「クライサって……クライサ・リミスク?『異世界の旅人』の?」

憎しみのこもった、マルタの眼が向けられる。ロイドの仲間だと知ったエミルの表情が、険しくなった。

(まあ、当たり前の反応か)

「先に言っとくよ」

溜め息をついて、罵声の一つでも言いたそうな少女らより先に口を開いた。エミルたちのほうを向いたクライサの、後ろに立つゼロスは黙っている。

「あたしが本名を言わなかったのは、アンタたちを騙したかったからじゃない。結局は同じことだけどさ」

この世界の今の状況を知り、自由に動ける時が来るまで身を守るためだ。敵を欺くにはまず味方から。自分たちの置かれた状況を一通り把握するまでは、自分が『クライサ・リミスク』であることを、エミルたちにも明かさないほうがいいと判断したのだ。ヴァンガード側にこちらの正体がバレてしまっては、一層動きにくくなる。

「知っての通り、あたしは異世界の人間だから。世界再生を終えて半年……こっちでは二年か。その間、あたしはこっちの世界とは一切関わりが無かったんだ」

だから世界再生後に何があったかは知らないし、今問題となってる異変や差別のことも知らなかった。もちろん、ロイドのしたことも。

「アンタたちに知られたくなかったわけじゃない。コレットに会ったって話を聞いた時、アンタたちになら知られても大丈夫だって思ったから」

必要な情報を得られれば、その時に話そうと思っていた。騙していたのかと罵られても、いつかは話したいと思っていた。ただ、時期が早すぎただけ。

「信じる信じないはアンタたちに任せるよ。ただ、信じてくれるなら……あたしも一緒に行かせて欲しい」

「信じるよ」

返したのはマルタだった。彼女と、その隣に立つエミルは、複雑そうな表情ながら真っ直ぐクライサを見つめている。

「嘘つかれてたことはショックだよ。……でも、今の……クライサの目は、真っ直ぐだから」

「信じるよ。クライサが、僕たちのことを信じてくれるから」

無条件に信じてくれたロイドとは違う、少しだけ裏切られることに怯えた色を持つ眼。それでも、信じると言ってくれたことが、嬉しかった。

「ありがとう」

さて、次はこちらの番。振り返った先に立つ赤毛の男と目を合わせると、彼は嘲笑うように口を歪めた。

「へぇ。クライサちゃんはそいつらと一緒に動くわけ」

「何さ、その目は」

エミルとマルタに向けていた、心底信用していないという目が空色を映す。なるほど。彼らと行動を共にするなら、クライサでさえ敵と見る、と言うのか。

「そいつらにつくってことは、ロイドの敵に回るってことだぜ?」

「そうかもね」

「だったら、俺の敵だ」

「……かもね」

しかし、互いにまだ真実を知らない。
エミルたちが嘘を言っているとは思えない。ロイドがあんなことをするとは思えない。
クライサが彼らと旅をするのは、その真実を知るためだ。

「必要なら、あたしはロイドやアンタとでも闘う覚悟はあるよ」

「その時は、俺さまも容赦しねぇぞ」

「望むところだね」

互いに不敵な笑みを見せつけ、それからゼロスは出口に向かって歩いていった。エミルとマルタとは違い、クライサはその背を見送らない。
トマスが倒れていた場所のそばでぐったりとしている魚の魔物を見下ろして、姿を現したテネブラエに声をかけた。





やるべきことは、他にある




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