分からないフリした本音
図書館はいつも静かだ。それはベルが初めてここにきてからもそれまで通り、ずっと、何も変わらない。
「(……静かだ)」
だというのに、人1人の気配がなくなった瞬間、今までよりもずっと静かに感じるなんて思わなかった。これはきっとあれだ。自分のことをキラキラとした目で見てくるペットが急にいなくなったかのような感覚だ。淋しい。
「セオドールくんにしばらく会いにこないよ!」
そう宣言してから背を向けていってしまったベル。……別に子供扱いしてた訳じゃないんだけどな。子供っぽくても大人っぽくてもベルはベルだと思ってるし。
いや、それは子供扱いしていたというのなら言い訳にならないのだろうか。
「……ベル」
誰にも聞かれないくらいの小さな声で彼女の名前をよんでみる。
まだベルが出ていってから十数分。あの宣言の仕方から少なくとも今日は戻ってこないということはわかる。けどなぜだかもう会いたい。
……え、いや、なんで会いたい?
「セオドールくううううんっっ!!」
「!?」
図書館なのに叫び声! まさかベル!?
もちろん図書館で叫ぶなんてことベルもしたことはなかったけど、案の定TPOをわきまえない大声の持ち主はベルだった。さっきからそんな時間たってないのにもう戻ってきたか!
「ベル……?」
「セオドールくん!」
「はっはい」
ベルの勢いについ背筋を伸ばして敬語になってしまう。
何事かと少しこわごわ待っていれば、ベルは出会ったなかで1番嬉しそうな笑顔で言うのだった。
「好きです、付き合って!」
「は、」
ぎゅっと僕の手を掴むベルの手は僕の手よりずっと小さい。年の違いではなく、男女の違いなんだなと気付かされる。
ふと、視線を彼女の手から彼女の後ろに向けた。そこには鬼の形相をしたマダム・ピンズが。
「あ」
「図書館で何を騒いでいるのです」
マダムは実に軽々と僕とベルを持ち上げたかと思うと、ポイポイッと廊下に投げ捨てた。
「……っう」
「あたっ」
「まさか投げ捨てられるとは」
投げつけられた時に尻もちをついてしまった。臀部が鈍い痛みをあげている。
ベルは大丈夫だろうか。痛そうな声を上げていたけど。
チラリと見れば彼女は痛そうにしていたけど、僕を見てしょんぼりとする。チワワかな。
「どうしたの」
「私が大声出しちゃったからセオドールくんにまで迷惑かけちゃってごめんね」
「いや」
そんなことを気にしていたんだ。ベルが怪我していないならとりあえずはどうでもいいんだけどな。
「それよりベル。大人っぽくなるまで会わないとか言ってなかった?」
「言った! でも無理だったよね」
「有言不実行」
「い、良いの!」
目を逸らしながらベルは笑う。しかし、ふと「あっ」と、何かを思い出したらしい。
「セオドールくん。さっき言ったことなんだけど」
「さっき?」
「付き合ってほしいってこと」
ベルの目はいつになく真剣で、力強い。緑の目は逃げることを許さないとでもいうようだった。
「……わかった」
「え」
「どこにでも“付き合う”よ。どこいく?」
「えっ」
えーっと、えーっと。そうブツブツいいながらベルは今度は視線を泳がせた。忙しいな。
「えっと、そっか。そうきたかー」
「ベル」
「ごめん、セオドールくん。明日まで作戦考えてくるから、今日は帰るね!」
僕がなにかを言う前にベルはまたダッシュで駆けていった。デジャヴだ……主に十数分前にみた光景に既視感を覚えてる。
彼女の姿が見えなくなってから、背中を壁に預けてさっきの言葉を思い出す。
「好きです、付き合って!」
思い出して……顔に火がついたような感覚に陥る。
「う、あ……」
ごめんベル。全く分かってないフリなんかして。意味だってわかってたっていうのに。
壁に背中をあずけたまま、ずるずると体を下ろしていき、顔の熱を隠すようにうずくまる。
だってベルが僕を好きだなんて。そして僕がそれを意識してるなんて。それじゃまるで僕がベルのことを。
「好きみたいじゃないか」
2017/06/12
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