戦わされた子供たちの行方
「彼とはそれほど話をしたわけじゃありません。ただ、私が屋上へ行くといつも待ち構えたように彼がそこにいて、少し微笑んで私を手招きするんです。屋上庭園のベンチに腰掛けて、他愛のない話をしました。天気の話とか、クラスでの噂話とか、テストの範囲とか」
――本物のCさんと話している時に会話が噛み合わなくなることはなかったの?
「本物のCくんとはほとんど話なんてしてませんから。元々接点もなかったし、そうでなくても当時のCくんは学校内で神格化されていて、Aレベルの空気読めない子じゃないと気軽に話しかけられない雰囲気でしたし」
――仲がいいところを見せつけたいとは思わなかった?
「自分でもよく分からないんですけど、当時の私はとにかく彼との仲を隠したかった。……たぶん、自信が無かったんです。周りにそのことを知られた時、もしも妨害されたらきっと抵抗はできなかった。Aと違って」
 彼女の話によると、CくんやDくんをはじめとした立海大付属のテニス部レギュラーたちはその年の11月初旬にテニスの長期合宿へと招集されたらしい。Bさんは日々懸命に練習を重ねながら、ただCさんの帰りを待ったそうだ。
「12月になって彼らが帰ってきて私はホッとした。もう私はCくんの隣でしか本当の自分ではいられなくなっていた。でもそれと同時に恐ろしい噂を聞いてしまって」
――噂?
「CくんがAと付き合っているという噂です」
 そこでようやく、話はAさんやCさんの証言と繋がってきた。

 その後彼女が語ってくれた事の顛末は、おおよそ私が知っているものと同じだった。Aさんに背中を押されたBさんがCさんに告白し、CさんはAさんとの関係を否定せず、Bさんは怒りで我を忘れてAさんに怪我を負わせた。
「これが、貴方の知りたがっていた真相です。みんなが私を庇うために少しずつ少しずつ無意識のうちに嘘をついたり隠したりしていたみたいだけど……これが、真相」
 彼女はそれを言い終えると、そこでやっとアイスティーを口に含んだ。彼女のそれはすっかり溶けた氷で薄まり、私のコーヒーもとっくの昔に冷めていた。店員が少しだけ減っていたお冷を注ぎに現れ、そして程なくして次のテーブルへと移動していった。
――これは私の単なる興味本位なので、答えていただかなくても構わないのですが。
「はい」
――貴方はいまだに、Dさんと交流があるそうですね?
「ええ。今は一緒に住んでいます」
――どうしてですか?Dさんを恨んだりはしなかったのですか?
 好奇心に駆られた私の無神経な質問に、彼女は少しだけ微笑んでこう答えた。
「憎くて、愛しくて、大好きで大嫌いです。彼に対して思うことはたくさんあります。でも、私たちはどちらも寂しがり屋で、ちょっとおかしいから。だから、二人きりでいるのが一番いいんです。それが一番、誰の迷惑にもならないんです」


 結果から言うと、私はその後本社に帰って編集長に頭を下げた。今回の件は記事になりそうにないと言うと、編集長はここに書き記すのも憚られるような罵詈雑言を私に浴びせ、しばらく私には記事を書かせないと宣告した。
 私は今、仕事の合間を縫って睡眠時間を削りコツコツと書いてきたこの原稿を、書き終えようとしている。私の胸に満ちているのは、AさんとBさんとCさんとDさんを巡る一連の悲劇の真相についてだ。
 DさんがCさんに成りすましてBさんを助け、Bさんは彼が偽物と知らずCさんに告白した。しかし本物のCさんは彼女を振り、BさんはAさんに怪我を負わせた。これは事実だ。どこの誰が何度この事件を聞いても変わらない、すでに起きてしまったことだ。まるで三流ドラマのシナリオに使われそうなこの陳腐なストーリーの裏で、彼らは何を思って、何を願ったのだろう。きっとそれは語り手にも聞き手にも左右される主観的な問題だ。時間と場所でもニュアンスが異なってくるだろう。
 誰が、悪かったのだろうか。
 不毛な疑問だと知って敢えてここに書き記すことにする。誰が悪かったのだろうか。鈍感だったAさんか、暴力を振るったBさんか、配慮に欠けたCさんか、嘘をつき続けたDさんか。
 私にその結論を出す権利がないことは分かっていた。それでもきっと、限りなく正解に近い言葉をDさんだけが知っていたのだと思う。

 共犯者。

 天才2人を追う者同士が、寄り添い合って束の間の穏やかな時間を過ごした。中学生同士の、清廉で穏やかな、淡い恋だったのだろう。ただそれだけの話だったのだ。もしもBさんとDさんがテニスだバレエだ詐欺師だ二番手だなどという、くだらないしがらみに捉われていなかったとしたら、あるいは。
 いいや、その先は私が書くべき内容ではないだろう。ノンフィクションでもしもの話は語られるべきではない。

 真相というものは本来、探るべきものではないのかもしれない。ましてや、それを知って記すなど不可能に近いのだろう。それでも私は、私があの三日間に見聞きした全てをどこかへ書き残しておきたかった。この先自分がジャーナリストの端くれとして生きていくためにも、彼らの証言の食い違いは覚えておくべき事柄だと思ったのだ。

 今はただ、彼らの心が穏やかであることを切に願う。


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