口元には不敵な笑みを刻み、上空の少女を見る目はやや細めて。鞘に戻した剣は抜かず、あくまで静かに、問う。いいの?本当に?
「……なに、よ」
「ねぇ、いいの?」
「だから」
「アンタが、」
本気で来るなら、本気で返すけど。
「いいんだね?」
殺すけど。
「ーーーーッ!!」
冷たいものがアリスの背を駆け上った。大きく目を見開くと彼女は唇を噛み締め、睨むようにクライサを見る。
「あたしはね、誰も殺したくないなんて甘いことは言わない。別に殺したいわけでもないけどね」
少女の一瞬の殺気にあてられたヴァンガード兵たちは、動けない。一部の者は武器を取り落とし、しかし拾えないままでいる。
「死に急ぐ人を殺してやるほど優しくもない。けどね、あたしは自分を中心にした世界で生きてるから」
自分に降り注ぐ火の粉は払うし、自分を守るために剣をとる。自分の血を流すくらいなら、この手が別の誰かの血で汚れたっていい。
「だから、アンタが本気であたしを殺そうっていうなら、あたしはアンタを殺すよ。死にたくないからね」
殺した者たちの屍を踏みつけて、その上に立つことに躊躇いは無い。覚悟はとうに出来ている。自分は、お綺麗な人間ではないから。
「どうする?あたしとしては、こいつら連れて退いてほしいんだけど」
「……あんたのお願いなんて、聞く義理ないわ」
「まあ、そうなんだけどさ」
暫しの沈黙。落とした武器を拾った者が身構え、我に返った他の者もそれに倣う。ホークが、指示を待つようにアリスを仰いだ。
戦闘体勢をとった彼らの中央で、しかしクライサは剣をとらない。空色の双眸がじっと見つめる先で、少女が短く息をついた。
「いいわ。そのハッタリに免じて、今日のとこは退いてあげる」
「え、今日のとこはって、また来んの?」
「どうかしら?アリスちゃんの気分次第かもね」
「気が向かないことを祈るよ」
バイバーイ、と気が抜けそうなほど明るい声で言いながら、アリスは戸惑うヴァンガード兵を引き連れて去っていく。おかしな行動をする様子はないから、宣言通りこのまま去ってくれるだろう。
完全に姿が見えなくなってから、無意識に肩に込めていた力を抜く。ああ本当に、殺し合いにならなくて良かった。あれがハッタリでないことなんてアリスが一番わかっているだろうから、暫くは襲ってくることは無いだろう。
(……しかし、リヒターか……)
本当に何したよ、あたし