メルトキオに戻った頃には、すっかり日も落ちてしまっていた。

「おお、セレスさま……!ご無事でなによりでございます!」

ゼロスの屋敷では、二人の執事がセレスの帰りを待ちわびていた。トクナガは心の底からほっとした様子で主を迎える。

「トクナガ……心配をかけて……ごめんなさい」

「トクナガ、セバスチャン。セレスをベッドへ」

ゼロスが命じると、執事たちはかしこまりましたと頭を下げる。彼らに連れられる前に、セレスはエミルとマルタに声をかけた。

「事情はお兄さまから伺いました。グラキエスのコアとやらはあなた方に差し上げます。頑張ってください」

「あ、ありがとうございます!」

セレスはその場にいる者たちに弱々しく微笑みかけると、執事たちに支えられ、寝室へと向かった。

応接間に残ったクライサやエミルたちは、ヴァンガードの目的や今後の行動について話し合う。
どうもヴァンガード、というよりブルートは、ラタトスク・コアの力で魔導砲を使い、マーテル教会やテセアラ王室を滅ぼそうとしているらしい。以前の旅であの武器の威力を知るしいなたちは、事の重大さを瞬時に理解する。あんなものを悪用されては世界が滅びかねない。
コレットとゼロスは、このことをマーテル教会やテセアラ王室に伝えねばと表情を厳しくする。リフィルたちにはミズホの民が知らせてくれる手筈になった。

エミルとマルタは、ラタトスクを目覚めさせるためにコアを集める旅を続けると言う。そうすれば魔導砲を使えなくなるだろうと。しいなとリーガル、クライサも彼らに同行することにした。
あくまでロイドを信じると言うコレットとゼロスは、彼を追いかけるつもりらしい。

また暫しの別れとなるわけだが、今日はもう遅いし戦いの疲れもあるだろうからと、ゼロスが屋敷に泊まっていけと言い出し、エミルたちはそれに甘えることにした。

「珍しいこともあるもんだね。ゼロスが優しい」

「なによクライサちゃん、俺さまの心はいつだって慈愛に溢れてるんだぜ〜?」

エミルたちが客間に案内されていくのを眺めながら、応接間の出入り口でクライサはゼロスに振り返った。ソファーにどっかりと腰掛けた彼は、妹を無事に連れ帰れて調子を取り戻したらしい。聞き慣れた口調で軽口を言いながら、でひゃひゃ、なんて笑っている。

「……そだね。ゼロスは気遣い屋さんだもんね」

少しばかり声を潜めて呟けば、ゼロスの笑い声が不自然に途切れる。かわりに、今度はクライサが笑みを浮かべた。

戦いの疲れを癒やすため、というのも本当だろうが、大部分としてはマルタを気遣ったのだろう。改めて旅立つ彼女が、気持ちを落ち着ける時間を作ってやったのだ。

クライサの思考を察したらしく、小さく咳払いしてゼロスは立ち上がる。そして歩いてきた彼に背中を叩かれ、クライサはふっと笑った。自室に戻ろうとしている彼の後を追って二階への階段を上る。

「マルタちゃんのためだけじゃないぜ?」

「わかってるよ」

ありがとう、と。今度はクライサのほうからゼロスの背中をぽんぽんと叩いた。
クライサと、セレスのためだ。通り過ぎた彼女の部屋の扉に目をやり、空色を柔らかく細める。

「ところで、あたしは前の部屋使っていいの?」

「もちろん。クライサちゃんが出てった時のままにしてあるぜ。いつでも戻ってきていいようにってな」

「うわー気持ち悪ーい」

「ちょっ、クライサちゃんヒドくない!?」









夜も更けて。
こつこつと、目的の部屋の扉を控えめにノックしたクライサの耳に、室内からの返事が届く。応じて扉を開くと、ベッドの上で身を起こしたセレスと、その脇の椅子に腰掛けたゼロスがこちらに目を向けていた。

「クライサ!」

「セレス」

ふわ、と花開くように綻んだ少女の表情に、クライサも自然笑顔になる。帰還直後よりずいぶん顔色のよくなった様子に安心して、室内へと静かに足を進めた。

「私はクライサとお話がありますので、お兄さまは出て行ってくださいませ」

「はいはい……」

そう言ってシーツをぽふぽふ叩く姿が可愛らしい。和むクライサがベッドの脇まで来ると、ゼロスは若干不服そうにしながらも席を立って、後から来た少女に場所を譲った。妹の頬を、グローブをしていない手のひらで優しく撫でるのを忘れずに。

「まだ本調子じゃねーんだから、無理すんなよ」

「わかっています」

「クライサちゃんも、疲れてんだから早めに切り上げろよ」

「わかってるから早く出てけよシスコン」

名残惜しげにこちらを見ていた赤毛が、ことさら時間をかけて扉の向こうに消える。あ、いま舌打ちしやがった。閉まった扉の向こうから気配が遠ざかっていくのにも少しの時間が必要で、小さな足音が聞こえなくなってから、ふたりは顔を見合わせて吹き出した。

「お久しぶりです、クライサ。私、またあなたに会えてとても嬉しく思っていますの」

「あたしもだよ、セレス。本当に、無事でよかった」

「お兄さまや、クライサたちのおかげです」

両手を胸に当てて小首を傾げた少女の笑顔に、クライサは心中をあたためる懐かしさを感じて笑みを深めた。

世界再生の旅の後、ゼロスは修道院に軟禁状態だったセレスを屋敷に迎えた。
互いの誤解を解消した彼らは、それまで疎遠だった時間を埋めるように親密になり、正直仲良過ぎるんじゃねぇのってくらいに仲良くなった。テセアラ王室がエクスフィア回収令を出してすぐにセレスは自身のエクスフィアを返還し、それを装備していた頃よりいっそう体が弱くなってしまったので、ゼロスが妹を気にしすぎる要因はそれもひとつなのだろう。

ゼロスの護衛として屋敷で暮らすこととなったクライサも、もちろんセレスと顔を合わせることは多くあった。
はじめ人見知り気味だったセレスの態度はぎこちなかったが、友達になろうとクライサが積極的に接するうちに、互いに大切な友人と呼べるほどの関係になったのだ。そりゃもう、時折ゼロスが嫉妬するほどに。
ちなみに、『クライサ』と呼ばせたのは彼女本人で、セレスが使用人以外で敬称無しに呼んでいるのは、今のところ彼女だけである。こっそりクライサの自慢だったりする。

(セレスはゼロスの可愛い妹だけど、あたしの大切な友達でもあるんだから)

久方ぶりに仲良しの友人同士の会話を楽しんだふたりは、セレスの体に障らないように、クライサも翌日に支障をきたさないように、よきところで話を切り上げることにした。

「クライサ、また、こうしてお話できますの?」

「もちろん。約束だよ」

小指同士を絡めて、再びこの穏やかな時間を迎えようと約束する。おやすみ、と挨拶を交わして部屋を出たクライサは、先ほどの兄妹の表情を思い出して口元を弛めた。





仲良きことは、だね




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