翌朝、それぞれ身支度を整えた一同は朝食を済ませ、改めて応接間に集まった。

「そういえば何だかんだでタイミング逃してたけど、久しぶりコレット!」

「うん、ひさしぶりだね、クライサ!」

がっしりと抱き締めあったふたりの少女を、仲間たちは遠巻きに眺めている。エミルやマルタは微笑ましげな表情だが、しいなやリーガルのそれには呆れの色が見えた。
少女らの、花を飛ばすような会話が一旦終わりを見せたところで、エミルたちがクライサに声をかける。

「あれ、クライサ、いつもと服が違うね」

「ああうん、新調したの。『お前にマントなんか似合わねーよ。クライサちゃんに似合う服は俺さまが責任持って用意してやらぁ!』つってゼロスが二秒で用意してくれたんだ。気持ち悪いでしょ」

「……うん、正直」

「ちょっと引くー」

ド満面の笑顔で言い切ったクライサと同意してしまったエミルとマルタを遠目に眺めていたしいなは、不覚にもゼロスに同情してしまった。今の子はキッツイな。これがジェネレーションギャップか、と納得しかけて、打ち消すように無駄に咳払いをする。リーガルの視線を感じるが無視だ。

「ところでクライサ、そのゼロスはどうしたんだい?」

「さぁ?起きた時に、あたしのベッドに入り込んでこようとしてたから、ディバイン・ジャッジメントで沈めたけど。その後は知らない」

「(ああ、朝っぱらの轟音はそれか)」

ならば未だクライサにあてがわれた部屋で目を回しているか、セレスとイチャイチャ(?)しているかだろう。以前の旅のときのように怪しい行動を取っている心配もないだろうし、としいなは結論付けた。
クライサはクライサで、エミルとマルタの脳内ゼロスに『変態』のレッテルが貼られたことを確信すると、一仕事終えたと言わんばかりの顔で、よしと頷く。隣でコレットが首を傾げた。

さて、そろそろ出発したいが、家主に挨拶もなしで行くのはいかがなものかと、クライサは自室で伸びているゼロスを呼びに行くことにした。
幸い数度の呼びかけで目を覚ました彼は、何をしやがる家ん中で秘奥義ぶっぱなしやがってと不平を言うが、誰のせいだか言ってみろとオーバーリミッツのオーラを背負ったクライサに見下ろされて口を噤む。

「あ」

尻尾を巻いたゼロスに勝ち誇ったクライサが先に部屋を出ようとした時、間の抜けたような声を聞いて足を止める。振り返ると、漸く立ち上がったゼロスと目が合った。ゆるいウェーブのかかったその赤髪のように、柔らかな眼差し。ふわりと微笑まれて、言葉を失う。

「行ってらっしゃい」

……ついでに、思考も止まった。

「……おう」

「おいおいクライサちゃ〜ん、そうじゃねぇだろ〜?」

思わず口をついた返答は彼のお気に召さなかったようで、ゼロスは立てた人差し指をチチチと左右に振る。ふむ、と考えたクライサはひとつ息を飲み込んで、数拍後、恐る恐るといったふうに口を開いた。

「……行ってきます?」

途端、ゼロスがぶつかるように抱きついてきた。あまりの勢いに、うぉふ、とヒロインらしくない声が上がる。一瞬で赤やらピンクやらに視界を埋め尽くされ、混乱するクライサの髪を、彼はぐしゃぐしゃと掻き回した。

「そーそー、それでいいんだよ。ここはもう、クライサちゃんの家でもあるんだからさ」

制止の声を上げる隙間もないほど上機嫌に笑っているので、抵抗する気もなくなってしまった。
やがて抱き締める腕が解かれ、両手で髪を整えるように撫でつけるゼロス(上機嫌)に好きにさせたまま、クライサはふと思う。

“おかえり”
“ただいま”
“行ってらっしゃい”
“行ってきます”

(……ああ、そうか)


「行ってきます」


空色の双眸は真っ直ぐアイスブルーに向けられる。ゼロスはきょとと目を丸くして少女を見つめたが、一度の瞬きの後、ふわりと笑った。

「行ってらっしゃい」



ーー半年前のあの時、あたしが告げるべきだったのは、きっとこの言葉だったのだ。












さて。

「ただいま」

「うわ早ぇー。いちお感動的なシーンだった筈なのに台無しじゃねーの」

場所は再びワイルダー家の屋敷。主自ら出迎えた相手は、数時間前にここを出て行った筈の者たちだった。

センチュリオン・コアを集めるエミルとマルタ、彼らと行動をともにすることにしたリーガルとしいな、そしてクライサは、ソルムのコアがあるか確認するために、この街から北西にある地の神殿に向かった。
と言うのも、テネブラエの話では、もしかしたらソルムのコアはすでにヴァンガードに奪われてしまっているのかもしれないのだ。ソルムは敵を幻惑させることを得意としていたセンチュリオンらしく、デクスが容易に他人に化けていたのはコアを所持しているからかもしれないと。ならばデクスからソルムの気配がするのでは、という問いにテネブラエは「あのメロメロコウという匂いが私の感覚を狂わせるのです」と申し訳なさそうに告げた。

しかし、地の神殿ではマーテル教団兵に止められ、奥に進むことは出来なかった。なんでも、神殿内部は地震による崩落でひどい状態なのだと。

「あー。確かに、このあたりは最近地震が頻発してるからなぁ」

「それは仕方ないんだけど、その兵士の対応が雑だったんです。どう思います、神子さま?」

「ちょっ、俺さまに八つ当たりしないでくれる!?」

暫く中には入れないだろうから、しいなやリーガルの提案で先に雷の神殿に向かうことにした。
その前に、デクスから取り返したグラキエスのコアを孵化させようと、辺りに人がいないことを確認してマルタが儀式を始めたのだが、コアが目覚めた途端エミルが倒れてしまったのだ。
疲れが溜まっていたのだろうか、なかなか目を覚まさない彼を一番近い街に運び、ゼロスの『ここはお前の家』発言に甘えたクライサの提案で、朝出立したばかりの屋敷に戻ってきたというわけだ。

今、客間に運び込んだエミルにはマルタが付き添っている。リーガルとしいなは応接間で地図を広げ、次に向かう雷の神殿への道のりを確認しているところだろう。
事情を説明しながら二階への階段を上ってきたクライサは、前を行くゼロスが手すりに背を預けるのに倣って、隣に並ぶようにこちらは前から手すりに両腕を乗せる。階下に見える玄関ロビーで作業していたセバスチャンは、こちらに気付いて礼儀正しく頭を下げ、隣の部屋に入っていった。

「ま、エミルが目を覚ましたら改めて出てくからさ。っていうか、アンタはなんでまだ屋敷にいるの。ロイド追っかけるんじゃなかったっけ」

「教会や王室と連絡取り合ってるとこなんだよ。コレットちゃんもイセリアに報告に戻ってるし、待ってる間ロイドの行方に関する情報収集もしてんの」

「ふーん」

まぁそりゃ、この一見だらしなさげに見えてそれなりに誠実な神子が、世界の一大事にのんきに家で茶ぁしばいたりはしないだろう、と内心で頷く。

「クライサちゃん、今俺さまのことバカにしなかった?」

「どっちかっていうと褒めた」

「ふぅん?」

疑わしげにこちらを見る男の手が伸びてくる。顎をとられ、強引に顔を向けさせられた。

「本当に?」

「あたしがアンタに嘘ついたことある?」

「しゃあしゃあと言うのはこの口か」

と親指で唇に触れてくるので、

「お互いさまでしょ」

ガブリと噛みついてやり、いでぇ、と悲鳴を上げたのに満足してすぐに口を離す。ちょうど階下にしいなとリーガルの姿が見えた。その後ろにエミルとマルタが続くのを見て、クライサはゼロスの抗議を聞き流しつつ手すりを軽く飛び越えた。

「行ってきます、ゼロス」

危なげなく一階に着地すると、肩越しに男を見上げて満面に笑んでみせる。彼はがっくりと肩を落として溜め息を吐いた。

「へいへい、行ってらっしゃい。気ぃつけてな」

「あいよー」





気を取り直して、いざ、雷の神殿へ




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