百万年早ェよ
『放してよ。この、弱虫』
 木の上から何となく眺めていた喧騒の中で、その声はさして大きくもないのに妙な力を持っていた。
 今にも死にそうな思いつめた顔や、松陽に気に入られようと媚びへつらう作り笑いばかりを見てきた銀時にとって、みやびのその敵意剥き出しの態度はとても新鮮に映った。昼寝を邪魔され寝ぼけていた己の眼が、少しだけ冴えた気がした。
 そして助けに入るタイミングを窺っていたら、あの笑顔を目撃したのだ。呆気にとられる少年たちの間を駆け抜け、大事な友人だという彼らの元へ一直線に向かっていく時の、あの嬉しそうな笑みを。
 その後松陽に気絶させられた銀時が目を覚ましたのは、松下村塾へと帰る道すがらのこと。久々の松陽に背負われる心地よさ、その大きな背の温もりを感じながら、銀時は漠然と自分が見たものを思い出していた。
「なあ、松陽」
「おや、起きましたか」
 師に声を掛けると、いつもの穏やかな声が聞こえてくる。
「みやび、アイツらと仲直り出来たかな」
 その肩にしがみ付く手の力を強めながら、そんなことを呟く。
「出来ていたら良いですね。……ええ、きっと大丈夫」
 松陽は歩みを少し止め、銀時を背負い直してまた歩き出す。
「さっき、みやびが笑ってるとこ見た」
「……笑ってる?」
「アイツらへ、すっげー嬉しそうに笑いかけてた。……ホントに好きなんだな」
 自分にはけして見せない笑みだろう。そう自覚した銀時は、何故だかモヤモヤとした気持ちで己の胸がいっぱいなのに気付く。
 悲しい、苦しい、寂しい、そんな感情のどれもが、今の自分には当てはまらない気がした。
「銀時……ひょっとしてそれはジェラシー」
 ハッとした様子の松陽が全てを言い終える前にその後頭部に右ストレートを決める。銀時を背負う手が離れ、彼は軽い音を立てて地面に着地した。
「気色悪い想像してんじゃねーぞおい!!」
「いたたたた……ちょっと、何も殴ることないじゃないですか」
「てめーがジェラシーとか言い出すからだろうが! 何度も言うが誰があんな幸薄そうなブス好きになるか!!」
「銀時、諦めるのは早いですよ。協力はできませんが応援はしますからね」
「おい、もうめんどくせーよコイツ。何なの? 知り合いの男女をとりあえずくっ付けたがるお見合いおばさん?」
「どちらかといえば息子の好きな子をどうしても訊き出したいお母さんです」
「余計タチ悪いわ!!」
 ああもう相手するのもめんどくせー。そう独りごちて先に行ってしまう銀時を、松陽が笑い交じりに謝りながら追いかけてくる。当分無視してやることを心に決めながら、銀時は追いかけてくる松陽の手から、彼に貰った愛刀だけ奪い取り走って我が家への道を戻っていった。

 そんなやりとりを経ての本日。銀時は自身の特等席である庭側の最後列で胡坐をかき、机に頬杖をつきながら惜しみなくその幼い顔を不機嫌そうに歪めていた。
 それもそのはず。昨日ぶりに会ったみやびがひどく思いつめた表情で、今朝方松陽と彼の書斎に入っていったきり出てこないのだ。
 銀時は思った。きっと仲直りが上手くいかなかったのだと。
「銀ちゃんおはよー」
「はよー、銀時」
「……おう」
 どんどんと顔を出してくるクラスメイトたちへぶっきらぼうに挨拶を返しながらも、彼のイライラはピークに達しようとしていた。
 まだみやびは教室へ戻ってこない。書斎に立てこもってから五十分が経過しようとしていた。きっとまた大泣きしているに違いない。松陽のことだから一時間目が始まるまでには上手いこと丸め込んで連れてくるとは思うが、それほどまでに傷付く出来事があったというのか。
 みやびに何しやがった、あのボンボン野郎。
 銀時の脳内に、みやびに酷いことを言って泣かせる、鬼畜な笑みを浮かべたあのボンボンのイメージ映像が再生される。顔はおぼろげだが、目付きが悪いことと高そうな着物を着ていることは憶えていた。再会出来てあんなに嬉しそうに笑っていたみやびを、どうやったらそこまで傷付けることができるというのか。人として終わってやがる、いっそ今からあの神社で待ち伏せて問い詰めてやろうか。
 そんなことを取り留めもなく考えていた銀時だったが、塾生のひとりが出した大声によって意識が現実に引き戻された。
「なあ、なんか表に変なヤツが来てるんだけど!」
 朝は忙しい農民の子が多いこの私塾では、一時間目からいる人間は疎らである。その全員の視線が、今しがた発言した少年に向いた。
「変なヤツって?」
「なんかこの辺であんま見ないヤツ。先生に会わせろって言ってんだけどさ」
「松陽は取り込み中だ」
 少年の言葉に銀時はおもむろに立ち上がる。時間的にどのみちもうそろそろ話が終わってそうだが、途中で邪魔が入るのも野暮だと思った。
「どうせ入門希望とかだろ。とりあえず上げとけ上げとけ」
 愛刀を担ぎ欠伸を噛みしめながら、銀時はペタペタと足音を立てて玄関を目指す。その後ろを教室にいた全員がとぼとぼと付いてきていた。銀時の言葉を真に受け新しい仲間が増えると思ったのだろう、どんな子だろうと囁き合いながらも彼らは銀時の前にはけして出ない。いつも寝るかサボるかの銀時だが、松下村塾での立ち位置は大体こんな感じであった。
「おう新入り、塾頭は手が放せねェから俺が話を……」
 そして、玄関口へと続く廊下の曲がり角を曲がった銀時は、言い掛けた言葉を思わず引っ込める。
「誰が入門希望なんて言ったよ」
 そこには、先ほど銀時が脳内で再生したイメージ映像で登場した、あの鬼畜ボンボンがいた。
 想像していたよりも二割増しの生意気なすまし顔で仁王立ちするその男を、銀時は目が合って二秒でこう思う。あ、コイツ嫌いだと。
「……ならどういったご用件で?」
 しかし、銀時は寸でのところでキレかけそうになる自分を抑える。顔を引きつらせながらも、それなりに冷静にそう問いかけたつもりだ。さすがに出会い頭に大した理由もなく喧嘩を売るのは道理に反すると思ったし、来客者に無礼な行いをしたと知られれば松陽に何をされるか分かったものではない。
「テメェじゃ話にならねェ。さっさとあのロンゲ呼んで来い、クルクル頭」
 しかし、招かれざる客が零した禁句に、銀時の紙のような理性はあっという間に消し炭になった。
「おい、やっぱ入門希望だろお前。うちに日本語習いに来たんだろ? リスニングもスピーキングもド下手みたいだからな」
「あ゛?」
 銀時は式台まで前に出て土間にいる来訪者を見下ろしそう挑発する。両者のこめかみには分かりやすく青筋が浮かび上がっていた。
「もう一度訊く。な に し に き た ?」
「……ハッ! あの男と一戦やりにきたんだよ」
 そして、今度こそ銀時の質問に答えたその少年の一言に、その場にいた塾生たちは困惑の表情を隠しきれない。
「一戦……?」
「え、どういうこと?」
 銀時の背後でざわつく他の塾生たちを一睨みで黙らせた少年は、声高らかに宣言する。
「まあ、言うなれば道場破りだ。さっさとあの塾頭出しやがれ」
 それは、場の空気を凍らせるには十分の爆弾発言だった。その場にいた塾生全員が固まること数秒。
「ど、道場破りだァァァ!!」
「せんせっ、せんせーっ!!」
 誰かの悲鳴を合図に、数人が絶叫しながら廊下の奥へと消えていく。気の弱そうな女子が泣き出し、数人の好奇心旺盛な者がキラキラした目でその場を見守る中、ずっと沈黙していた銀時が口を開く。
「てめーごときが松陽の相手なんぞ、百万年早ェよ」
 その静かな声音とは裏腹に、心中は穏やかではなかった。
 頭のてっぺんからつま先まで、苦労なんて何一つ知らずに作られ育まれましたと言わんばかりの、甘ったるさが滲み出た典型的なドラ息子が。どうせ人を殺したことも己が死にかけたことも無いガキが、何を寝ぼけたことを言っているのか。
 その時銀時は、自身の師がその無礼な自称道場破りに汚されたような気がした。
 師からもらった愛刀を握る手に力が籠る。
「何ならテメェから先に片付けてやっても良いぜ。準備運動にもならねェだろうがな」
 そんな銀時の本気の怒りなど露程も知らない少年は、先ほどのお返しとばかりに銀時を挑発する。いつの間にか二人の顔面は額がくっ付きそうなほど近づき、互いが互いに激しいガンを飛ばしていた。
「女一人護れねェ腰抜けが言うじゃねーか、『シンスケくん』よォ」
「!!」
 刹那、その深緑の瞳が揺れたのを銀時は見逃さなかった。
「みやびが随分と世話になったみてェだな。いいぜ、その礼もきっちり返してやらァ」
「……アイツが、なんか言ったのか」
「お前に教える筋合いはねーよ。けどこれだけは言っておく。仲間に手ェ出すヤツは俺が許さねェ。昔がどうだったかは知らねーが、今はうちの門下なんだよ」
 みやびをまた泣かせやがって、どうせお前が酷いこと言ったんだろう。銀時がその言葉に込めた意味は、精々そんなところだ。
 しかし何故だか道場破りは、その言葉を聞いた瞬間に顔を真っ赤にして慌てふためき出した。
「テ、メェ……!! みやびに何した!?」
「あ゛?」
「俺があれだけ口止めしてみやびが簡単に口割るはずねェんだよ、言え! 何して訊き出した!?」
 とうとう銀時の胸倉に掴みかかった少年に、銀時も負けじとその懐に掴みかかる。今日の少年の着物は、銀時のそれよりは仕立てが良かったが、銀時と同じ木綿でできた物だった。
「テメェこそみやびに何しやがった、アイツ朝からずっと松陽の部屋に閉じこもって泣いてんだぞ」
「なっ……俺は何もしてねェぞ!? むしろされた方というか……」
「は?」
 銀時は半分忘れかけているが、別に彼は今朝みやびが泣いているところを見たわけではない。ただみやびが浮かない顔で松陽の書斎に入ったきり戻ってこないため、そう思い込んでしまっただけだ。
 だが頭に血が昇っている彼はその事にも、そして会話が微妙に噛みあっていないことにも気付けなかった。
「何わけ分かんねー事言ってやがる。もういい、口割らねェなら体に訊くまでだ。二度とみやびに変なこと出来ない様にしてやるよ」
「それはこっちの台詞だ。丁度いい、テメェにはヤキ入れようと思ってたところさ。『銀ちゃん』?」
「!! テメェにそんな風に呼ばれる筋合いはねェ!! 表出ろ!!」
「上等だ!!」
「何やってるのーっ!!!」
 互いの怒りのボルテージが最高潮に上がろうとしていたまさにその瞬間、玄関口に響いたのは少女の高らかな悲鳴。そして全速力で廊下を駆け抜けてくる子供の足音。
 互いを掴み合っていた二人はほぼ同時に目を見開き肩をビクつかせた。
 間もなく銀時の真後ろに現れた少女こそ、今しがた二人の会話の中心になっていた井上みやびその人であった。
 僅かに息を切らし髪を乱した少女の方へ、銀時はぎこちなく振り返る。
 てっきり真っ赤にしているだろうと思っていたその白目は綺麗なもので、涙の痕すら無い。
 道場破りの方も土間からみやびを見上げ固まっている。やがて息を整えたみやびは、それでも互いの懐を掴んだ手を放さない様子を見てこう告げた。
「離れて」
「みやび……?」
「二人とも離れて、今すぐ」
 かつてないほどの強い口調で命令され、二人は反射的に手を放した。銀時に至っては降参でもするかのように両手を上げたまま固まってしまう。
「……ねえ晋助くん。貴方はここへ道場破りに来たの? 喧嘩しに来たの?」
 静かな問いかけだったが、妙な威圧感があった。それに気圧されたのか、噂の晋助くんは不自然に視線をみやびから逸らしたままだんまりを決め込んでいる。
「女にビビッてやがんの、ダッセ」
「銀ちゃんは黙ってて!!」
 調子に乗って冷やかしたらまさかの怒声が飛んできた。静かな威圧感と露骨な怒声、どちらも嫌だが先日からどうも自分の扱いが雑ではないか。口には出さないが心の中で不平不満を垂れ流しながらみやびの横顔を眺めていると、ふと視界の端で何かが動いた。
 そちらに目を向けると、忍び足で近づいてきた松陽がこれ以上なく楽しげな笑顔で野次馬の列に加わっていた。
「答えて、晋助くん」
「……じゃあ先に、お前が俺の質問に答えろ」
「?」
「お前、昨日のことコイツに言ったのか!?」
 止めろよ、お前! と松陽に必死にアイコンタクトを送っていた最中に、銀時はまた話に巻き込まれる。
 真っ直ぐ銀時を指差す失礼な道場破りを一睨みしてからみやびを見ると、彼女は先ほどまでの威圧感を潜めて首を傾げていた。
「昨日? ごめん、何?」
「!! 昨日! お前が、俺にその、したことだよ!!」
 確信を突かない物言いを頑なに続ける少年だったが、みやびは数度瞬きを繰り返した後に思い当たったのか、途端に彼と同じように顔を真っ赤にして慌てだした。
「い、言ってない!! 言うわけない!!」
「けどコイツ! 俺がお前に、手ェ出したって……」
「手!? いや、出されてないよ!? ありとあらゆる意味で出されてないよ!?」
 何を勘違いしちゃったの銀ちゃん!? と顔を真っ赤にしながら大困惑しているみやびに、いよいよ銀時も困惑し始める。
「じゃあお前、なんで朝から暗ェ顔して松陽の部屋から出てこないんだよ。そいつと仲直りできなくて酷いこと言われたんじゃ……」
「違っ……えっ、嘘。もしかして銀ちゃんそれで晋助くんに怒ってたのっ?」
 信じられないという風に訊き返され、銀時はやっと自分が言っていることが傍からどう捉えられるかに気付く。
 今度は銀時が顔を赤らめる番だった。
 自分の言動に呆れて開いた口が塞がらない。穴があったら入りたかった。
 これではまるで。
「いやーモテモテですねみやび」
 すっごく面白いです、と最悪のタイミングで会話にようやく入ってきた松陽に、銀時は無我夢中で叫んだ。
「誰がこんなドブス好きになるかよ!!」
 あり得ない、俺の好みはもっとおっとりしたショートヘアーの似合う巨乳美人で、こんなちんちくりんのもっさりがり勉女などではない、断じて。
 銀時は必死だった。どうしてそんなに必死なのか自分でも分からないほどに必死だった。
「ど、どぶす……」
 傷付いた顔で立ち尽くすみやびを見て多少はマズいと思ったが、もう後には引けなかった。
「おい、言いすぎだろうが」
「はぁ!? じゃあ何お前、コイツのこと可愛いって思ってんの!? 美人、好き、付き合いたいって思ってるわけ!?」
「なっ!?」
 死なば諸共。スカした顔で俺は関係ありませんとばかりにたしなめてきた『晋助くん』を、銀時は些か卑怯な方法で巻き込むことにした。どうも根は素直な性格らしい、少年は面白いほどにまた顔を真っ赤にして慌てふためき出す。
「どうなんだよっ、コイツと付き合いてーの!? 付き合いたくねーの!?」
「そ、んなの」
「えっ、うっそ付き合いてーの!? マジでこいつのこと可愛いって思ってんのかよ!?」
 討死に巻き込まれた少年はしばらく頑張ってはいたが、銀時の煽り能力が一枚上手だったようだ。
「んなわけねーだろ!! みやびなんか、可愛くもなんともねェよ!!」
 黙秘を勝手に肯定ととられ焦ったのだろう。慌てて否定する少年の口調は、その混乱からか意外に荒いものだった。
 一度口から出た発言は、もう二度と戻らない。少年が我に返る頃には時すでに遅し。
「……ねえ」
 そこには、目を細めて静かに怒り狂うみやびが直立していた。
 道場破りの顔が分かりやすく引きつる。巻き込み成功、銀時が内心ガッツポーズをしたその時だ。
「この前から散々人のことキモいだのドブスだのって、挙句晋助くんに卑怯な誘導尋問まで仕掛けて、なに? そんなに私って気持ち悪い顔してる?」
「へ?」
 怒りの矛先は完全に逸れたと思っていた。だからこそ、みやびの責める対象が自分オンリーなことに銀時は盛大に不意を突かれた。
「そりゃあ可愛くも美人でもないけれど、銀ちゃんにはドブスに見えるかもしれないけど、それってわざわざ口に出して何度も言わなきゃいけないことなの?」
「……」
「他人の外見をからかったり貶す人って、最っ低だと思う」
 最っ低だと思う。いやに力が入ったその言葉が、岩のように重たく銀時に圧し掛かる。
 違う、そんなつもりじゃなかった。むしろブスとは思ってない。そんなことを心の中で叫ぼうがみやびに届くはずもなく。
「晋助くんも、出直して」
「えっ……」
 そしてみやびに詰め寄られている銀時を、ざまあみろと言わんばかりにみやびの背後から嘲笑っていた道場破りも、怒りのスイッチが入ったみやびから見事に不意打ちを喰らっていた。
「昨日話したよね? うちは午前は座学、剣術稽古は午後なの。道場破りだか何だか知らないけど、貴方一人のために授業内容変えられないから」
「……」
「講武館へ戻って。それが嫌なら、うちで一緒に座学受けて」
 みやびの冷たい視線を浴びて、道場破りはすっかり大人しくなり沈黙してしまう。やがて、何も言わない彼にこれ以上言うことはないとばかりに、みやびは踵を返して廊下を引き返していく。
「みやび? どこへ行くんです?」
 唖然とする塾生たちに囲まれた松陽が、一人だけ場違いな呑気さでそう問いかける。みやびは少しだけ振り返り「先に教室へ戻ります」とだけ告げて再び歩き出した。
「やれやれ……さ、みんなも教室に戻っていなさい。私もすぐ行きますから」
 怒りを滲ませ去っていくその小さな背中を眺めながら、松陽は苦笑を浮かべ頭を掻く。そしてお開きとばかりに軽く手を叩くと、その場にいた野次馬たちの背中を押し始める。
 教え子がこちらを気にしながらも戻っていくのを見届けると、彼はようやく二人の悪ガキに向き直った。
「さて、道場破りさん。このままうちで授業受けていきます?」
「な、ナメてんのか! そんなの受けるわけ……」
「じゃあ一先ずお帰りください。みやびの言うとおり、うちの剣術稽古の時間は午後からなので」
 一見愛想のいい笑みを浮かべつつも、有無を言わさぬ物言いで松陽は少年にお引取りを願った。さすがの少年も、みやびの逆鱗に触れた後のこの対応には心が折れたらしい。小さくため息を吐いた後に、疲れ切った様子で口を開いた。
「……午後に来ればいいんだろ」
「ええ、お待ちしていますね」
 肩を落とし戸を開けて出ていく可哀想な道場破りへ、松陽はニコニコと笑いながら手を振っていた。少年は松陽の方を一度も振り返ることも無く、静かに引き戸を閉じる。
「なんか可愛いですね、彼」
「頭湧いてんじゃねーのお前」
「まあそれは置いといて……後で謝っておいた方がいいですよ? みやびに」
「……」
 道場破りも疲れていた様子だったが、銀時もひどく疲れ切っていた。もう何でもいいから席に戻って昼寝をしたい。
「何で俺が」
「かなり傷付いてますよ。今夜あたり鏡見て泣いてしまうかも」
「あほくさ……つかアイツ、結局お前に何の用だったんだよ」
「それも直接本人に聞いた方がいいです」
 一連の騒動を完全に面白がっている松陽に、銀時は深いため息を吐く。とりあえず、一時間目は絶対に不貞寝してやろうと心に決めて、重たい足取りで教室へと戻っていくのであった。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -