アクセサリー屋の店主の話では、グラキエスのコアは彼の息子がメルトキオの貴族に売ると言って持って行ってしまったらしい。彼に個人的な貴族の知り合いがいないのなら、道具屋に持ち込む可能性が高いだろう。メルトキオに入ったエミルたちは、リーガルの提案で道具屋に向かうことにした。
メルトキオは初めてだというエミルは、珍しそうにあたりを見回している。パルマコスタ、ルイン、アスカード、イセリア、トリエット、イズールド、フラノール。確かに、彼らがこれまで見てきたという街に比べれば、ここは遥かに大きくきらびやかに見えるだろう。

「どうだい、クライサ?二年ぶりのメルトキオは」

「あたしにとっちゃ半年ぶりね。……まぁ、懐かしいかな」

確かに、クライサにとっては半年ぶりだ。だが、この街にとってはクライサは二年ぶりの来訪ということになる。このズレを考えると、何やら複雑な気分になるのだ。

道具屋のすぐ近くまで来たとき、店から黒いスーツに身を包んだ紳士然とした男が出てくるのを見かけた。彼はこちらに気付く様子もなく立ち去ってしまったのだが、一瞬遅れてクライサとしいな、リーガルが立ち止まる。男の歩いて行った方向へ振り返るが、すでに彼の姿はない。

「……今の、トクナガじゃなかった?」

「私にもそのように見えたが」

「ああ、あたしもだよ」

知り合いかと、エミルとマルタが三人の様子に首を傾げる。

「うむ。この街にはテセアラの神子が住んでいるのだが……」

「そのバカ神子の、可愛い可愛い妹がセレスっていうんだけどね。今のトクナガってのは、セレスの執事なんだ」

セレスのお使いだったのだろう、とその話を切り上げ、改めて道具屋に向かう。そこで聞いた話では、コアは道具屋に持ち込まれたのだが、すでに売れてしまったらしいのだ。
誰に売ったのかと、しいなやマルタは問うたのだが、店主は答えてはくれなかった。顧客情報は守秘しなければならない。特に宝石のような高級な品は、持ち主がわかれば良からぬ輩に狙われる恐れもある。
仕方なく道具屋を後にしたエミルたちは、今度は城に向かうことにした。テセアラ王に謁見してはどうか、というリーガルの提案だ。

「宝石などを購入するのは、ほとんどが貴族だ。彼らは手に入れたものを黙って隠しておいたりはせぬ」

「そうか。貴族の連中から情報を集めれば、グラキエスのコアの持ち主がわかる!」

「さすがリーガル……っていうかそのくらいの情報収集能力はあれよ、ミズホの頭領」

「うるさいね!」



城に向かうエミルたちの前に現れたのは、あの女だった。

「……あらぁ、フラノールではよくもやってくれたわねぇ」

石畳を敷きつめた広場の向こうから、コツコツとブーツの音を響かせながら歩いてきた、アリス。彼女が鞭を振るえば、石畳に浮かび上がった円陣の上に地響きをたててゴーレムに似た魔物、ヘリオンが現れる。ヘリオンが一歩踏み出すたびに、激しい地響きと共に石畳の亀裂が広がっていった。

「こ、こんな街なかで!」

「別にこの街が壊れても、アリスちゃん痛くも痒くもないモン」

城の目の前で事を起こすなど大胆極まりない奴だ。近くに居合わせたメルトキオの人々が悲鳴を上げながら逃げていくのを見て、クライサはにやりと口端を上げて剣を抜いた。

「こんな街なかで醜態を晒しても痛くも痒くもないって?」

「……クライサちゃん、やっぱりあんたには死んでもらわなくちゃね」

「はいジャッジメント

「え、ちょ、早っ」

ズドンズドンと落ちる光の塊がヘリオンに何発も命中し、その巨体はあっという間に地面に沈む。安全圏へ逃れるのに精一杯だったアリスは、倒れたヘリオンの姿を見、クライサの所業に非難の声を上げた。

「ちょっとクライサちゃん!?いくらなんでも乱暴すぎるんじゃない!?」

「いや、アンタには言われたくないよ」

「あんたには負けるわよ!」

しれっとぬかしよるクライサの顔を、しいなとリーガルは見られなかった。詠唱無しで天使術をぶちかますなんてことされては、さすがの彼女らもドン引きだ。エミルたちはエミルたちで、とんでもない威力の術を間近で見た驚きに目を丸くしている。

「で、どうすんの?次はアンタが相手になる?」

「……うふ♪勝負がついたって決めつけるのは、まだ早いんじゃなぁい?」

挑発的にクライサが問うが、アリスは追い詰められた様子もなく小首を傾げて微笑んで見せた。クライサが怪訝に思う間もなく、彼女の背後にいたエミルが、倒した筈のヘリオンに後ろから羽交い締めにされてしまう。

「エミル!?」

「その子ね、負けたら自爆するように首輪に仕掛けをしといたの。アリスちゃん冴えてる〜♪」

「な、なんだって!?」

しいながヘリオンの首を見上げると、でこぼこしていてひどく太いために気付かなかったが、確かに半分めり込むようにして首輪がかけられていた。

「バイバイ、マルタちゃん!ブルート総帥には死んじゃったって言っとくから♪」

アリスはそう言い残すと、風船のような魔物を呼び出し、それに乗って飛び去っていく。クライサは舌打ちするが、今は彼女に構っているひまはないと、すぐにヘリオンに駆け寄った。

「エミルから離れて!」

マルタがその巨体を拳で必死に叩く。リーガルもエミルを捕らえている腕を開こうと試みる。しいなとクライサも手伝うが効果はなく、ヘリオンは今にも爆発しそうにその体を赤く明滅させている。
恐怖に叫ぶエミル、おろおろするマルタ。上方に浮かんでいたテネブラエはじっと様子を窺っていたが、意を決したように伸ばした尻尾でヘリオンの頭を掴んだ。

「闇の眷属よ、我が意に従え!!」

テネブラエがそう叫べば、ヘリオンはあっさりと腕をほどき、エミルを解放した。それを確認したテネブラエはヘリオンを掴んだまま上昇を始める。エミルたちが名を呼んでも、来てはならない、と叫ぶだけでテネブラエは自身の行動をやめない。
ヘリオンは間もなく自爆する。そうなれば、いくらセンチュリオンとて無事では済まないだろう。ヘリオンの巨大なシルエットを仰ぎ見ながら後を追って走っていたエミルたちの視線の先で、爆発が起きた。

「テネブラエッ!!」

粉々になった魔物の破片がバラバラと地上に降ってくる。テネブラエの姿も、声もなかった。

「う……うそ……」

マルタは瞳に涙を滲ませ、声を震わせる。エミルはからっぽの空に叫び声を響かせた。しいなは、おそらく最愛の精霊の最期を思い出しているのだろう、唇を噛み締めている。
ふいに、石畳に膝をついたマルタの額が輝き出した。緑と赤、ふたつのコアが宙に浮かぶ。これまで孵化させた、ウェントスとイグニスのコアだ。
と、ウェントスのコアが輝きを増した。

『センチュリオンは何度でも甦る。ラタトスク様のお力さえあれば……』

低い声が響いた。ウェントスの声だろうか。かと思えば、コアはふたつともエミルの体に吸い込まれるように消えた。エミルは体をビクリと跳ねさせ、暫し硬直した後、軽く頷くと、

「……くっ、だから俺じゃないと駄目なんだ!」

赤い瞳をカッと見開いた。
ラタトスクモードとなったエミルが言うには、テネブラエは眠りについているだけなのだとセンチュリオンが教えてくれたらしい。大股で歩き出すエミルの後を、マルタたちは慌てて追う。

「あいつを迎えに行く」

「迎えに行くって、どこへ……」

「闇の神殿だ」

なるほど、今までのセンチュリオンと同じなら、神殿には祭壇へ繋がる入り口がある筈だ。ならば、テネブラエはそこにいるだろう。

「わかった、じゃああたしも行く。しいなとリーガルは、陛下にグラキエスのコアのこと話しといてよ」

「了解した」

「任せときな。その後あんたたちを追うよ」

テネブラエのことも重要だが、本来の目的を忘れるわけにもいかない。勝手にしろ、と振り返りもせずエミルは答える。マルタはよろしくお願いします、とリーガルとしいなに声をかけ、クライサと共にエミルを追いかけた。





いざ、闇の神殿へ!




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