音を立てないよう扉を閉めて、薄暗い廊下へと足を踏み出す。唯一の明かりは、窓から注ぐ月光のみ。しかし大した距離も無い寝室に向かうだけなら、それだけで十分だった。
薄い闇の中に浮かんだ人影に、足を止める。相手は少し驚いた様子で、同じように立ち止まった。

「……クライサ、ちゃん?」

「なんだ、ゼロスか」

見慣れた顔に、微かに身構えていた体から力を抜く。再び足を踏み出して距離を詰めるが、彼は未だ表情を変えていなかった。

「まだ寝てなかったの?」

「うん。ちょっと調べたいことがあって、アルテスタに許可もらって書庫借りてたの」

「……やっぱ薬入れときゃよかったな」

「ん?なに?」

「いや、こっちの話。で、調べたいことって?」

「これ」

左耳を指差す。それだけで言いたいことを察してくれたゼロスが、ああと頷いた。
壁に背を預けた彼にならい、月明かりの注ぐ窓に寄りかかって、小脇に抱えていた分厚い本を開く。書庫で見つけた目ぼしい資料のうち、特に興味深い内容が多かった本で、夜が明けてから出発の時間まで読もうと思って借りてきたのだ。

「何かわかったのか?」

「んー、あの症状に関する表記はほとんど無かったね。理論上発生する可能性は少ないながらあるものの、事例は皆無って感じみたい」

「じゃあ収穫は無し?」

「そうでもないよ。アイオニトスとエクスフィアの関係性や個別の性質、人体への影響については書いてあったからね。そこから推測するに、このピアスはマナがあって初めてああいう症状を引き起こすみたいだから、エクスフィアを外しても元の世界に帰ってしまえば問題無い。あたしの世界にはマナなんてもの無いからね。そもそも、このアイオニトスは不純物が多くて、それも反応を起こした原因の一つに……」

「ちょ、ちょーっと待った。あんま科学的な話されても俺さまわかんないから。要するに、クライサちゃんが元の世界に帰れば、もうあんなことにはならないんだな?」

「まぁそうだね」

せっかく説明してあげようと思ったのに。些か残念そうな顔で本を閉じた少女に、ゼロスが溜め息をつきながら肩を落とす。

「クライサちゃんって、実はリフィルさまと同じくらい頭いいんじゃねぇの?」

「どうだろうね。あたし一応科学者だから、それなりに出来るほうだって自覚はあるけど」

「あれ、前は軍人だって言ってなかったっけ」

「軍人で科学者なの。……それより、ゼロスは寝なくていいの?みんな疲れてたみたいだけど」

皆が寝静まっているであろう寝室の扉を一瞥し、再び彼に視線を戻す。月明かりに照らされた頬が微かにひきつったのを、クライサは見逃さなかった。





ほんの一瞬の動揺




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