ある少女の闘病観察録
 アルバムをめくっていたら、小さなメモ帳が出てきた。その中には飛び飛びだったが、幸村の様子について記してある私の下手な字が羅列してあった。記憶で振り返るよりも臨場感があると思うので、要所要所抜粋してここに写したいと思う。

 ***

10月25日木曜日、晴れ
 幸村が駅の構内でたおれた。
 ここ数週間幸村はカゼをこじらせていて、私は何度も何度も医者に行けと言っていたのに幸村は新人戦をひかえてるからと言って無理にテニスをしていた。イヤな予感がしたから、強くそう言ったのに。
 目の前でくずれ落ちた幸村を見たとき、ぜったいヤバいと思った。近所の病院にハンソウされて、すぐに検査された。今は結果待ち。
 この文章は病院からの帰りの電車で書いている。柳が、どうしようもなく感情が高ぶったらその気持ちを文章にすると少し収まるって言ってたから。

 ***

10月27日土曜日、くもり
 バレエの練習帰りに幸村の病室へ行った。本人は案外元気そうだったけど、出入りするナースさんの顔色が悪かった。やっぱりイヤな予感がする。
 明日からテニス部の新人戦の予選決勝だ。幸村は出たがっていたけど、今は仲間を信じて体を治すことだけ考えろと私は言った。
 後で笑い話のネタにできるよう願って、幸村が全快するまでこれを書きたい。

 ***

11月1日木曜日、雨
 幸村が病院をうつることになった。なんでも難しい名前の病気の可能性が出てきたらしくて、もっと設備の整った大病院で検査をしなきゃいけないらしい。
 幸村は少しやせた。食事がおいしくないらしい。今度の病院はおいしい食事だと良いねと言ったら、少し笑ってくれた。でもなんだかほっぺが引きつっていた。

 ***

11月6日火曜日、くもり
 また病院をうつすらしい。今度は東京の病院だそうだ。幸村は全身を調べられたあげく、やっぱりよく分からないと言われたらしい。私がかわりに医者をぶんなぐってやりたい。
 翼といっしょに、リンゴを持って見舞いに行った。翼がむいたリンゴにフォークをさして幸村へ差し出したら、幸村が右手をぶるぶるとふるわせながらそれをとろうとした。けれどつかんだはずのフォークは幸村の手をするっと抜けて、リンゴといっしょに床へ落ちた。幸村は苦笑いしながら、ちょっと手をすべらせちゃったと言った。
 幸村はそのあと、リンゴを食べなかった。

 ***

11月14日水曜日、雷雨
 幸村は病名のない病気にかかったらしい。柳から聞いたばかりで私自身まだ頭の中が整理できてないから分からないけど、とにかく大変な病気らしい。前例が無いからメイカクな治りょう法が無くて、これから手探りで探していくとか寝ぼけたことを医者は言ってるらしい。
 そうしてる間にも幸村はどんどん弱ってるのに、なんだよこれ。幸村が何やったっていうんだよ。


 ***

11月17日土曜日、雨
 今日もバレエ帰りに幸村の病室へ行ったら、幸村が自分の右手をベッドのテーブルにガンガンと打ち付けていた。翼と二人がかりでそれを止めると、幸村は私と翼に向かって大声でどなった。止めるなよ、お前らに関係ないだろって。
 翼が泣き出してしまって、私はとにかく幸村の右手をにぎりしめた。私だって泣きたかったけど、たぶん今一番泣きたいのは幸村だと思ったから泣かなかった。
 幸村はしばらくあばれると、まるで電池が切れたみたいに大人しくなって私によりかかってきた。つかれた、と一言言った。明日は新人戦の関東決勝だ。

 ***

11月19日月曜日、くもり
 新人戦の関東優勝をほう告しに行くというテニス部といっしょに病院へ行くと、幸村はぐったりとベッドにもたれかかったまま動かなかった。かろうじて口だけは動かせたらしく、手足が動かないんだと小さく言った。まるで一生のはじをさらすかのような、くやしそうなようすだった。
 私たちは幸村になにひとつ言葉をかけることができずにそのまま帰った。

 ***

11月20日火曜日、にくたらしいほどの快晴
 いろいろあった。
 すこしつかれたので、あしたかく。

 ***

11月21日水曜日、晴れ
 きのう、昼に柳と真田とさびしく弁当を食べていたら、真田がおもおもしく口を開いた。実は本日のみめいから幸村のようたいが急変したらしいのだ、と真田は今にも切腹しかねない思いつめた表情でそう言った。柳は食べようとしていたたまご焼きを落としたし、私も持っていたすいとうのコップをお茶ごと地面へぶちまけた。
 なんで朝イチでそれを知らせなかったんだとふたりでつめよったら、言えばふたりは学校も練習も休んで行くだろうと言った。幸村はそんなことを望んでいないだろうと言った。
 すぐに立ち上がった私を真田が止めたけど、私はふり切って病院へ行った。幸村がどう思ったって、私がしたいと思ったからそうしただけだ。私の行動は幸村にも真田にもとやかく言われる筋合いはない。
 でもたぶん、私は病院でとやかく言われたかったんだと思う。
 幸村はガラス張りの部屋の中にとじ込められて、口にごついマスクをはめられて目を閉じていた。それは見た感じ生きてるのか、そうでないのか分からなくて、幸村のそばにあるちいさなテレビみたいな機械が、ピッピッと音を立てて波をつくっていたけれど、そんなのは信用できないくらい幸村の顔は真っ青だった。
 ガラスをげんこつでどんどん叩いたら、ナースさんがすっ飛んできて私を押さえつけた。でも私はそれをなんどもふりはらって幸村を呼んだ。なみだが止まらない。これを書いている今だって止まらない。幸村がなにしたって言うんだよ。あいつはただテニスがしたくて、それでじごくのようなイジメにもたえぬいて、それでやっと三連覇に王手をかけたんだ。1年のころから部長まかされて、大人びてるからって周りから期待されて、強いからって人間じゃないとか言われて、それでもたえてきたんだ。あいつはなにも悪いことしてない。幸村はただ立海テニス部のためにがんばってただけだ。
 だれでもいい。幸村を助けて。

 ***

11月27日火曜日、くもり
 幸村がしゃべれなくなって1週間がたった。全校生徒が有志で千羽づるを折った。私も不器用だけどがんばって10羽折った。千羽じゃなくて1万羽くらい集まった。
 今日の昼は真田と柳が屋上へ来るのにちょっとおくれた。ふたりは肩をいからせて荒っぽく登場したので、なにかあったのか聞いたら真田がふきげんそうに、コモンと校長に呼ばれて新人戦は真田が部長柳が副部長の新体制でのぞむようにと言われたと言った。私がいかりで何も言えずにいると、柳が真顔で、もちろん丁重にことわってきたと言った。
 少し安心した。幸村、アンタの場所はまだここにあるから、はやくもどっておいで。たのむから。

 ***

12月2日日曜日、雨
 幸村はまだ目を覚まさない。医者をとっつかまえて問いつめたら、死にいたる病ではないと言った。信用していいんだろうか。それでも、幸村にそっくりな幸村のお母さんがそれを受け入れて、あのガラスの部屋の内側で宇宙飛行士みたいな服着ながらビニール手袋ごしに幸村の手をにぎって、ただ目を覚ますのを待ってるんだ。
 私もあいつの友達として、強く待たなきゃいけない。

 ***

12月8日土曜日、雨
 幸村が病院をまたうつる。3度目だ。
 今度は幸村のご両親の希望らしい。明確な治りょう法がない今、どこの病院でも息子の容態は変わらないからと言っていた。できるだけ近くの病院にいてもらいたいらしい。
 転院先は金井総合病院。うちの近所にある大きな病院だ。私も見舞いに行きやすくなる。
 はじめて幸村のお父さんに会った。あいさつをして、私も家が近所なのでお手伝いできることがあったらなんでも言ってくださいと言った。お父さんはニッコリ笑って、精市もこんな可愛いガールフレンドがいるのに、ずっと寝てるのはもったいないなと言った。幸村のお父さんはあまり幸村に似ていない普通のおじさんだけど、笑った顔と話し方が幸村にそっくりだった。
 幸村が明日、意識不明のまま1カ月ぶりにこきょうへ帰ってくる。

 ***

12月19日水曜日、晴れ
 最近幸村の見舞いに行けてない。練習がおろそかになっているとお母さんに見破られた。あなたが行っても幸村くんは目を覚まさないんだから、あなたは自分がやれることをしなさいと冷たい口調で言われた。
 あの女は鬼だ。血もなみだもない、あいつこそ人間じゃない化け物だ。
 24日月曜日に発表会がある。そのおいこみ練習で今週は学校へすら行けてない。いちおう幸村の様子は柳からメールをもらって知っている。まだ目を覚まさないらしい。

 ***

12月24日月曜日、初雪
 幸村が! 目を! 覚ました!

 ***

12月25日火曜日、雪
 きのう公演を終えたあと、着がえをすませてケータイのでんげんを入れたら柳からメールが入っていた。幸村が目を覚ましたという内容だった。私と翼は発表会の打ち上げをけって病院へ行った。幸村はまだガラスの部屋にとじ込められていたけれど、その目はちゃんと開いていた。とうめいのマスクでおおわれた口を少し動かして、ちゃんと私を見て千代田と言ってくれた。もう、それだけで十分だ。
 一足先に来ていたテニス部と、泣いて抱き合った。あの真田も柳も、仁王でさえかくれてちょっと泣いた。翼がなみだを指でぬぐいながら、クリスマスプレゼントだねと言った。私、もう一生クリスマスプレゼントもらえなくていい。ありがとう神さま。

 ***

1月2日水曜日、晴れ
 幸村が一般病とうへうつる。私は幸村のお父さんに宣言したとおり、手伝いをがんばった。全校生徒で作った千羽づるやおうえんの寄せ書きや手紙、紙で作った花なんかは私があずかっていた。だから幸村が病室にうつる前にこっそり部屋のレイアウトをいじった。
 幸村は部屋に入ったとたん、少しぼうぜんとして無言になった。すごいでしょ、みんな幸村のこと待ってるんだよと言ったら、幸村は少しとまどいながら、そうだねと言った。少し元気がなさそうだったので、私は自分が持ってきたカバンの中から私個人のおくりものを取り出した。白いガーベラのフラワーアレンジメント。かごにぎょうぎよく収まってかわいくて、花言葉がすてきだったからそれにした。
 幸村はそれを見るとようやく少し笑って、ありがとうと言ってくれた。
 幸村。アンタはこの数週間のキオクがないから、まだ不安でいっぱいだろうけど。私たちはアンタが目覚めてくれただけで希望を持てたんだよ。

 ***


1月11日金曜日、雨
 新学期が始まって、幸村が意しき不明からカイフクしたことが全校生徒に知らされた。そのせいか、最近幸村の病室へ行くといつもだれか立海生がいる。翼もクラスメイトの女の子たちから「これ、幸村くんに」とおくりものをたのまれることが多い。
 幸村は自力で食事をとれるようになった。けれどまだハシは使えないし、足も動かない。


 ***

1月15日火曜日、晴れ
 今日から幸村の新しい治りょうが開始される。メイカクな治りょう法はないって言われてたけど、このまま動けないままでいるよりいろいろためしてもらいたいと本人が希望したらしい。
 しょち室へ運ばれていった幸村へ、真田が大きな声で「無敗でお前の帰りを待つ」と言っていた。これから神経に直接なにかを打ち込むらしい。


 ***


1月16日水曜日、くもり
 幸村吐血。
 ためした治りょう法が合わなかったらしい。幸村の吐いた血が私の制服のスカートにかかった。幸村はそれをなんどもごめんね、ごめんねと私にあやまっていた。そんなことどうでもよくて、私はただ苦しむ幸村の背中をなでることしかできなかった。
 医者を幸村と同じ目にあわせてやりたい。


 ***


1月20日日曜日、大雪
 薬が合わないらしくて、幸村は最近体を起こすことができない。今日、バレエの練習のあとに顔をのぞきに行ったら、か細い声で名前を呼ばれた。かけよって、幸村の口元に耳をよせたら「さむい」と言われた。ナースさんから毛布をもらって、部屋の空調の温度を上げて、それでも寒いと言うから手をにぎってあげた。そしたら、少しだけ笑って「あったかい」と言った。
 幸村がねむるまでここにいるよと言ったら、千代田がいるときは寝たくないなと言った。それでも数分後に幸村はねむった。とちゅうで来た幸村のお母さんの話だと、薬の副作用がきつくてこのところ夜はずっとうなされているらしい。


 ***


1月25日金曜日、晴れ
 ヤブ医者め、ようやく薬が効きはじめた。幸村は体を起こせるようになったし、指も動くようになってきた。経過しだいだけど、2月から歩くリハビリもはじまるらしい。だからなのか、前よりもずっと幸村の病室には客が多くなった。部屋に来る人たちはみんな、幸村へ「がんばれよ」とか「負けるな」とか言う。
 幸村はたまに、すごくつかれた様な表情をうかべることがある。だいじょうぶ? と聞くと幸村はだいたい、だいじょうぶだよと言う。でも私は幸村のだいじょうぶほど信用できない言葉は無いと思っている。


 ***


2月2日土曜日、雨
 バレエの帰りに病院へよったら、幸村の病室から物がわれる音が聞こえた。なにごとかと思って急いで中に入ったら、カビンがわれて千羽づるが引きちぎられてて、寄せ書きが書かれた色紙がふみにじられていた。その様子をテニス部の連中があぜんとして見ていて、幸村は床に座りこんでいた。私が入り口に立っていた仁王をおしのけて幸村に近づいたら、つきとばされた。あまり強い力じゃなかったけど、とつぜんだったのでしりもちをついてたおれた。幸村は頭をかかえながら「もううんざりだ、あきらめないなんて無理だよ」と言った。
 幸村をどうにか落ちつかせて、真田と柳が幸村をベッドにもどした。私と翼はあらされた部屋の千羽づるや寄せ書きなんかを集めて帰った。


 ***


2月3日日曜日、晴れ
 豆まきをしようと思って、鬼の面と豆を持って病室へ行ったら、面会しゃぜつのふだがかかっていた。


 ***


2月6日水曜日、雨
 幸村は大丈夫だろうか。
 寒くないかな。体がいたくなってないかな。また血を吐いてたりしないだろうか。リハビリは上手くいってるかな。
 ただでさえつらいのに、ひとりぼっちなんてぜったいに心細い。それでも幸村がひとりになりたがったのは、ぜったいに私たちが幸村のことを無意識のうちに傷つけてたからだ。


 ***

2月14日木曜日、みぞれ
 コンビニで買ったたけのこの里を持ってきたけど、やっぱりまだ面会しゃぜつだった。
 そうだよね、幸村きっとつらかったよね。がんばれとか負けるなとか、そんなの自分がいちばん分かってるのにいちいち周りから聞かされるのは、すごくすごくつらかったよね。
 たぶん、あの千羽づるは幸村にとって、ただの重荷だったんだろうな。
 でも私は分からないよ。三連覇のためにいろんなものをぎせいにしてきた幸村へ、もうそれは気にしなくていいんだよって言っていいの? それは、幸村の存在理由を否定することにはならない?
 わからない。


 ***


2月19日火曜日、晴れ
 幸村にはずっと会えてない。真田と柳はまた職員室へ呼び出された。幸村のお母さんから、幸村の治りょう経過が思わしくないと連絡があったらしい。いろんな治りょう法をためしてるらしいけど、どれも効果はイマイチで、本人の努力で歩けるようになったけどそれ以上の回復は正直見こめないと言われたそうだ。
 また、真田と柳は部長副部長になれと言われたらしい。真田は職員室で「幸村を部長にしたのはあなたたちじゃありませんか」とたんかを切ってきたらしい。ナイス、真田。


 ***


2月27日水曜日、くもり
 翼がコンクールでまた入賞して、3月1日からスプリングセミナーを受けるために10日間イギリスへ行くらしい。
 旅立つ前に幸村の顔を見たがってた。でもたぶん、翼が帰ってくるころになっても、私はまだ幸村に会えてないんだろうな。
 あのギモンの答えはまだ出せてない。私はにぶいから、幸村の気持ちは幸村に聞かなきゃわからない。


 ***


 3月4日月曜日、くもり

 今日は、学校帰りにひとりで幸村の病室に行った。やっぱり面会しゃぜつで、でもどうしても今日は会いたかったので病室の前に座りこんでみた。ナースさんたちは何かと言って私をそこからどかせようとするけど、私も意地で動かなかった。
 そうすると、幸村のお母さんが幸村の着がえなどを持ってそこに来た。私は幸村のお母さんに、どうしても幸村と話がしたいとお願いした。そうしたら、お母さんはちょっと待っててねと言って、ろうかに私をのこして病室に入った。少しして顔を出して、「渚ちゃん、入って」と言ってくれた。
 久々に入る幸村の病室は白く何もなくて、ただ私があげた白いガーベラのフラワーアレンジメントだけがテーブルの上にかざられていた。幸村は顔色は悪かったけど前よりはずいぶん体型がもどっていて、そのことを言ったら「リハビリがんばってるから」と言った。幸村のがんばるは人のがんばるの数十倍なので、きっと文字通り血へど吐く思いでリハビリしてるんだろう。
 幸村のお母さんは、先生とちょっとお話があるからと言って病室から出ていった。私は幸村のベッドのそばにパイプいすを持っていって、学校の話をした。あえてテニス部の話はしなかった。しばらく話してて、幸村の表情も自然な笑顔になってきたところで、幸村にあのことを聞いてみた。
 みんなとまどってる。幸村が一番とまどってるのは確かだけど、だれも友だちが治る見込みのない大病をわずらった時の接し方なんて知らない。だから、もしも幸村にそれを言えるよゆうと勇気があるなら聞かせてほしい。幸村がどうしたいのか。私たちはどうすればいいのか。何を言われたって私たちは幸村の言うとおりにする。みんながしぶっても私が何とかするから。ぜったい、幸村の不安をへらすから。私を信じてほしいと言った。
 重大なことを幸村にばかり決めさせてごめん。幸村にばかり言わせようとしてごめん。そう言ったら、なんでか幸村はぼろぼろとなみだをこぼしはじめた。幸村が泣いたのを見たのは、あのレオタード切りさき事件以来だった。
 幸村の頭をおそるおそるなでたら、がばっと抱き付かれた。こわいよ、と言われた。こわくてこわくて仕方ない。手足が動かなくなって、人の声が聞こえなくなって、意識がふわっと遠のいていって、きっとこれはバチが当たったんだと思った。と幸村はよく分からないことを言い出した。
「三連覇のために、相手のせいしんをてってい的につぶすテニスをしたんだ。だからバチが当たったんだ。三連覇はめんざいふにならないけど、でもおれ、たおれた時少しほっとしちゃったんだ。これでもう解放されるんだって。でもおれが解放されたって、あいつらは解放されない。今度は真田がおれになっちゃうんだ。自分だけ逃げようとしてる自分が情けなくて、つらくて、でも三連覇のことさえなければおれは別にあの人たちを再起不能にしなかったわけで。ううん、ちがう。おれは化け物なんだ、だからバチが当たった。それでも病気を言い訳ににげようとしたから、みんなおれを千羽づるとか寄せ書きで引きとめようとしたんだ。わすれるな、わすれさせないぞって。だからおれ、コートにもどらなきゃ……。もどらなきゃいけないのに、この足が言うことをきいてくれないんだ……」
 たすけて、千代田。幸村はそう言って私にしがみついてきた。消えてなくなりたいと言って泣く幸村を、私は力いっぱい抱きしめた。
 明日は誕生日だもんね。ぜったいにアンタの望みは私が叶えてあげるから。なにがなんでも、どんなことをしてでも、私があんたを消してあげるから。


 ***


 日記と言うにはあまりにも荒々しい手記は、ここで終わっている。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -