夢を泳ぐ早さで
真冬の吹雪の中、ファーストは湖に浮いていた。
「うあああぁぁぁぁぁああっ!!!!?ファーストなにやってんだよ!?」
「湖の中の一部、氷を溶かして湖に浮いているだけですが」
「平然と言いのけるな!!」
ファーストを湖から無理矢理引っ張って上がらせて、彼女の手をとり慌てて城の医務室に連れていった。
「全く、この真冬の中何故湖に入ろうとするのですか!!」
「湖の生命を感じるためです」
「……………ブラック」
「すみませんでした」
ファーストの発言に着いていけないのは普通のことだ。
だからこそ、このマダムも本人のファーストでなく俺に謝罪を求めたのだろう。
暫くしてマダムは薬を残し「今日は入院です」とだけ言って事務室に入っていってしまった。
「はぁ、ホント何で湖に入ったんだよ…」
「シグナスは女の行動に一々理由を付けたがる小さな男でしたか」
「ちげぇ!!」
湖に入って多少熱も出てるだろうに、ファーストは今日も今日とて清々しいほどの毒舌だった。
ファーストが寝ているベッドの隣の椅子に座って話す。
「ぶっちゃけさ、心配なんだよ」
「私がですか?」
「そうそう」
お前のアホさに。
「……まぁ、シグナスに位に言っても良いですかね」
そう呟けばファーストは大きく溜め息を吐いた。……正直、溜め息を吐きたいのはこっちなんだけど。
「シグナスは死ぬのが怖いですか?」
「いや別に」
「…もう良いです、頭が空のシグナスに言っても駄目でしたね」
「ごめん、謝る。気になるから全部言って下さい」
流石に続きが気になったので椅子の上で土下座をすると「仕方ないですね」と、ファーストが呟いたのが分かった。
「私は死ぬのが怖いです。だって死んだら何もなくなるじゃないですか」
「まぁ…死ぬわけだしな」
「だからいつ死んでも大丈夫なように臨死体験をしておくのです」
「臨死体験の意味をググれ」
「そんな訳で湖に入っていました」
俺の言葉は無視か。
「シグナス、死ぬときってやっぱり痛いんですかね?」
珍しくファーストが本気で心配していた。いつも無表情で自信満々のファーストだから驚きだな。
「そりゃ死因にもよるだろ。アバタケタブラだったら楽に行けるだろうし、刺されたりとかなら痛みが強いだろ」
「一理ありますね」
俺の意見に納得して上半身を起こしながら、ファーストは「では」と言った。
「私はアバタケタブラで死にたいです、痛みも感じないほうが好みですし」
そういってファーストは珍しく笑った。
満面の笑みとかじゃなくて、消えてしまいそうな
儚くて薄い微笑みだったけれど。
「もし私が事故とかで、痛みのなか死にそうになったら、私をアバタケタブラしてもいいんですよシグナス」
「そーだな」
俺も笑い返すと、ファーストは再びベッドに倒れ、眠りに入った。
「大丈夫だよ、ファースト」
完全に寝息のたっているファーストに毛布を肩まで掛けながら一人つぶやく。
「死ぬなんて単純だから…夢を泳ぐ位の早さで死ねるよ」
だから、今からこんな死ぬ話なんてしないでよ。
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