どうやら、セレスをさらったロイドは偽者らしい。
屋敷に戻ったゼロスとエミル、クライサと、それからマルタが出した結論だ。

トクナガの話によると、やはりロイド(仮)はセレスだけでなくグラキエスのコアまでもを持ち去ってしまったらしい。が、その後彼から屋敷に連絡はなかった。つまり、セレスをさらった目的はゼロスではないということだ。

そして、肝心のロイド(仮)の正体。あれはロイドじゃない、と断言したゼロスによって、ロイド(仮)の纏っていた匂いが指摘された。ロイドは香水をつけるようなやつじゃない。つけるにしても、あれはひどすぎるだろう、と。
そこで漸く、エミルはあの匂いに覚えがあることに気付いた。メロメロコウだ。つまり、デクスがロイドに化けていたのだ。

コアだのデクスだの、聞き慣れない単語を多分に含み、自分を蚊帳の外に置いたまま進められていく会話に、ゼロスが業を煮やす。いったい何なのだ、と不機嫌気味に尋ねられ、エミルとマルタはこれまでの事情を話すことにした。

「……ふーん、ラタトスク、ね。大げさな話になってきたな」

ソファーにどっかりと腰掛けたゼロスは、足を組み替えながら、先ほどから視界の隅に映っている空色に視線を移す。

「で、さっきから何やってんのかな、クライサちゃん?」

「家捜しに決まってんでしょ。RPGの定番!だのに神子さまの邸宅で何も見つからないとは何事ですかね!?」

「その神子さまの目の前で堂々と泥棒発言してんじゃねーよ。まさか、よその家でもんなことしてんじゃねぇだろうな」

「それが、シンフォニアって街の中にアイテム置いてないんだよねー。タンスにアップルグミのひとつでも入れといてくれりゃいいのに」

「食いたいか、それ?」

「ガルドにはなるでしょ」

二年前にはワンダーシェフがいたっけね、この屋敷。警備態勢に不安を感じたのも懐かしい。

クライサのテンションと謎の行動に慣れっこなゼロスは、置いてけぼり状態のエミルとマルタに構わずするりと話を戻す。セレス誘拐の件を報告するため、エミルたちを連れてテセアラ王に謁見しに行くと言い出した。テセアラ王室に次ぐ格を有するワイルダー家の者がさらわれたとなれば、王に報告しないわけにはいかない。

「お前らは先に屋敷の外に出とけ。俺さまたちもすぐに向かう」

…………ん?

ゼロスがそう告げた相手はエミルとマルタで、彼らは謁見という言葉に少し戸惑いながらも頷いてみせる。ついでに、ゼロスの視線を受けて軽く頭を下げたセバスチャンも、エミルたちとともに応接間を出て行った。

……あれ、俺さま“たち”って、もしかしてあたしのこと?

「…………さて」

二人だけが残った室内に落ちた暫しの沈黙を破ったのはゼロスだ。続く言葉をなんとなく予想して、クライサはこちらを見るアイスブルーの瞳から目をそらす。

「クライサちゃん、俺さまに言うことあるよな?」

沈黙。が、ソファーにゆったりと座っている筈の彼が纏う空気は、クライサに口を閉ざすことを許してはくれなかった。すげぇ威圧感だ。

「……勝手に帰って、ごめんなさい」

完全に親や教師から説教を受けている子どもの気分だが、実はクライサの腹の奥で日に日に重くなっていた言葉だ。半年前、あるいは二年前、離別の挨拶から逃れたことに対する謝罪。王朝跡でタイミングを逃したことを盛大に後悔していたが、吐き出してしまえて幾分か気が楽になった。

ゼロスはひとつ、頷いてみせる。だが、相変わらず黙ってクライサを見つめてきた。

「…………」

「…………」

「…………」

「……もいっこの方は?」

「…………」

「…………」

彼の要求をわかっていながら沈黙を貫く少女の頑なさに、ゼロスは深々と溜め息を吐き、立ち上がる。そして出入り口のそばまで歩みを進めると、ちょうど扉がノックされた。主の返答に応じて開かれた扉の向こうにはセバスチャンの姿がある。
ゼロスが彼から何かを受け取ると、セバスチャンはまたすぐに部屋を後にした。静かに閉められた扉をなんとなしに眺めていると、クライサの前までゼロスが歩いてくる。彼の広げた手のひらの上にあるものを見て、クライサは目を見張った。

「……なん、で」

見覚えがある。当たり前だ。それは半年前まで、自分が身につけていたものだ。
そう、半年前のあの時、レアバードを降りて、コレットと抱擁を交わし、ロイドとしいなの表情に苦笑して、手の甲から外した。処分を頼むと、ロイドに託した石。エクスフィア。疑問をかたどりかけた声は、確信となり、ついでとばかりに溜め息を零した。

「ロイドのやつ……」

「そーゆーこと」

あの馬鹿、エクスフィアを回収しているくせに、ちゃっかりゼロスに渡してやがった。そしてこの馬鹿も、律儀に残していやがった。持ち主が再びこの世界にやってくるとは限らないのに。

クライサの驚きや呆れや、いっそ怒りなどが混ざった複雑そうな顔を見たゼロスは、何かを企むような顔でにぃっと笑む。

「まぁま、ハニーを非難しないでやってくれよ。おかげで今のクライサちゃんを、命の危機から守れるんだからな」

「……まぁ、うん。それには感謝する」

「ったく、辛いときゃそう言えっての。お前の場合、我慢は死に直結すんだから」

「……やっぱ気付いた?」

「当ったり前でしょーよ。ほら、さっさとエクスフィア装備しちまいな」

強情を指摘されたようでなんだか面白くない。むす、と膨れっ面を晒すが、さっさと王城へ向かわねばならないのだからと手を伸ばした。

クライサは天使化に似た特殊な病にかかっている。アイオニトスとエクスフィア、マナ。その三つが引き起こした、発症する確率が限りなくゼロに近い筈の病は、クライサを死に至らしめるものだった。
コレットが経験した天使疾患と同じように、声や味覚、痛覚、触覚などを失う。しかしクライサの場合それは瞬間的、あるいは一時的なもので、かわりに身体が天使化に抗おうとするために生まれる激痛が彼女を襲った。
止まらない天使化、抗う力の源は生命力。待つのは天使化でなく死。治療法はなく、エクスフィアを自身で装備することによって生命力を底上げし、症状を抑制して漸く旅に復帰出来たクライサは、つまり病を抱えたままでいるということだ。

再びこの世界へとやって来てから、暫くは症状の再発はなかった。だがフラノールを訪れたあたりから、前回の旅でそうだったように軽度の頭痛を感じるようになった。その後も不調を感じることが多くあり、ヴァンガードとの戦闘に苦戦したのはこのためである。闇の神殿で怪我に気付かなかったのは一時的に痛覚が失われていたからだろう。
症状は確実に進行している。今後また襲ってくるであろうあの激痛、その回避方法に悩んでいたクライサとしては、ゼロスの厚意に素直に感謝したいのだ。

エクスフィアに触れた指先。それを持ち上げた刹那、手首を掴まれグイと引かれる。バランスを崩した体は、男の腕の中に迎え入れられた。

「ゼロス?」

均衡のとれた筋肉がついた胸が目の前にある。困惑して首を傾けると、目を伏せた男の表情が見えた。抱き締める腕に力がこもる。

途端、半年前の想いが蘇り、クライサは口を閉ざした。
“さよなら”も“またね”も言えず、顔を見ることもなく立ち去った後悔。世界中のどこにも、その姿はないのだと知った虚無感。
こうして再会できたことを喜んでいたのは自分だけではないのだと、その表情と腕の力に、今さらながら理解した。

ごめん、と告げるのは違う気がする。エミルたちを待たせているのをわかっていながら、はなせ、と言えない。黙り込むクライサの耳元で声がした。

「おかえり」

(…………あ)

ずしりと落とされたように思えた響きは、腹の底であたたかく広がっていく。そっと目を伏せ、自身を抱き締める腕に触れた。

「……ただいま」





“ここ”もまた、あたしの還る場所だったのだ





 
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