14日
 ビリビリになったレオタードを脱ぎ、重たい手足を何とか制服に通した。立海の制服は着にくいから苦手だ。ネクタイがうまく結べずに舌打ちをする。家に帰ってお母さんに結んでもらおうと思い、外して帰ることにした。
 昇降口へ着いた時、まだ自分が泣いていることに気が付いた。その日、幸村が一緒にご飯を食べてくれて嬉しかったのだ。私を訪ねてきてくれたことも嬉しかったし、おかずが欲しいと言ってくれたことも嬉しかった。嬉しいことだらけだった。やっと動き出したと思った。
 自分の靴箱に手をかけてぼーっとしていると、誰かの足音が近づいてくるのが分かった。それはもう夕日が沈んだ昇降口の外から顔を覗かせる。見回りの守衛さんかと思ったら、見覚えのある肩で切り揃えられた黒髪が目についた。
「ああ、よかった。千代田さん、まだ帰ってなかったようだな」
 その子が喋った時、初めて男子だと分かった。見た目に反して低い声だった。声変わりしたての音程が落ち着いてない感じは残っていたが、少なくとも幸村よりは低かった。
「幸村くんを見てないか? 荷物だけ残してどこかへ消えてしまったんだ。もう部室も閉めてしまったから、とりあえず俺たちが預かっているんだが……」
 彼、柳蓮二の後ろには黒帽子を後ろ向きに被った男子が二人分のラケットバックを背負っていた。その日の部活中にコートで幸村と話していた選手だ。
『俺は、三連覇が、したいんだ!』
 義務のようにテニスをする彼の真意がようやく見えた。どんな嫌がらせをされてもテニス部を離れない理由も分かった。幸村は元々優しいから、周りを巻き込まないために距離を置いていた。仮に巻き込まれたとしても、その人のために自分が三連覇を諦めるなんてできないから。それが最初から分かっていたから。
「立海テニス部なんて大っ嫌いだっ!!」
 様子がおかしい私へ怪訝そうに近寄ってくる柳へ、私はそう怒鳴りつけた。八つ当たりだった。柳はギョッとしたように細い目を見開き、後ろの黒帽子は一瞬驚いた後にすぐ不快感を露わにした。
「幸村を追い詰めるヤツらなんか、いなくなっちゃえばいい!」
「蓮二、なんだこの失礼極まりない女は」
「幸村と一緒に三連覇の約束したのは誰っ!? アンタ、それともアンタ!? 幸村にだけ辛いこと全部背負わせて、それで幼馴染とか笑わせないでよ!! 都合の良い生贄じゃない!!」
 黒帽子、真田弦一郎が私の目の前に移動してきたのは一瞬だった。電光石火のごとき早業に驚く間もなく、彼は私の頬の横を拳で掠め、靴箱の扉を思いっきり殴った。
「女、名乗れ」
 今にも切り殺しそうな目だった。しかし私も自暴自棄になっていた。
「1年R組、千代田渚」
「1年B組、真田弦一郎。幸村の幼馴染は俺だが、他に言いたいことは?」
 拳を握りしめる音が耳元で響く。威嚇だったのか戒めだったのかは分からないが、私は気にせず真田に食って掛かった。
「幸村が嫌がらせされてることは?」
「知っている。そのことについては本人と何度も話し合っている。大会前の重要な時期に大事にはしない。事態を最小限に食い止めるためにも幸村が敢えて標的になりに行くことで、奴らの注意を引いてくれている。そのお陰で部内では幸村以外に彼らの被害者はいない」
 淡々と告げられたその言葉に、私は真田のネクタイを掴んだ。彼はピクリとも動かなかった。
「ほら、やっぱり生贄にしてるんじゃない」
「本人が望んだことだ……」
「好き好んでそんな役を引き受けたがるヤツがどこにいるのっ!? 幸村は、誰かがやらなきゃいけない損な役回りを、自分がやらなきゃって思い込むタイプだっ。そんなことたった数か月しかアイツのこと見てない私にだって分かる!! 幼馴染なのにそんなことも分からないのっ!? 笑わせないでよっ!!」
「部外者が知ったような口をきくな!!」
「止めろ弦一郎!」
 私たちの怒鳴り合いを止めたのは柳だった。彼は私から真田を引き離すと、真田の力強そうな右腕を握る。
「……血が出てるぞ」
「……」
 真田がゆっくりと右手を開く。四つの三日月形の傷跡から、鮮血が流れ落ちていた。真田はそれを無言で見つめていた。その目は幸村の暗い目とよく似ていた。
 私は、彼らの得体の知れない執念が怖かった。
「友達と、三連覇と、どっちが大事?」
 浅はかな問いかけだと分かっていた。案の定真田は答える価値すら無いと判断したらしく、だんまりを決め込む。
「千代田さんは、幸村のためにバレリーナの夢を捨てられるか?」
 つまりそういうことだ。柳が諭すようにそう言った。私はその場に座り込んで顔を両手で覆った。無性にやりきれなかった。
 私たちには夢があり、そして目的があった。野心もあったし、プライドも、向上心だって人一倍あった。誰よりも練習して、自分たちが満足できる場所へ行きたかった。そういう意味で、私と幸村はとても近い場所に立っていた。
 ただ、私はバレエをするためにコンクールに出てて、幸村は三連覇するためにテニスをしていた。
「なんでこうなるかな……」
 友達ひとりを助けることがこんなに難しいなんて。そう呟こうとした時だった。
 誰かの携帯のバイブレーションが鳴った。オーソドックスな1秒震えて1秒止まるというタイプのものだ。私の携帯はもっと小刻みに震えるので違った。すると柳が胸ポケットからおもむろに灰色の携帯を取り出した。
「仁王くん? どうしたんだ? ……いや、まだ学校だが……」
 彼は電話の相手と二言三言言葉を交わした後に、少し焦ったような様子で通話を切って胸ポケットに携帯を仕舞う。
「弦一郎、幸村くんが見つかった」
 その知らせに真田が顔を上げた。私も思わず立ち上がる。
「少々面倒なことになっているらしい。臨海公園の野外テニスコートだそうだ」
「私も行く!!」
 その言葉に案の定真田は鋭い睨みを飛ばしてきた。だが私だって折れる気は毛頭なかった。それは懇願ではなく宣言だったから。
「弦一郎、悪いが揉めている時間はなさそうだ」
「……目障りな事をしたら女子供と言えど容赦せん。手刀で気絶させるからそのつもりでいろ。あと、貴様の足の速さには合わせないからな」
「分かったから早く行こう」
 私がそう吐き捨てると、真田はますます眉間に皺を寄せてすぐさま昇降口から飛び出した。私と柳もその後を追う。すでにあたりは暗くなり、東門では先生たちが「早く出ろー」と生徒の下校を急かしていた。


 臨海公園は立海から徒歩3分ほどの場所にある、湘南の海を一望できる小高い丘の上にある公園だった。目立った遊具は無いが豊かな自然と変わった形のベンチが多いことで地元では有名だった。何とかと言う湘南出身のアーティストが設計を手掛けたらしいが、高尚な芸術品も子供からしてみればただの変なベンチだ。
 そしてその臨海公園には、あまり知られていないが野外テニスコートが奥にひっそりと存在している。周りには木が鬱蒼と茂り、街灯がひとつしかないので夜は何か出そうな雰囲気がある。昼間はそこそこ人気があるものの、日が沈むと途端に不気味な空間になった。
「待たせたな」
「遅いぜよ、お前さんたち」
 電話を受けて2分弱、私たちはそのテニスコートの周りにある木の影に隠れていた。そこにはすでに4人のテニス部員と思わしき男子生徒がいた。銀髪金眼のガラの悪そうな男子、眼鏡の優等生、ガムを膨らませている赤髪のチビ、褐色のスキンヘッド。彼らは到着した真田と柳を確認すると、そのまま視線を私へずらして不快そうに眉をひそめた。
「わ、私は……」
「知ってるぜ。幸村くんのストーカーだろぃ?」
 赤髪、丸井は器用に音を出さずガム風船を割り、口の中へと回収していく。そして、私に向けていた視線を薄暗いコートへと向けた。
 点滅する街灯と月の光にぼんやりと照らされ、幸村はコートの中心に立っていた。コートにネットは張られておらず、中心に立つ彼の周りを12人の先輩たちがぐるりと取り囲んでいた。
 彼らは幸村以外、みんなラケットとボールを持っていた。
「警察など呼んでないだろうな」
「呼んでねーよ。……さっきから何度も110番押しては消してるぐらいには呼びたいけどな、そんなことしたら一番悔しがるのはアイツだろ」
 スキンヘッド、桑原は携帯を握りしめながらずっとその鋭い双眸を幸村に向けていた。
 やがて、12人の内2人が幸村へ向けてサーブを打った。
「!!」
 咄嗟に目を背ける。けれど、私以外のその場にいた全員が真っ直ぐコートの上を見据えていた。
 幸村は2つの球を確実に見極めて避けていた。まるで踊りでも踊るかのように、軽やかに。私がホッとしたのもつかの間、球がもう1つ増える。
 まだ大丈夫。幸村はまだ避けていられた。彼らのゲスな笑い声とヤジが飛ぶ中、たったひとりでその場をやり過ごそうとしていた。
「……ねぇ、見てるだけなの?」
 全身の震えが止まらない。もしもあの場にいるのが自分だったらと想像した。無理だった。私なんかが味わったことのない恐怖だろうと思った。彼らはそんな目に遭っている仲間を、ただじっと見据えているだけだった。「あんなの、犯罪だ……」
「ああそうじゃ。ヤツらは犯罪者ぜよ」
 銀髪、仁王がそう答えた。
「……立海テニス部から犯罪者が出るということがどういうことか、分かりますか?」
 眼鏡、柳生が仁王の言葉を引き継ぐ。
「分からないよっ! 目の前で友達が怖い目に遭ってるのに、それを放っておいていい理由なんて一生分からな……」
 言い切る前に大きな手で鼻と口を覆われた。真田の右手だった。さっきの血の匂いが私の鼻孔に充満した。
「……もう、喋るな」
 その場は再び沈黙する。幸村へ打たれる球は5球へ増えていた。先ほどよりもずっと必死そうな表情で避ける幸村を余所に、彼らは何球までぶつけずに同時ラリーができるか遊んでいた。
「頑張るねぇ、幸村くん!」
 鋭い背後からのショットを幸村は間一髪で避ける。
「本気で10球まで耐えるつもりかよ?」
「そうだよねー、だって10球しのげば千代田ちゃんは見逃してあげるって約束したもんねー」
 男子たちの中のひとりが発した言葉に、私の身体は凍りついた。
 状況を飲みこむことができなかった。何となく見た仁王たちが私を睨みつけていたことだけは覚えているが、当時は何がなんだか全く把握できなかった。おそらく、先にいた彼らは何故幸村がボールを10球も避けることになったのか、その経緯を知っていたのだろう。
 幸村は、私のために先輩たちへ直談判しに行ったのだ。そしてレギュラーを降りずに私から手を引く条件として、そんな無茶な誘いに乗った。
「レギュラーの座は渡したくないです、彼女は見逃してもらいたいです、三連覇したいです、勉強したいので進学コースへ入学しました、オレたち体育コースの立場なんて知りません。……なぁ、つまりそういうことなんだろ、幸村精市」
 12人の中でも、一際ガタイの良い男が低い声でそう告げた。その間も幸村は必死になってボールを避けている。
「オレたちはなぁ……立海へテニスしに来たんだ。いや、テニスをしろと言われてここへ入れられたんだよ」
「それなのに……3枠だ! 3枠もお前ら進学コースにとられた! しかも入学したての1年にだ!! この気持ちがお前に分かるか、分からねぇだろうなぁ神の子さんよぉ!」
「3年間で実績を上げられなかった選手は、高等部へ進むときに厳しく審査される。最悪、学校から追い出される。……同学年の体育コースのヤツなら諦め付いたよ! 元々そういうルールだ。でもなぁ! なんで、お前らがレギュラーなんだよっ!?」
 この事件が過去のものになった今でも、この時のことを思い返すと腸が煮えくり返る思いだ。しかし、先日の青学の事件のことを踏まえると、彼らを絶対悪だと言い切るのも少し身勝手かもしれないと感じる自分がいる。
 当時、立海は三本の柱で経営を成り立たせていた。学力の面では特進科、運動部では体育コース。そして運営資金という面でその他のコースの所属生が、正確にはその親が支えていた。基本的にどの部活動でも進学コースの生徒は体育コースの精鋭たちには逆らうことを許されず、彼らのことを一般生徒たちは尊敬と畏怖の念を込めて『王者』と呼んだ。進学コースの生徒は運動部へ入ることが可能だったが、内部はきっちり区別され、進学コースの生徒がレギュラーとして大会に出ることは極めて稀なケースだった。
 そのパワーバランスを、3人の化け物がぶち壊してしまったのだ。
 上級生はある意味で、その犠牲者だった。
 それでも、やっぱり彼らが憎いと私は思う。
「あっ!」
 7球目のサーブが、とうとう幸村の背中を直撃した。続いて先ほどから打ち込まれていた6つの球がそれぞれ、彼の腹部、膝、脛、肩、頬、そして後頭部へ直撃する。幸村はその場へうつ伏せに倒れ込んだ。私は真田の腕を振り払った。渾身の力を込めたつもりなのに、意外にも私の口を塞いでいた手にもう力は入っていなかった。
「学校の品位を下げないために、ここまで音を上げなかったのは大したもんだよ。……お前がこっち側の人間だったら、可愛がってやったのになぁ……」
 ひとりのトスが高く上がる。幸村に立ち上がるだけの体力も気力も残っていない。
 私は無我夢中で飛び出した。間に合え。幸村への距離は10メートルほども離れていたが、その時の私にはただ信じて突っ込むことしかできなかった。


 稲妻のごとき轟音が、その夜の不気味なテニスコートに木霊した。
 幸村の目の前に立っていたのは、ラケットを刀のように構えた真田弦一郎だった。
「済まぬ……幸村、済まぬ……済まぬっ」
 幸村へと向かっていたテニスボールは、サーブをした先輩の右足の横に転がっていた。彼の顔からは物凄い量の汗が噴き出している。
「真田……どうして……っ」
「先輩方!! テニスの特訓ならば、是非この真田弦一郎にも参加させていただきたい!!」
 幸村の弱々しい声とは対照的に、高らかな宣言が木霊する。彼の声は低いのにどこまでも澄んでいて、真っ直ぐだった。
 いつの間にか、幸村の周りを1年生たちがそれぞれラケットを持って取り囲んでいた。
「幸村くんだけ秘密の特訓なんてずるいっスよセンパイ!」
「幸村くんも、抜け駆けは禁止です」
 丸井がガムを膨らませながらそう言い、柳生は優しく咎めるように幸村へ話しかけていた。私は素早く上級生たちの間を駆け抜けると、桑原と仁王の間からその輪の中へ入り込んで幸村に駆け寄った。
「送ってく。行くよ」
「でも……」
「信じなよ。一緒に三連覇する仲間なんでしょ?」
 余程強く打ち込まれたのだろう、右頬は真っ赤に腫れていた。彼はまだ状況がよく呑み込めていないらしく、私の顔をじっと見つめた後に周りの仲間たちをひとりずつ順番に視界へ入れていく。
 彼らの幸村を見る目はキラキラと輝いていた。俺たちはお前についていく。そう訴えかけてくる視線だった。ただひとり真田だけが思い詰めた顔をしていたが。
 真田はおそらく、自分が彼らにとって最後のストッパーになっていたことを理解していた。幼馴染の真田が耐えてるのに、自分たちがぶち壊すわけにはいかない。彼らはただその一心であの場での最後の理性を保っていた。だからこそ、真田がどのタイミングで介入するかが重要だった。
「みんな、ごめん……」
 幸村が俯きそう呟いたところで、私は彼の左腕を左肩に回して彼の細い腰を右手で抱えた。彼の左腕を軽く持って立ち上がり歩き出すと、ふたりの先輩方が行く手を阻む。
「おい、待てっ!」
「どいて」
「調子乗ってんじゃねーよクソアマ、犯すぞ!」
 そのざらついた声で分かった。私のレオタードを切り刻んでいる時、AVだの勃てるだのと声高に叫んでいた下品な男だ。
 幸村に手を伸ばそうとするその男の股間を、左手で軽く握った。思い出したくもない感触だったのでその表現については割愛させていただく。
「やれるもんならやってみろ、粗チン」
 ヒュッ、と男の喉が鳴ったのを確認して、私は幸村を抱え直しその場を去った。背後からはテニスボールを打ち合う激しい音が聞こえてきたが、振り返りはしなかった。


「怖い女だなぁ、お前」
 とりあえず最寄駅へ向かっていた時のことだ。公園から離れてしばらくした頃、幸村がようやく一言喋った。
「あ、やっばタマ菌拾っちゃった。幸村あげる」
「バカっ、擦り付けんな汚い!!」
「ねぇ、小学校の時流行らなかった? タマ菌とか水虫菌とか適当に名付けて擦り付け合うの」
「あったね。休み時間中に誰かに擦り付けないと授業中ずっと菌扱いされてさ、それが嫌でチャイム鳴ってもなかなか席つけなかった」
「懐かしー! 小4の時同じクラスだった女の子がチャイム寸前で擦り付けられて泣いちゃってさ。大人しい女の子だったから先生ビックリして、緊急保護者会になったよウチ」
「マジ? あれ……もしかして千代田って東湘南?」
「えっ、何で知ってるの」
「俺南湘南小、小4の時隣の東湘南がそれで問題起こして、うちの学校でも禁止になったんだよ。やってるのが見つかったら罰掃除だった」
「マジかー! え、じゃあアイツ知ってる? 芋ジャーのゴリ崎」
「ゴリ崎!! あ、そっかゴリ崎って小3まで東湘南の先生だったね!」
「私その小3の時ゴリ崎のクラスだったの。転任する時お別れ会開いたんだけどさ、なんかひとりで悦に入っちゃって号泣しだしたの。生徒ドン引き」
「俺小6の時ゴリ崎のクラスだったよ。たぶんね、卒業式の様子見たらそれ以上に引くよ。式終ったあと教室で1時間喋り倒したからね。しかも大泣きで何言ってるか半分以上聞き取れなかった」
「なにそれ、マジウケるわゴリ崎ー!」
 幸村が、足を引きずりながらゆっくりを歩く。私はそれに合わせて彼の負担を少しでも減らせるように支える。
 視界は滲んでいたけれど、帰り道くらいは分かるつもりだ。
「……ごめん」
 幸村の腰を抱える手に力を込める。私のせいで全部台無しになってしまった。幸村の我慢も、テニス部の1年生の忍耐も。
「いい仲間だろ?」
 悔いて泣いている私を知ってか知らずか、幸村は唐突にそんなことを言いだした。
「練習試合で三年生を負かした直後、嫌がらせが始まった。最初は軽いものだったから黙殺しようって真田や柳くんと相談して決めた。幸い、時間がたつにつれて俺ひとりに的が絞られたから、俺が耐えれば事件は無かったことになると思った。けれど地区大会のレギュラーになった頃から、例の女子たちの計画も相まってどんどん人が離れていった。……外部にバレたら一発で出場辞退になることをされ出したのも、その頃だ。何とかしなきゃ何とかしなきゃって気ばっかりが焦って、疲れて……もうひとりで良いやって思った」
 幸村が空を見上げたのが分かった。私は俯いてただ踏ん張る。幸村は重かった。
「でもね、千代田のおかげで俺はあの4人と仲良くなれたんだよ」
「えっ?」
 幸村の声は、どこか楽しげだった。
「お前が強引に近づいてくるから、俺は周りの人間を少しだけ信じてみたくなった。それまでは同じレギュラーだった真田と柳くん以外、テニス部の一年は木偶の坊ばかりだと思ってた。……けど、よく見るといたんだよ。先輩たちに反抗的な目を向ける、俺への仕打ちを見て見ぬふりできない馬鹿が4人」
「それって…」
「仁王はちょっとラフプレーが目立つけど、人の技の癖をマネするのが上手い。柳生の高速パッシングショットは磨けばすごい武器になるだろうし、ジャッカルはさすがブラジル人とのハーフなだけあって持久力が日本人の比じゃない。それに丸井はボレーが病的に上手くて、この前なんかネットの上にボールを転がせたんだよ」
 たぶん、それは幸村にとって何よりもとっておきの自慢話だった。
「あいつらとやるテニスは、ちょっと楽しいなって思ったりもしてる」
「……うん」
「だから、あいつらとちゃんと向き合おうと思ったのは、千代田が切っ掛けだから……」
 足がふらつく。けれどもうその頃には、幸村の足はしっかり両方とも地面についていた。力強く、私の支えなんて必要ないほどに。
「だから、千代田を放っておけなかったのは俺のわがままなんだ。……千代田の所為じゃないよ」

 この先、何があっても幸村と一緒に昼ご飯を食べようと思った。また女子に嫌がらせされるかもしれない。テニス部の先輩たちに酷い目に遭わされるかもしれない。幸村自体が拒絶するかもしれない。それでも、何度でも友達になろうと叫ぶことを決めた。
 こいつが寂しかったり辛かったりする時、出来るだけ隣にいたいと思った。


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