今日は泣かない予定です
7年生の先輩と話をしているブレーズを見たとき手元からバキリ、という音がしたので見るとマグカップの取っ手が粉々になっていた。
お気に入りだったはずなのに何故か魔法で直す気にもなれなくて、中に入っていた紅茶ごと談話室の隅に会ったゴミ箱の中に捨てる。ガチャンッと音を立てて割れるマグカップはまるで私の心のように粉々になった。
もう一度ブレーズへと視線を移すとやっぱりまだあの先輩と話していてイライラする。だってブレーズの彼女は私であって先輩じゃない。
この前ブレーズのことを好きだと言っていた後輩の女の子は彼と話したことがなかったから記憶を消すだけにしてあげたのに…その先輩のことは壊しちゃうかもしれないよ?
なんて言っているそばからブレーズが先輩の頭を撫で、さらに先輩がおやすみなさいと言いながら頬にキスをした。ただの親愛的なものだっていうのは分かっているのだけれど私が遠目でも見ているのにそんなことしなくても良かったのではないだろうか。
もしかしたらブレーズもあの先輩ももしかしたらわざとやっているのかな…あーあ、ホント参るなぁ。
ブレーズが先輩と別れ、ドラコとセオドールのところへ行くのを見てから私もソファから立ち上がり彼らのもとへ行く。
「ごきげんよう、三人とも」
「どうかしたのか?ファースト」
「えぇドラコ、悪いのだけれどブレーズをお借りできる?」
「僕は構わない」
「…俺も平気」
「ありがとう、セオドールも。外へ出ましょうか、ブレーズ」
「そうだな」
ブレーズの手を取り談話室の階段を上がって廊下へと出る。
談話室の人口密度に比べると廊下は私とブレーズの二人だけなのに加えて夜のせいかだいぶひんやりとしていた。
「何か用だったんだろ?」
「…確かに用があったのだけれどその言い方だと貴方に用がないと話してはいけないみたいね」
「そんなことはないけどな」
キュッと私のことを背後から抱きしめるブレーズ。彼の熱が伝わってきたのと同時に、あの先輩や彼のことが好きだった女の子…その他にも彼を渡したくない、という思いが一層強くなっていくのも感じた。
「ブレーズ、さっき話していた先輩とはどんな関係?」
「聞いてどうするんだ?」
「聞くだけよ」
「…別に、普通の関係だ。至って良好な」
そう、良好ね。良好良好……へぇ?
「良いことね」
本当に良いこと、私が先輩を始末できる最大の理由なのだから、良好な関係は。
嬉しさのあまりに振り返って抱きつくと、彼は軽々と優しく受け御目てくれた。
*
俺は俺に恋していた後輩が急に俺のことを忘れた理由を知っている。ファーストが忘却術をかけて俺の記憶だけを完全に消し去ったのだ。
そして、俺が先程まで話していた先輩の身に忘却以上のことが起こることもわかっている。
けれどそんなことをする彼女に怒りや悲しみなど一切湧かず、むしろ愛おしさだけが出てくる。なぜなら俺に対しての深すぎる愛情と女たちへの激しい嫉妬がなければできないことだ。つまり俺は彼女にとってものすごく特別ってこと。
それだけ、その事実だけあれば俺は良い。ファーストが俺にだけ執着するのなら俺はそれ以上に執着するから。
「ブレーズどうしたの?涙が出ているわよ」
「いや…これ以上ないくらいの幸せがあるからな」
「そう…私すごく悲しくて泣きたい気分だったけど泣かないわ。だってあなたが泣いているんですもの」
無限に続く愛情と執着という名の鎖で折れて血の心を永遠に縛っていようか。
prev /
next