病み上がりだからとらしくもなく気を遣って、彼女の分の食事にだけは薬を仕込まなかった。他の全員はぐっすり眠っている。その様子に安堵していたのだが、てっきり床についていると思っていた少女が起きていたのには心底驚いた。

「……ああ、俺さまもすぐ寝ようと思ってたんだけど、なんか寝付けなくってさー」

「一日のうちに色々あって疲れてるだろうに。元気あり余ってんならあたしと組み手しない?なんか体鈍っちゃってさー」

「へ?や、その…えーと、」

「冗談だよ」

そんなに慌てなくてもいいじゃんか、と笑った少女に空笑いを返すが、ふと感じた気配に身を凍らせた。外に複数、屋内に一つ。眠っている筈の仲間たちとは別の気配に、予定通りだからと驚くことはないが、冷や汗が出る。まずい。非常にまずい。
右隣に位置する少女を見下ろす。一階の扉が開く音が微かに聞こえた。人が出ていく気配がする。少女の瞳が一瞬揺れた。ああ、気付かれたか。

「……なんかいるね」

つい、と滑った視線は窓の外へ。家の前方を見下ろせる位置にあるその向こうには、いくつかの人影。青い長髪の男を中心に立つディザイアンに似た風貌の者たち、それに囲まれているのは茶色の髪をしたクルシスの天使と、赤い服に身を包んだ我らがリーダーだ。
空色の眼にそれを映した少女は、すぐにその場を離れて歩き出した。内心で舌打ち、階段に向かって進むクライサの後を追う。

「下手に動かないほうがいいと思うぜ?見たとこ、あいつらの狙いはロイドだけだろ」

「あたしには、ロイドを人質にクラトスを脅してるように見えるけど?」

「それでクライサちゃんはあいつを助けに入るってのか?今出て行ったって、ユアンが手出しを許すわけないだろ」

「別に邪魔するのに本人の許可はいらないでしょ」

「そうじゃなくて、ひとまず様子を見て…」

「ゼロス」

一階に下り立ち、部屋の真ん中あたりで足を止めた少女が振り返った。真っ直ぐにこちらを見る彼女は、笑っている。ニヤリと口端を上げた不敵なそれは寒気がするほど綺麗で、引き止めようと伸ばした手は不自然に止まってしまった。

「悪いけど、そんな足止めには付き合ってやんない」

瞬間、彼女の表情は消えた。無邪気とも言える悪戯っ子のような笑みはなりを潜め、冷えた眼差しがゼロスを射抜く。普段の彼女とはまるで別人のような気配を目の当たりにし、殺気に似たものが漂う室内で動けずにいた。
外からは荒げられた声が聞こえる。クライサは玄関の扉に手をかけ、躊躇いなく開け放った。





凍てつくような視線




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