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第31話


「あの、前衛的な髪型をした兵隊さんを見かけませんでしたか」


そんな台詞を何度も口にしていい加減私は何を聞いているんだと頭が痛くなりそうだった。
炭鉱の町と呼ばれる夕張に到着して、牛山さんが土方さんに連絡を取ると席を外した。その合間に銭湯を見かけた私は尾形さんに行かないかと声をかけたのだ。お前は長風呂だから嫌だと言われて、入るなら入るで好きにしろとの言葉を吐くと彼は町を少し歩くと言って私を銭湯に置いていったのだった。
目立つことはしないだろうと思ったし、おそらく尾形さんならば行くのは鉄砲屋かそれに近いものだろうと思った。ので、ならば好きにさせてもらおうと暖簾をくぐったのがいけなかった。


「兵隊さんならシロクマを探して向こうに走っていったよ」
「シロクマ……?」


何やってんのあの人。
教えてくれた男性にお礼を言って彼が指をさした方角を向く。


「いたか?」


合流した牛山さんに、今しがた聞いたことを話せば彼も「シロクマぁ?あいつ何してるんだ」と怪訝に口にする。
銭湯で別れたあと、湯上りの私を迎えたのは牛山さんで尾形さんを一緒に探しにいけば思い当たる場所に彼の姿がなかった。下手な行動をするとも思えない、でも心当たりも無くなってしまって道行く人に聞いて回ることになったのだ。


「シロクマってなに?日本てシロクマいたっけ?」
「いや、いねぇだろ。ヒグマならまだしも…」


2人して混乱しながらも教えてもらった方角に向かった。
と、ダァァンと高く鈍く響いた後にはっと息を飲んでその先の正体を探った。今では聞き慣れつつある間違いなく銃声の音で、それに反応したのは私だけではなかった。
勢いよく走るトロッコに2人の男が乗り込んでいた。

「(あれは…軍帽…)」

ということは日本兵だ。一緒に乗っているもう1人の男は被っていなかったが、身近にいる脱走兵も軍帽を被っていないのだから皆が皆きちんと整えているわけでは無いのだろうと自己解釈をする。


「不死身の杉元…」


そんな私を他所に隣の牛山さんが独り言のようにそう口にしたのを私の耳は拾い上げた。


「知り合い?」
「ああ…前にちょっとな」


何やら考えあぐねている様子の牛山さんと、それを窺う私。そんな私達を遮るように、もう一台のトロッコが勢いよく坑道に吸い込まれていった。
その姿に2人して「あ」と声を漏らす。探し人を漸く見つけたのだ。しかし…


「入っていったな」
「やけに楽しそうな表情だったね」


小銃片手に生き生きとした顔で消えていった尾形さんに何してるんだと私は肩を落とした。
坑道…坑道かぁ…
見るのも覗くのも初めてで、正直中身がどうなっているのか興味があった。迷路のように道が伸びているのだろうか。


「山の向こうに繋がる出口が複数あったら厄介だな」


ふと呟いた牛山さんに私は彼を見上げる。


「そういうものなの?」
「抗口で言ってな、複数作る必要があるんだよ」


新鮮な空気を入れる抗口と汚れた空気を排出する抗口が大半だけどな。
そう説明をしてくれた牛山さんにへぇなるほどと頷く。つまり換気をする為の道があるという事か。
無闇に追うよりは他の出口を確認してトロッコが出られる先を見定めた方が良いのだろう。
牛山さんと意見が一致したところで、そういえば尾形さんは何故日本兵を追っていたのだろうかと疑問を覚えた。逃げるならまだしも追うとは血迷ったのだろうか。


「その不死身さんを追っていった理由って牛山さんはわかる?軍から逃げてるはずなのに尾形さんは嬉々として入って行ったからちょっと混乱してるんだけど」


その私の言葉に牛山さんは少し目を丸くした。それから「ああ、そうか」とどこか納得したように頷く。


「杉元は除隊してるはずだ、もう軍人じゃない。一緒にいたのが白石だったところを見ると…あいつらが追っているものは見当がつくな」


大方、尾形は杉元と白石を上手く使って立ち回ろうってところじゃねぇかな。
そう返してくれた牛山さんに、トロッコで入っていった2人組のもう1人も顔見知りなのかと理解する。口ぶりからして尾形さんも彼等のことを知っているのだろう。
そこまでわかるのに大事な部分が濁されている気がして腑に落ちない。
何がだろうかと思い当たるものを考えようとした時、大きく地面が揺れた。ズズンと地響きと共に蠢いた足元は牛山さんですらふらつくくらいの衝撃で、ついで耳に入ってきた「ガスケだー!」という叫び声に私はその方角をはっと見る。
尾形さん達が先程入っていった坑道から黒煙が上がっていた。ガスケというものが何かは分からないけど、地響きと煙を見るにおそらくきっと爆発を起こしたのだろう。
どのくらいの規模なのだろう、あんなに揺れたのだから相当大きなものだと思うけど…


「お嬢!」


気付けば私の意識とは別に動き出していた足に、私より早く反応したのは牛山さんで。その声に漸く頭が働いた。
あの人を死なせるわけにはいかない。それも私の見ていないところでなんて冗談じゃない。私が拾った命だ、尽きるならばせめて目の前で尽きてほしい。


「助けます!」


顔だけ牛山さんに振り向いて、私がそう声を張れば待て待て待てと腕を引かれた。


「俺が連れてくるからお嬢は此処で待ってるんだ」
「いやでも…」


ガスによるものか煙によるものか、いずれにせよ中は酸素が足りなくなるはずだ。目眩がして意識もなくなるかもしれない。そうなったら処置をするにも数秒が命取りとなってしまう。ならば私が直接行って手を施した方がいい。
そう考えた私を牛山さんは真っ向から否定した。


「落ち着け。お前さんが男1人を抱えられるか?尾形を見つけたところで意識がない人間を運ぼうとする間にお前も煙にやられて倒れやしないか?」


冷静にそう言われた言葉にじんわりと理解する。
そうだ、私じゃ尾形さんには肩を貸すくらいは出来ても、意識がなければ運ぶ事も出来ない。
それは彼を初めて見つけたあの時に、移動することを諦めて馬で暖をとることを選択したじゃないか。
私では間違いなく共倒れなのだ。最悪死体をただ増やすだけだった。


「…失礼しました」
「こう言う時は男に甘えればいい、嬢ちゃんには嬢ちゃんにしか出来ないことがあるんだから」


な?と私に促しながら頭をぽんぽんと撫でられて、そのまま頷く。
水を持ってこよう、布もあれば役に立つ。
頭を切り替えて1つ深呼吸をした私に牛山さんはどこか満足そうに笑って、じゃあちょっと行ってくるなと坑道に向かっていった。その背中を見送って私は近くで炭鉱の様子を伺う女性達に桶と水の提供を求めに走り出したのだった。





桶を借り、井戸の水をそれに汲む。拝借した布を抱えて結構な量になってしまったとふらつく足を踏ん張った。
溢さないようにしないと無駄足になってしまうから、急ぎながらも慎重にせねば。そう思って抱えなおした私にふと声がかかった。


「嬢ちゃんすごい荷物だな、手を貸そうか」
「…は?」


背後からの声に怪訝な感情が思わず漏れる。なんと呑気な事だろう。おそらく今は現場の方で人手が足りず皆が走り回っているだろうに、一見何をしているか判断できない私の手伝いなどと、どんな変わり者だろうか。
そんな疑問で振り向いた私を見慣れた男の姿が衝撃を与えてきた。


「よぉ」
「はぁ!?」


服やら顔やらあちこちを泥と煤とで黒く汚した尾形さんが飄々とした様子で立っていたのだ。
素っ頓狂な声を上げた私にどこか煩わしそうに髪をかき上げてこちらを伺う男は何をどう見たって良く知る人物で。ふらついた様子もなく呼吸を乱している訳でもなく、ただ汚れた身なりだけが炭鉱の中に居たという事実を証明していた。
あまりにもいつもと変わらない様子でそこに立っている尾形さんに、私の体は私の頭よりも正直で気が付けば持っていた桶をひっくり返すように目の前に撒き散らかしていた。


「……おい、これはなんの仕打ちだ」
「あ、ごめん」


つい、という言葉は飲み込んで。
目の前の尾形さんが正面から水を浴びて不機嫌そのものの声を発することによって私はハッとする。
自分の目で見たものしか信じたくない。それは真理であったとしても心霊的な現象だとしても相違なく。幽霊的なものを見たことがない私は漏れることなく信じておらず、まさかの彼の出現にいつもと変わらないその様子に、とうとうそんなものが見えてしまったのだろうかと一瞬頭で考えた。そうして考えが行き着いた途端の体の行動だったので正直私も吃驚している。
無駄にしてしまった桶にもう一度水を入れながら、尾形さんに対して怒ればいいのか喜べばいいのか安堵すればいいのか訳分からなくなっていた。というより水を被せてちょっとすっきりしたというのもある。
水が入った桶を横から尾形さんが掻っ攫う。ぼたぼたと水を滴らす彼に少し笑いそうになりながらも我慢して桶を持ってくれることにお礼を伝えた。


「どこに持っていくんだ?」
「坑道かな、牛山さんが尾形さんを探しに入っちゃったし……会わなかった?」
「会ってない、別の所から出たからな」


牛山さんの言っていたとおり、出入り口は他にもあったらしい。運が良かったと喜ぶべきか何も言わずに行動しないでくれと怒るべきか。
そう考えていた私に「そういえば良く俺が中にいるって分かったな」と尾形さんが疑問を投げてきた。


「ああ…尾形さんを探してたらトロッコで入っていくところを見たからね」


見たままの事を話せば納得したのか、頷く事も相槌を返してくれる事も特にはなかった。
私からしたら尾形さんが無事であると分かった時点で大分気が楽だ。「死ぬなら見えるところで死んでね?」と思い出した様に彼に言えば思い切り顰めっ面をされた。


「お前はそれでも医者か」
「そこそこ腕が良いと自負してるけど…」
「…世も末だな」


溜め息混じりに吐かれた言葉になんとも失礼な。と少しだけむっとする。
そうして進んだ先に牛山さんの姿を見つけた。
ああ、良かった無事だったのか。そう思ったのとほぼ同時に彼と共にいる男達が視界に入る。
先程知り合いだと言っていた杉元さんと白石さんだろう。真っ青な顔をして嘔気を訴えるかの様にしているのが見て取れた。


「尾形さん、この布も持ってきて」
「は、…おい!」


手にあった布を桶を手にしている尾形さんに押し付けてそのまま私は走り出した。
様子を見るに、恐らく吐こうとしているのだろうけど上手く嘔吐できていない。あれでは2人とも上手く水も飲めず気管に入り込む恐れがあるだろう。意識があるだけ良しと思えば良いのだろうか、脳酸欠の様子は見られないから頑丈と言えば頑丈なのだろう。


「(取り敢えず吐かせるか)」


1人は少し朦朧としている様だし様子を見ながら取り敢えず体を温めて血液の巡りを良くしてやらないと。


「お嬢戻ったか」


走って近寄る私に気が付いて牛山さんが声をかけてきた。それに足を止めないまま頷いて、そうして私は軍帽を被った方…地面に膝をついてむせ返っていた杉元さんにの下顎を引っ掴み空いている手をその口に突っ込んだ。


「むごぉ…!?」


驚きに見開かれた瞳と目があったその数秒後、引き抜いた手を追う様に彼の口から吐瀉物が溢れてきたのを見て私は小さく笑った。