祭壇の間の真下にあたる部屋に下りたクライサは、一応帽子を探してはみたが、瓦礫に埋もれてしまったのか、すぐに見つかる様子はなかった。この薄暗さの中では苦労するだろうと判断して、早々に捜索を諦める。気に入りの帽子だったが、仕方ない。

エミルとマルタは次の間にいた。幸いエミルに大きな怪我はなく、マルタもリヒターの攻撃で受けた傷をある程度回復させており、二人とも自力で動ける状態だ。
肝心のテネブラエのコアはエミルが持っていた。よかった、リヒターとの戦闘でごたごたしたが、当初の目的は達成出来たのだ。
ただ問題は、

「お前もリヒターも、いつもの俺に戻れって言う。どうしてだ?何がいけない!いつもの俺ってのは、気弱で臆病で何も出来ない豚じゃねぇか!」

「エミル……」

普段は戦闘が終われば解けるラタトスクモードが、今回は随分長い。そのことを心配したマルタに、エミルが激高したのだ。
豚ナメんじゃねぇ、とクライサは思ったが、さすがにこの空気を破壊するわけにはいかないだろうと自重した。我ながら半年でたいそう成長したことだ、と内心で噛み締める。当然、そんなことはエミルもマルタも知らない。

「お前は……俺にラタトスクの騎士として自分を守って欲しいと言った。俺はその通りにしている!何が気に入らないんだ!」

「エミル……私はそんなつもりじゃ……」

マルタに弁解の余地を与えないまま、エミルの瞳から怒りの色が消える。

「……俺が……消えればいいんだろう。みんな……俺が邪魔なんだ……」

小さくそう呟いた直後、がくりと膝をつき、前のめりになった体を駆け出したクライサが受け止めた。意識を失っているエミルの肩をマルタが揺すり、何度も名を呼ぶ。

「エミル!しっかりして、エミル!」

「……ダメだ。目覚める気配がない……暫く様子を見よう」

「……うん」

ラタトスクモードとしてのエミルがあんな思いを抱いていたと知って、いろいろと思うところがあるのだろう。暗い顔をしてしまったマルタに、クライサは小さく溜め息をつく。慰めを言うのも違う気がして、彼女の肩をぽんと叩くにとどめた。

(この二人なら大丈夫。あたしが口出す必要ない)

エミルが目を覚ますのを待つ間、テネブラエのコアを孵化させたらどうかとマルタに提案すると、彼女は頷いて儀式を始めた。

「……あれ……?」

「どうしたの?」

「目覚めないの……私、今までのセンチュリオンと同じようにしてるのに」

それから何度か同じ行動をとるが、やはりマルタの手の中にはコアとなったテネブラエが転がっているだけだった。
なんで、どうして、と不安げにこちらを見る少女に、クライサは困り果てる。正直、コアの孵化をどうやっているかも具体的に知らない人間に、アドバイス出来ることなんて何もない。
二人して途方に暮れていると、やがてエミルが起き出してきた。緑色の眼、つまりいつものエミルに戻った彼に、困惑の原因を伝える。と、

「テネブラエ!?じゃあ、コアはリヒターさんに奪われなかったんだね」

「何言ってるの?コアはエミルが持ってたんじゃない」

「え……そ、そうだっけ……?」

マルタが不思議そうに言えば、エミルもまた不思議そうな顔をして考え込む仕草をする。その様を、クライサは黙って見つめていた。

そしてまたマルタがテネブラエを目覚めさせようとするが、結果は変わらない。だが、ふいにエミルがコアに手を伸ばすと、途端にコアが輝き出した。
まばゆい光がゆっくりと消えた後、そこにはテネブラエの姿があった。

「エミル、マルタさま、クライサ……ご心配をおかけしました」

コア化する前と変わらない、黒いセンチュリオンの姿に皆、安堵の息を吐く。涙声で抱きつくマルタ、自分のせいですまないと謝るエミル、それらに微笑みを返すテネブラエに、無事でよかったとクライサは告げ、メルトキオに帰ろうと提案した。リーガルとしいなも、きっとグラキエスのコアの情報に行き着いた頃ではなかろうか。

「あっ、待って!リヒターさんは……」

「ああ、アイツなら多分、アクアが助け出してったと思うよ。ちゃんと確認はしてないけど、無事に逃げたんじゃない?」

「じゃあ、生きてるんだね!良かった……」

「…………」

心底安堵したようにそんなことを言うから、クライサは目を丸めた。同じ相手に対して、死ねだの殺すだの言って剣を振るっていた人間には、とても見えない。
ラタトスクモードとはつまり、ラタトスクの力の憑依によって性格が好戦的になった状態であり、人格が変わっているわけではないと聞いていたが、本当にそうなのだろうかとクライサには思えてきた。

「待って、クライサ!」

神殿の出口に向かうべく踵を返したところで、マルタに呼び止められて振り返る。今度は何だと問う前に、右腕を掴まれ、ぐいと引かれた。

「怪我してるじゃない!気付かなくてごめん、でもクライサも隠しちゃダメだよ!」

「本当だ、ひどい怪我だよ。クライサ、大丈夫?」

彼のほうこそ痛そうな顔をして尋ねてくるので、二人して指してくる場所を漸く見下ろした。右の二の腕あたり。マントとジャケットの袖が裂けており、露出した肌には大きな裂傷が走っている。結構な量の出血もしており、なるほど、これは痛そうだと他人事のように思った。

「あー、さっきの崩落の時に瓦礫で切ったのかも。気付かなかったよ」

「えぇ、こんな深い傷なのに!?」

「言わないでよ。意識したら痛くなってきちゃった」

「ご、ごめん……」

「待ってて、すぐ治癒術かけるから!」

マルタの発動した治癒術の光に包まれ、腕の傷は徐々に塞がっていく。あたたかな光を眺めながら、クライサは内心で呟いた。





そろそろ、まずいかも




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