アイオニトスを無事手に入れたゼロスは、罠に苦戦しているだろう仲間たちを救出するため、救いの塔内を走っていた。先ほど別れたクライサには安全な道を教えてある。彼女も仲間たちを助けながら、ロイドの後を追っていることだろう。
『クライサちゃん、俺がクルシスやレネゲードの連中と繋がってるって気付いてたよな?』
二手に分かれる直前の会話が思い出される。ゼロスの問いに、彼女はあっさりと頷いた。
『職業柄、嘘とかそういうの見抜くの得意でね。ミトスのこともなんとなく気付いてた』
『ユグドラシルだって?』
『や、なんか被ってるなーぐらいにね。あたし、ユグドラシルには会ったこと無かったし』
クルシスやレネゲードに情報を流したり、手を貸したりしていたのを、彼女は知っていた。気付いていた。それなのに何も言わなかった、忠告もしなかった、その真意は何なのか。
自身を軍人だと言っていた彼女は、そうと納得出来る程、実は警戒心が強い。誰でも無条件に信じ受け入れるロイドとは違い、リフィルのように表に顕にすることは無いが、人を疑うことを忘れない。かといって常に警戒ばかりをしているわけではなく、信用出来る相手だと判断すると完全にとはいかないまでも心を許して接している。しかしその分、敵だと判断された者に対しては容赦が無い。それは普段の戦闘時のような姿を見ればよくわかる。
なのに、確実に裏切りと分類されるであろう行為をしていたゼロスには、何の罰も無い。今の彼が仲間たちのために行動していることは確かだが、それ以前のことに対する咎めの言葉すら無かったのだ。
『俺が裏切り者だって知ってて、なんで信用したのよ』
本当にコレットをクルシスに売って、ロイドたちを始末しようとしたかもしれないのに。クライサは変わらぬ笑顔のまま、返した。
『信じてたから。なんでって言われても困るよ』
『……なんで、信じたんだよ』
『だから理由なんて無いんだって。……でも、そうだなぁ……強いて言うなら』
困ったように笑って、腕を組む。何か思い付いたような顔で目を開ける。こちらを見つめる青空色の双眸は、とにかく綺麗だ。
『手が温かかったから』
『……は?』
『みんなが抑制鉱石を取りに行ってくれてた時かな。寝てるあたしの手を、ずっと握っていてくれた人がいた』
意識はほとんど無かったけど、その手が温かくて、心地好かったのだけは覚えてる。
『あれ、ゼロスでしょ?』
信じる理由なんて、それで十分だよ。答えを聞かず、クライサは再び彼に背を向けた。その直前に見せた笑顔を、ゼロスは忘れられなかった。
『信じる』ということ