今日は昨日より気温も上がらず、木々の間を通る風も程好い涼しさで、テラスでお茶するのにもってこいな午後だ。
さらりと首を傾げた時に優しげな音を奏でる不二の毛先を眺めながら、互いの近況を報告するこの時間が好きだ。
会話が途切れ、カップを置いた不二がクッキーに指を伸ばした時、何故か急に赤くなり両手ごとテーブルの下に隠してしまった。
「どうしたの?」
しかも突如忙しげに辺りを窺いながら、こちらの様子も上目遣いで盗み見る不二は悩ましい溜め息を一つ落とした。
それから隠した両手をテーブルに置き、意を決した様に拳を作ってこちらに顔を近付けた。
何か大切な話があるのかだと、取り出した携帯はバッグへ戻し、私もまた不二へ顔を寄せる。
ふわりと、先程まで不二が唇を寄せていたニルギルの香りに彼が好んで着けるラストノートが柑橘系のフレグランスが混じり、これから秘密めいた何かを囁く予感が鼻腔を擽ってくれる。
「あのね、名前もおなにー、とかするの?」
上擦った声が女子と聞き違うばかり地声が高い。
まるで同性の友人と真っ昼間から明け透けに性の話をしている様な錯覚に陥ってしまった。
これが悪友の幸村ならば遠慮無く肘鉄の一発でお見舞いしただろう、その前に彼のお気に入りの女優と現実の女性について延々と聞かされる羽目になるのは言わずもがなだが。
しかし、不二は私の彼氏だ。
互いに成人であり、それなりの手順を踏んでからの交際をしている。
故にこの様な質問をされる日が来てもおかしくはないが、面と向かって言われると、いやそれ以前に午後の爽やかな日差しが舞い込むテラスでする話ではない。
「あ、いや…、そうじゃなくてね、名前…?」
怯えた様な、それでいて羞恥で耳の縁まで真っ赤に染めた不二は何度瞬きをしながら上目遣いのままで、
「ね、姉さんがね、その…、」
今度はあの女神が人の形に成ったかの様なお姉様まで飛び出して、こちらの心の臓が口から飛び出す勢いだが、ここは平静を装い彼の話を促すように首を縦に振った。
「その、引かないでね?…姉さんが、その、ね?…ばいぶ、持ってたんだ…っ。」
言い終えた瞬間不二は両手で顔を覆った。
聞いてしまった私は三秒だけ過去に戻りたくなってしまった。
「それでね、あのね…、姉さんがそういうの持ってたのがショックと言えば、ショックなんだけど…、」
「…いや、無理に話さなくてもいいから。」
端からさめざめと泣いている様にも見える不二を視界に入れないでまだ底に残っているコーヒーを啜った。
友人同士の話なら多少興味を持つかも知れないけど、流石に身内の性事情は知りたくはないと言うのが近親婚を防ぐ本能のプログラムなのかもしれない。
求婚者が列を成す不二のお姉様が性に飢えているとは考え難いが、あの人を本当に満たしてくれる男性がいない故の行為ではないかと、同じ女性として名乗るのが烏滸がましいが、不二の為に何とか詭弁を作り出してみた。
「あのね、名前?そうじゃなくて、…その持ってるのが問題なんだ…。」
「持ってるのが問題と言うと、持っていてほしくなかったという事?」
まぁ、確かに不慮の事故とは言え、同居する家族の性具を見つけてしまった気まずさを自分に置き換えると、不二との思い出を綴ったファイルをうっかり見られてしまったに匹敵する。
「…ううん、物自体のこと、…うん、と?形、っていうのかな…?」
「…形?」
「名前?…やっぱりゴメン…。急にこんなこと言ってて…。」
「あ、いやっ?!そうじゃなくて…、」
また顔を覆ってふるふると髪を揺らす不二に見とれてしまったと言えない。
「でも、僕っ…、姉さんがあんな持ってるっていうより、…もし名前がって思ったら…、」
「いやっ?!持ってないからっ?!それは持ってないから安心してっ?!」
正直な話全くしないと言わないが、どこかの魔王が言うには白百合の花粉の如く深く長く絡み付く交わり等と理解不能な例えしてくれたけど、不二だけで十二分に満足しているので他に刺激を求たいと気はない。
「いや、あの、ね?名前がそういうの使っててもいいんだ?…本当はあんまり感心しないけど…、ろーたー、くらいなら?使ってる名前を、」
「いぃぃぃ〜?いやいやいや、不二君?ちょっと時と場所考えようか?!」
「あ、う、…うぅ、ゴメン…名前?」
これ以上ないくらい真っ赤になった不二は上目遣いに唇を噛み締めるという必殺技をプラスする。
とても成人男性だと信じられない愛らしさに私は一体どうしたらいいのだろうか?
「だってね、名前?」
不二は右肘をテーブルについた。
「姉さんが持ってたの、これくらいあったんだよ?」
と拳を作っている右腕を指した。
大きいにも程がある
「…だから、僕、いろいろ自信亡くしちゃって…。」
突っ伏しそうなくらい項垂れてしまった不二へ何と声を掛けるべきか悩んだ。
「…その、名前?」
ぽつりと私の名を呼んだ不二は顔を上げた。
晴れやかな笑顔に漂う諦めの色を見つけて嫌な汗が背中を伝った。
「おなにーするなとは言えないけど、」
「不二?!」
突拍子もない事を言い出した不二は力の限り私の両手を掴むと、
「僕より大きいばいぶを使うのは絶対駄目だからね?!」
「その前にTPOを考えろ!!」
端からは涙目で縋る彼氏を無下に払う悪女に見えるかも知れないが、実際は逆だ。
不二が天然の悪女なのだ。
そして後日、お姉様と和解したのか未使用品を持参して我が家に遊びに来た不二に絶句するのだが。
勿論初心者向けに小さめサイズにしてくれたのは彼の優しさと自尊心だという事は書かずに私の胸の内にしまっておこう。
***
未散様から誕生日祝いに頂きました。私にはひっくり返っても書けない愛らしくて小悪魔な不二くんです!
会話の中や回想でしか出てきていませんが、由美子お姉さまや悪友幸村くんがいい味出してます。男のプライド的なものがチラチラと見え隠れしている下ネタなのに、ここまで可憐とは……。この不二に対しての表現力、さすが我が心の師匠未散様です。
自分で書けないが故に最近飢えていた可愛い系不二をどうも御馳走様……げふんげふん、ありがとうございました!