよ 花舞え.**
「軍隊は来ないみたい。」
「向こうが引き付けてくれたな。」
「……。」
後方を見ても、追っ手が来る気配はない。ライトニング達が暴れているのだろう。ホープ、大丈夫かな。と心配そうに俯いたヴァニラにサッズも元気付けるように言った。
「あっちはパルムポルムに向かうルートだ。なんだかんだ言って、家に帰るだろ。」
「大人しく帰ってくれれば、それにこしたことはないんだけどね…。」
「……だよなぁ…。」
身を案じているのもそうなのだが、何せあっちはエデンへ行く組だ。コクーンが緊迫した状態の中、これ以上下界への恐怖心を煽るようなことは控えた方がいい。
「誰も下界を知らないのにね……。」
「知らねえもんは怖いし、怖いもんは知りたくねえさ。大人になるほど、そうなってくるんだ。俺だって、怖くてたまらねえ。呪われたルシなんか 」
「サッズ。」
吐き出されようとした言葉は、口の中で萎んでいった。ウィッシュに制されたサッズは、苦虫を噛み潰したような顔で悪い、と零す。不穏な空気を感じ取ったヴァニラは先へとサッズを促した。
「ここらで休むぞ。」
滝が見える少し開けた場所に出たウィッシュ達は追っ手が来ないことを確認してから一夜を過ごすことに決める。
野宿でいいかというサッズの問いに、ヴァニラは軽く二つ返事で了承した。
見た目が華やかでいかにも女性を感じさせる物腰柔らかなヴァニラは、野宿なんて!といってくるのかと思いきや、嫌な顔一つせずに準備を始めていく。
下に敷く布に満足げに笑ったヴァニラはすぐさま横になって目を閉じる。その勇ましい姿はとても都会で見られるような女の子ではない。こんなにも順応性が高い女の子を、ウィッシュは見たことが無かった。
「 。」
「じゃあ俺も寝るかな。あんちゃんは?」
「俺はこの辺見回ってくるよ。先に休んでて。」
にこりと微笑んで安心させるようにいえば、疲労からぐったりとしているサッズはその言葉に甘えるようにして横になる。
二人が寝たことを確認したウィッシュは、静かにその場を離れる。
僅かだがこちらに向かってくる音を聞きつけたウィッシュは、来た道とはまた違う道を走った。
「いたぞ!!」
瓦礫が多いこのヴァイルピークスは、障害物が多いために身を隠しながら敵を翻弄するにはもってこいの場所だ。ひらりひらりと翻したウィッシュを仕留めようと撃ってくるPSICOMは苛立ったように数を増やしてくる。
そうだ、もっと周りの敵を呼び寄せろ。
何のために足音を立てて逃げていると思っているのだ。何のために対応しても瀕死の状態で残していると思っているのだ。
ルシ相手に、少数じゃ勝ち目はないぜ。ライトニング達に向けている部隊も、サッズ達を追っていた部隊もこっちにおいで。
ほら、餌はすぐ近くにあるんだよ。
「とうとう追い詰めたぞ。」
「この人数でよくここまで逃げ切れたものだな。」
開かれた口から出てきた言葉に、心底呆れてしまうウィッシュは目の前に広がる瓦礫を華麗に登り始めた。
途端に居を突かれたPSICOM達は発砲してくるが、瓦礫の上をぐるりと回り始めたウィッシュにあたりはしなかった。
ようやっと降りてきたウィッシュに、発砲をやめたPSICOMは驚愕した。今まさに追い詰めていたと思っていた標的は、唯一の出口に佇んでいる。また取り逃がしてしまうのか、そう苦渋が滲む。
「さぁ、閉じ込めた。」
瞬間、PSICOMは唖然とした。嗚呼、囚われたのは自分達だ、と。唯一つの出口を塞ぎ、綺麗に微笑むその姿を見た瞬間、誰もが悟った。自分達はウィッシュを追い詰めていたのではない、誘き寄せられてしまったのだと。
まんまと誘われたPSICOMが後悔の念に押しつぶされそうになったのは、ウィッシュが美しく月に照らされた妖艶な姿を間近に見たときだった。