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第28話


敷かれた布団の上で私が買ってきた団子をもぐもぐと味わう彼女は名前を家永と名乗った。
家永さんはタレがたっぷりついた団子を頬張り飲み下してから、唇の端についたタレをペロリと舌で舐めとった。その動作を見て何故かドキドキとしてしまい慌てて視線を布団へと下ろした。


「(この人色気すごいな…)」


伏せっていたからか多少やつれているように見えるものの、ふっくらとした唇がやけに色っぽい。なるほど、これは生娘だと尾形さんに揶揄されるわけだ。私には家永さんの様な色気を出すことは出来ないだろう。


「ご馳走さまでした、とても美味しかったです」


お団子なんて久方ぶりだったのでがっついてしまいました。と照れた様に続けた家永さんから私は空いた串を受け取り代わりにお茶を差し出す。
家永さんはその流れでお茶をこくりと流し込み、ほうっと息を吐いた。
動作一つ一つに艶かしさを感じてしまい少し居心地が悪い。


「…お怪我は大丈夫ですか?良ければ診ますが…」


どぎまぎと辛うじて見つけた話題は彼女の身を心配しての言葉となった。そうだ、この空気も体さえ診れば消えるだろう。
土方さん達は身を隠している様なので気軽に医者を呼びつけるのはなかなか難しいだろうし名案のはず。
そう思って口にした私の言葉に家永さんは、ふふっと上品に笑った。


「心配して下さってありがとうございます。でも大丈夫。私もこれでも医者の端くれですので自分の具合は何となく分かりますよ」
「え……あ、そうなんですか」


予想していなかった家永さんの返答に一瞬呆けた。
医者…つまり、女医…
自分以外の女性医師をあまり見たことがない私は恐らく無遠慮に家永さんを見つめてしまっただろう。視線に困惑した彼女が眉を八の字にして「あの?」と声を上げた。
私は誤魔化す様に咳払いをして、「失礼しました」と言葉を紡いだ。


「あまり自分以外の女医を見たことがなかったので…」


それも家永さんのように色っぽい人など。
今の私でさえこの立場に来るまで障害が多く今だって周りは希有な目で見てくる。男に任せて女は…だとか女の癖に…だとか耳が痛くなるほど聞いてきた。そういうのもううんざりだ。私は私にしかなれないのに。


「……桐原さんはお若いのに優秀でいらっしゃるんですね」


弊害ばかりの道はさぞ大変でしたでしょう…、と家永さんは言いながら湯呑みを置き代わりに私の手をそっと取った。


「開業試験はもう済まされて…?」
「はい…お恥ずかしい話、家に黙って医学校に入りました、そこで学びながら…」


いつバレてしまうかわからなかった手前生き急ぐようにしていた私は当時年齢を偽って学校に入った。実家にある蔵書のおかげか知識だけは誰にも負けなかったので疑われることも無かったっけな。


「…ご苦労をされたでしょう、ご立派です」


取られた手をするすると撫でられ不思議と心地が良かった。
こんな風に真正面から褒めて認めてもらえたのは初めてな気がする。
医者だと言えば疑心の目で見られ、女のくせにとなじられる事が多かったから家永さんの言葉にじわじわと心が温まるのがわかった。


「お家はあの桐原だとか…、あまり世に出ないような書物も読めたのでは…?」
「そうですね…絵本代わりでした」
「まぁ…」


御伽噺を強請るより医学書を眺めるのが好きだった。祖父にとっては可愛くない孫だっただろう。
私の返事に家永さんがクスクスと笑う。上品に口元を隠し抑えるように笑う姿に私に同じ笑い方が出来るか考えた。…無理だな。


「博識でいらっしゃる」


お若いのに素晴らしいですわ。と続けてくれた言葉に思わず目が泳いだ。誉め殺しとはこういう事だろうか。むず痒く反応に困る。こんなに誰かが私を認めてくれるとは思ってもいなかったのだ。
するすると撫でられた手が途端擽ったく感じた。


「もっとお話を…医者同士で如何でしょうか」
「…わ、私も、ぜひ…!」


上品に微笑んでそう言ってくれた家永さんに私は食い気味に答えた。思ってもない誘いだ、嬉しい。撫でられていた手を思わず握り返してしまうほど高揚して、すぐ我に帰る。


「失礼しました、なんてはしたない…」
「そんな事ありません、お気になさらず」


積極的な女性は好きですよ、なんていたずらに笑うので恥ずかしくて視線を落とした。
麗しく気品があり女医で、それでいて優しくいらっしゃる。すごいなあ、きっと私がなりたい姿は家永さんの様な女性なんだろう。この艶かしさはおそらく私からは出ないだろうけど。
するすると家永さんの手がゆっくり伸びてきてそれを受け入れていれば、彼女は乱れた私の髪を直してくれている様だった。流れ落ちた髪を指ですくって耳にかけてくれるその指も優しくて擽ったい。


「色素が薄いのは生まれつきかしら?」
「ああ…そうです、私の父も祖父も直系は何故か薄くて…」
「そうですか…とても綺麗な髪ですね」


あちらこちらを褒められてまた視線を落とす。
家永さんは人を褒めるのが上手なようだ。もしかして患者を相手にする時もこんな感じなのだろうか、自分を褒められて嫌な人なんていないし、緊張をほぐすためにこうやって優しく声をかけているのかもしれない。私に関しては逆効果で緊張しかしないのだけど。


「……何をしている?」


不意にかけられた声に反射的に振り返る。反動で家永さんの手が遠のいたのがわかった。
振り向いた先にいたのはどこか困ったような顔をした大男だ。確か、牛山さんという名前だった気がする。


「何…って、話を…」


ズカズカとこちらに歩む牛山さんの勢いに負けて私はそう口にした。口にしながら少し牛山さんから離れるように家永さんのそばに身を寄せる。
だって食人鬼だ、いつ牙を剥くか分からない。かと言ってこの部屋に他の人がいない今、いざという時に怪我に伏せる家永さんを置いて逃げるわけにもいかない。
そうして警戒して答えた私に目の前までやってきた牛山さんのは首を左右に振って、それから私の側にドカリと胡座をかいて座り込むと、その勢いのままに家永さんの手を掴み上げた。


「…ちょっと!?なにを!!?」


ほとんど悲鳴を上げた私を制するように、牛山さんは大きな溜息をつく。


「この嬢ちゃんに何をしようとしていたんだ家永」
「(―――んん?)」


牛山さんの言葉に腕を掴み上げられたままの家永さんがぷくりと頬を膨らます。まるで拗ねる幼子のように、それでいて小動物を思わせるような姿はとても可愛らしく見える。が、そのやりとりに何故か違和感を感じて私は怪訝に顔が歪むのが分かった。なんだろう、何がおかしいんだろう。


「酷いです牛山様、私は別に…ただ、ほんの少し…」
「ほんの少し…?」


拗ねた顔のまま家永さんがぽそぽそと呟くと、その呟きを逃さまいと言わんばかりに牛山さんが眼光鋭く促した。


「……味見を」
「味見ぃ!?」


牛山さんに催促されるまま家永さんのふくっらとした唇からぽそっと呟かれた言葉を、私は聞かなかったことに出来なかった。
聞き捨て出来ない紡がれた言葉は聞き間違いでなければ今確かに味見と言ったのだ。


「(味見!?味見ってなんだ、何をだ…!)」


思っても無かった言葉に情けないほど私は狼狽え混乱した。意味を考えたところで到底理解出来ず、ただ私と家永さんの間に、空いている方の手を牛山さんはスッと入れてまるで私を庇うような仕草をするではないか。これは、一体…


「ダメだ家永、嬢ちゃんは客人だぞ」
「ほんの少しでいいんです…脳味噌をちゅるっとするくらいで…」
「………はぁ!?」


混乱していた頭に叩きつけられた言葉は間違いなく家永さんが吐き出したもので、私は思わず声を上げた。


「(脳味噌を、ちゅるっと…!?)」


え、なにどういうこと…
座ったまま後ろに少し後ずさって見えそうで見えない答えと何かがおかしい、その何かに気が付こうと私は懸命だった。
そんな私に少し苦い顔をして牛山さんは「俺達のことを前もって聞いていなかったのかい」と、予想外に優しい言葉をかけてきた。


「色情魔と食人鬼って…」
「それだけか…まったく、あの爺さんは何を考えているんだか」


呆れたように呟いて牛山さんは制していた手を解いた。膨れっ面だった家永さんは大して乱れてもいない着物の胸元を整えながら「悪いようにはしませんよ」と朗らかに言う。
そんな家永さんを見てどこか困ったように牛山さんは頬をかいた。


「あのな、爺さんの言っていた食人鬼ってのは俺じゃない」
「……え」
「家永の方なんだよ」


家永さんが食人鬼…と言うことは、先程の味見という意味は…


「(私を食べる気だったの!?)」


驚愕に言葉も出ない私に牛山さんはなおも続ける。


「医者ってのは本当だが、こんな姿してても歳いった爺さんだからな…嬢ちゃん気をつけな」


何度目かの驚愕に目をひん剥いてしまう。大混乱に陥ったわなわなと口が震えた。
え…どういうこと…つまり……え?
わたわたと慌てふためいて必死で理解しようとしている私はじいっとこちらを見ている家永さんと目があって、ペロリと艶めかしく自身の下唇を舌なめずりする彼女…もとい彼に、私は卒倒しそうになったのだった。


――だから深入りするなと言っただろう


ここには居ないはずの尾形さんの声が、私を嗜めるように脳裏でそう言ったように聞こえた。






title:3秒後に死ぬ