メルトキオからぐるりと大陸を回り込み、さらに南下した先に雷の神殿はある。通常の航路からは当然外れるので、私的に使える高速艇の存在は大変ありがたい。が、やはりそれなりの距離を移動するとなると、レアバードによる最短距離移動の楽さを思い出してしまうのも仕方のないことだった。……高速艇を用意してくれたリーガルには言えないが。

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

さて、その雷の神殿でも足止めに遭うエミルたちである。相手はマーテル教団兵だ。警備に立つふたりの甲冑が、神殿に入ったエミルたちを見つけるなり、武器を振り上げて叫んだのだった。

「そんな!関係者って一体……」

「いいから帰れ帰れ!」

「マルタ!大丈夫?」

マルタが唇を尖らせた途端、警備兵のひとりに突き飛ばされた。かろうじてエミルに支えられたが、そのすぐ近くで放電による火花がバチバチと音を立てる。何するんだ、としいなが怒りの声を上げたが、それでもエミルはまだ冷静さを保っていた。

「あ、あの、すみません!お話を……


「ガキがうるせーんだよ!」

「うわぁ!?」

だが兵士のほうは聞く耳を持たない。勢いよく武器を突き出され、エミルは通路の端にしりもちをついて背中をしたたかに打ちつけた。エミル、とマルタが悲鳴を上げる。

「いい加減にしないか!」

リーガルが声を荒げたときだ。ぎゅっと閉じていたまぶたを開く、エミルの瞳が、緑から燃えるような赤に変わっていた。

「……だからおまえには任せられねぇってんだよ」

「あ?何言ってるんだ……うわぁっ!?」

せせら笑っていた兵士が突然叫び声を上げた。エミルの左腕に胸倉を掴まれ、通路の下に投げ捨てるように宙ぶらりんにされたのだ。エミルが右手に握った剣は、もうひとりの兵士に突きつけられている。

「マルタを傷つける奴は許さねぇっ!」

「ま、待って、エミル!攻撃しないで!」

「どうしてだ?こいつら、おまえを……」

「その人たちを敵に回したら、神殿に入れなくなっちゃうよ!」

慌てて駆け寄るマルタに、ふん、と口を歪めたエミルは吐き捨てた。

「こいつら全員殺しちまえばいい」

「エミル!あんた、またラタトスクモードなんだね。落ち着いて、元のエミルに戻るんだよ」

「元のエミルじゃマルタは守れねぇ!」

しいなに噛みつくエミルに、リーガルが厳しい口調で言う。

「エミル。今はおまえのやり方でもマルタは守れぬ」

「なに!」

「とにかく剣を引け。無用な争いを引き起こしては我らに不利になる」

「クライサ、あんたも止めてよ!いいぞもっとやれって顔してんじゃないよ!」

「あ、バレた?」

振り返ったしいなにクライサは悪びれなく返した。地の神殿から続けてのこれである、いい加減イライラしていたところだ。エミルがやらなければ、クライサが爆発していただろう。
これはまたしてもマーテル教団兵にナメられたとゼロスを責めるしかないな、とクライサは心に決めた。八つ当たりでしかないことは百も承知である。

舌打ちしたエミルが掴んでいた兵士を通路に叩きつけ、剣を収めた頃、神殿の奥からひとりの老人が現れた。騒ぎを聞きつけて来たらしい。
何事かと尋ねる彼に、リーガルが冷静に事の次第を説明した。こういった状況にリーガルやリフィルは不可欠だよなぁ、とクライサは内心思う。自分がその立場になるなんて面倒極まりない。

「……あ、あなたは、ブライアン公爵!?」

おまけにこの反応である。テセアラで面倒が起きたときには、一家に一台、リーガル・ブライアン。ひとりで頷いていたら、しいなに冷めた目を向けられた。
リーガルがあのレザレノ・カンパニーの会長だと知った途端、ふたりの兵士はこそこそとその場を離れていった。その様子に、何か失礼があったようですね、と老人は溜め息をつく。

「私はサイバックの王立研究院で院長を務めております、シュナイダーです。実は現在、雷の神殿は危険なので、王立研究院の許可がないと立ち入りできないことになっています」

「そんな……一体何があったんですか?私たち、どうしても中に入らないといけないんです」

「何か事情がおありのようですね。……では、王立研究院でお待ちいただけますか」

どうやら仕事を終えてから話を聞いてもらえるらしい。なんだ、このまま通してくれるのではないのか。ちょっぴり落胆したマルタだったが、先の兵士の対応を考えれば、まともに取り合ってもらえるだけありがたいと思い直すことにする。
そのとき、何気なくエミルとクライサに視線を当てたシュナイダーが息を飲んだ。

「アステル……ルネイユ……!?」

エミルはじろりと老人を睨み、クライサは目を瞬いた。

「エミルとクライサのこと?」

「エミル……そうだな、彼らの筈がない……」

マルタが尋ねると、シュナイダーはどこかほっとしたような口調で呟く。

「なんだい、知り合いにでも似てるのかい?」

「……はは、いえ、何でもないんです。では、私はこれで」

しいなに向かって作り笑いを浮かべると、シュナイダーはそそくさと神殿の奥へ戻っていった。クライサとマルタは顔を見合わせ、同時に首を傾げる。

「クライサとエミルが誰かに似てるのかな?」

「ふたり揃って?そんな偶然あんのかなぁ」

ねぇ?とエミルに目を向けて同意を求めるが、プイと顔を背けられてしまう。

「知るか!へっ、胸くそ悪い」

「やれやれ、ラタトスクモードのエミルは口が悪くていけないよ」

リーガルと顔を見合わせたしいなが肩を竦めた。




王立研究院はサイバックの街の奥にある。この街には大きな図書館があるのでクライサも何度か足を運んでいたが、王立研究院に赴くのは初めてだった。

「アステル……アステルじゃないか!」

その研究院の入り口で、中から出てきた白衣姿の研究員が、すれ違いざまにエミルの顔を見て叫んだ。

「生きていたのか、アステル!だから言っただろ!ハーフエルフなんかと仲良くするとろくなことはないって!」

またもや『アステル』だ。そんなにエミルと似ているのだろうか。

「な……なんだよ!誰がアステルだ!俺は……」

「だからアステルだろう?ラタトスクとかいう精霊を調べに行って、そのまま死んじまったって……」

エミルがムッとするのにも気付かない様子で研究員はまくしたて、彼の発した言葉にマルタは顔色を変えた。ちょっと待って。

「ラタトスク?ここではラタトスクのことを調べてるんですか?」

「なんだい、あんた。アステルの知り合いか?」

エミルに連れがいることに初めて気付いたように、研究員は怪訝そうな顔になる。全員の顔を見回した彼は、その視線をクライサに止めると、エミルに気付いたとき以上の驚愕をその顔に浮かべた。

「ル、ル、ルネイユ!?そんな、おまえ、生きていたのか!!」

ひどく取り乱した様子でそう喚くので、とりあえずアイアンクローをお見舞いしてみた。

「クライサいきなり何してんの!?」

「いや、なんか面倒くさそうだったから」

「そんな理由でひとの顔を鷲掴むんじゃないよ!!」

しいなに頭をしたたかに打たれたので、仕方なく解放する。再び騒がれる前に、エミルがアステルでないことと、クライサがルネイユという名でないことを説明した。

「クライサ・リミスク……?もしかして『異世界の旅人』の……」

「だよ。世界再生をした神子の連れ」

「そうか……確かに、似てるって言われてたもんな……」

研究員はどこか納得した様子で腕を組み、頷く。
二年前、ふたつの世界を統合した後、クライサはたびたびこの街の図書館を訪れていた。その際にやたら視線を感じると思っていたのだが、研究員によると、クライサはそのルネイユという女性にそっくりだと有名だったらしいのだ。ルネイユは空色の髪をショートカットにしており、クライサは当時ロングヘアーだったので『似ている』で済んでいたのだが、髪型の変わった現在はまさに瓜二つであると。

「えー……じゃあこれからも今みたいな反応されるってこと?いちいち説明すんの面倒くさいよ」

「じゃあ自分の名前書いた紙でも顔に貼っとけば」

「しいな、あたしの扱い雑だよね!」

院長の部屋を教えてもらい、一行は研究院に入る。

「それにしても、ここは未だにハーフエルフをあの扱いかい。……気に入らないねぇ」

「……人は簡単には変われぬ。ハーフエルフへの差別的感情は四千年以上に及ぶ。一朝一夕では変わらぬだろう」

しいなが表情を険しくし、リーガルが溜め息まじりに言った。それはそうだけど、とクライサも肩を竦める。
世界を統合した後、ハーフエルフへの差別を無くそう・緩和させようと動いていたゼロスをそばで見ていたのはクライサだ。彼のことだから、クライサがいなくなってからも活動を続けていただろう。その努力が、全くの無駄とは言わないが、目に見える結果に表れていないことが悔しかった。一朝一夕で成るものではない。わかってはいるが。

「あの様子じゃ、まだハーフエルフを地下に閉じ込めて研究させてるんじゃないのかねぇ」

「ここってそんなことしてたんですか?」

マルタが驚くので、地下研究室に寄ってみることにした。はじめマルタは、ハーフエルフがいるかもしれないところ、と複雑そうな表情をしたが、リフィルとジーニアスの顔を思い浮かべると、ぶるぶると頭を振った。こんな気持ちでいたら、ふたりに失礼だ。

階段を地下へと降り、暫く廊下を進むと、やけにがらんとした部屋に出た。石の床はひどく冷たく、設置されたいくつかの機械から発せられている光さえも温かみを持っているとは言い難い。

「ここだよ。昔はここでハーフエルフが強制的に研究をさせられていたんだ。一生閉じ込められたままでね」

「こんなところで……ひどい……。ねぇ、エミル」

眉を寄せたマルタが声をかけたが、エミルはただ壁に向かって突っ立っている。クライサに重ねて呼ばれ、そこでエミルはハッと我に返った。それから不思議そうにあたりを見回し、首を傾げる。

「どうしたんだい、エミル。いま目を覚ましたって顔して……」

「マルタ!怪我は!?あの嫌な教団兵は……」

「エミル?どうしちゃったの?」

「……え?」

エミルは、心配するしいなにお構いなしに慌ててマルタに向き直った。しかしポカンとした彼女の表情に戸惑う。

「エミル、しっかりしとくれよ。雷の神殿は立ち入り禁止になってるからサイバックの王立研究院に行こうってなったんじゃないか」

「そ、そうな……の……?」

いつの間にと思いながら、エミルは振り返った。しいなはエミルの頭から抜け落ちている記憶を補完するように、ここへ来るまでの事情を説明してやる。

「……疲れているのかもしれぬな。少し宿で休むといい。院長が戻ったら使いをやろう」

「……は、はい……」

「私も一緒に行くよ」

「……う、うん、ありがとう」

マルタに付き添われてエミルが出ていくと、クライサとリーガルは無言で顔を見合わせる。

「まったく。どうしたんだろうねぇ、エミルは。地の神殿のときも倒れちまったし、よっぽど疲れてるんじゃないのかねぇ」

「……とりあえず、あたしたちも上に戻ろうか」





……やっぱり、彼は




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