というわけで、闇の神殿にてリヒターと戦闘中です。
「おい、展開早ぇぞ!」
「うるさいよ!コーヒーゼリーのいない闇の神殿になんか1ミリも興味ないんだから!とっとと終わらせてメルトキオ戻りたいんだよ!」
「コーヒーゼリーって何!?」
センチュリオン・ウェントスに話を聞いたというエミルによると、センチュリオンがコア化するほどのダメージを受けた場合、本来はラタトスクの元へ戻るらしい。精霊と同じように、マナが枯れない限り何度でも再生出来るのだそうだ。
しかし、現在はラタトスクもコア化してセンチュリオンを癒やす力を失っている。そのために、テネブラエは祭壇へ向かったらしい。
クライサがエミルとマルタとともに闇の神殿を訪れると、あたりは薄闇に包まれてはいるが足元が見えないというほどではなくなっていた。シャドウがいないからなのだろうか、以前に来た時は、ブルーキャンドルという特別な道具がなければ進めないほど真っ暗だったというのに。
そのおかげで神殿の中を進むことは出来るが、テネブラエがいないため、コアがどの辺りにあるか察知出来ない。他のセンチュリオンは、テネブラエのように会話しようという気がないらしいのだ。
漸く祭壇の間に足を踏み入れると、リヒターとアクアの姿があった。コア化したテネブラエを破壊しようとしているリヒターに、エミルたちは武器を構え、斬りかかる。
「……よせ、エミル。お前とは戦いたくない」
「あいにくだったな!俺はあんたをぶち殺したいんだよ!」
普段のエミルならばリヒターの言葉に同意するだろうが、ラタトスクモードの彼には通じない。
エミルとマルタがリヒターと戦っている間、クライサはアクアの召喚する魔物と対していた。魔物たちを倒したちょうどその時、リヒターの技によって吹き飛ばされたエミルが床に倒れる。すぐにマルタが治癒術をかけると、ゆらりと立ち上がったエミルの瞳は怒りに燃えていた。後ろ手に構えた剣が、炎にも似た光を纏う。
「アイン・ソフ・アウル!」
剣を前方に払うなり、巨大な光の塊がリヒターに襲いかかった。
「この技は……!!」
驚愕に満ちた様子のリヒターは正面から技を受け、叫び声を上げる。凄まじい光に包まれた彼を、マルタとクライサ、アクアは固唾を飲んで見守るしかなかった。
やがて光が消え、なんとかその場に立っているリヒターの姿が現れる。彼の顔には、苦痛というより驚きが浮かんでいるようだった。
「エミル……お前……まさか、そうなのか……」
「何わけのわからねぇこと言ってんだ?」
「……エミル、聞こえるか。今すぐラタトスクの騎士をやめろ。でなければ、俺は……お前を……」
焦れたエミルが再び剣を振るう。アイン・ソフ・アウル。先と同じ技を、しかしリヒターは受け止め、交差させた剣と斧で跳ね返した。
「エターナル・リカーランス!」
X型に迫ってくる光の刃。まさかカウンターを受けるとは思わなかったのだろう、驚愕して動けずにいたエミルの前に、少女が飛び出した。マルタだ。リヒターの技をまともに食らった華奢な体は、そのまま床に崩れ落ちる。
「……マルタ……?」
呆然とするエミルと倒れたマルタをとらえたクライサの視界が激しく揺れ出す。先ほどのエミルの大技に、神殿が耐えられなかったのだ。柱が折れ、天井が轟音を立てて落ちてくる。
「エミル!マルタ!」
恐ろしい勢いで走った床の亀裂が彼らをとらえた。崩れた床とともに下の階へ落ちていく二人をクライサは追えない。肌が感じた気配に反射的に構えた双剣が、振り下ろされた斧を受け止めた。
「っリヒター!」
「……何度、俺の前に現れれば気が済む」
「そりゃこっちの台詞だっての!」
首を狙うように薙がれた剣を屈んで避けると、風圧に負けて帽子が脱げてしまった。視線で追う余裕もなく、リヒターの振るう剣と斧を、躱し、双剣で受け止める。魔術の詠唱に入る隙は皆無だ。
「何なの、アンタ!あたしに何の恨みがあるってのさ」
初対面では『二度と顔を見せるな』などと言い放ち、アリスらに『確実に仕留めろ』などと命じ、今また『何度現れれば気が済む』などと言いやがる。
向けられている敵意の種類がさっぱりわからず、クライサは問うた。明確な回答はない。
「……ーーせ、と言うのか、またーー……」
ただ、一言。震動にかき消されそうなほど小さな声を、クライサの耳は拾っていた。
やがて、残っていた足場も危うくなり、アクアが退避を促してリヒターを呼んだ。クライサはその後を追おうとしたが、ちょうど彼らとの間に崩れた天井が落ち、その姿を見失ってしまう。仕方なく追跡を諦めたクライサは、大きく空いた床の穴に、自ら飛び込んだ。
「……ったく、何なんだよ……」
ーー殺せ、と言うのか、またーー