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第23話


署長から受け取った地図を広げて、先程尾形さんが印を付けた所を確認する。建物に隠れながらチラリと周りの様子を見てため息を飲み込む。
逆上した女将が手下を連れて馬吉達と撃ち合いになるかもしれないと尾形さんは私に説明した。用心棒として雇われた以上、尾形さんも手助けをするが戦況によっては逃げ出せる様に準備をしてほしいと言われた。
そんな危ない事を何故引き受けるんだろうと小さく愚痴りながら待機をする。そんな時、ダアアアンと高く乾いた音が響いた。…銃声だ。
音にびくりと飛び跳ねた私をまるで察した様に署長の所から連れてきた馬がヒヒンと小さく鼻を鳴らして私に擦り寄る。


「…いい子だね、ありがとう」


馬というのはどうしてこう人の気持ちに敏感なのだろうか。まるで私を落ち着かせる様な寄り添い方に思わず馬を撫でてやる。
そしてまた建物の陰からこっそりと様子を伺う。近くの火の見櫓から銃を構えている尾形さんは向こうの様子が見えているのだろうか。私には人がいる事は確認出来るけど、なにがどうなっているのか全く分からない。
再び銃声が聞こえて、二度目の狙撃を尾形さんが行ったのが分かった。


「約束!覚えてるよね…!?」


誰の、何処を撃ったのか確認出来ない私は思わず彼を見上げでそう叫ぶ。
やぐらから煩わしそうに私を見下ろした尾形さんは「やかましい」と一言吐き捨て、それから正面に視線を移す。


「馬吉!床屋の前に落ちてるからさっさと拾いに行けッ!」


そうして指示を出す彼を見るに、作戦とやらは順調なのかもと思う。
尾形さんの推測では、日泥の息子とその用心棒によって手下殺しの罪をなすりつけられた馬吉は手下だけではなく妾をも攫い、妾を人質に女将にとある交渉をする役に仕立て上げられたと読んだらしい。その交渉に用いられる物が向こうの用心棒が探し求めている物らしくそれを得る為に馬吉は利用されたんだろうと尾形さんは言った。その取引を済ませた後にでも向こうは本格的に馬吉一味を潰しに来るだろうなと言った尾形さんに誰も疑う事はしなかった。
辻褄が合うし、それに潜んで日泥の動きを様子見ていれば実際女将や手下達が武装して動き出したらしいのだ。尾形さんの読み通りだ。


「(そして尾形さんも、向こうが得ようとしている物が欲しい、と)」


そうしてまで手に入れようとしている物が何か私には何か分からない。聞いても「何だろうな」とはぐらかされて終わってしまったから教えてくれる気もないらしい。
女将、用心棒、尾形さん。命を賭してまで欲しがるそれはまるで人を誑し込む呪いでもかかっているかの様だ。


「(何かの物語でそんなのがあったっけな…)」


人を虜にして奪い合い殺させる様な呪いのかかった物を巡る話だった様な気がする。そんな下らない考えを弾ける様な音が遮る。これも銃声のようだった。
突撃の合図をした尾形さんが「オイッ前線の馬鹿どもに伝えろ!!通りを斜めに横断するな!!敵の銃撃に身体を晒す時間が長くなる。遮蔽物の間を最短距離で移動しながら前へ進め!!」と声を上げて指示を出した。後方にいた馬吉の仲間が慌てて返事をしたのを聞きながら私は尾形さんを見上げる。
尾形さんはもしかしたら狙撃の腕だけじゃなくて軍神の才もあるのだろうかと争い事に疎い私は思った。経験を積んできた軍人だから出せる指示なのかもしれないけど、尾形さんの言葉に素直に従う彼等を見ればそう思うのも仕方ないのではと感じてしまう。
言い切った後、小銃を構えて躊躇いなく撃ち込む尾形さんに「ちゃんと覚えてるよね!?」と再び叫ぶ。
どこか苛ついた表情で此方を見た彼と目が合った。


「言っただろ、善処するって」
「守ってくれないなら手伝わないよ!?」


尾形さんのその言葉に私は叫んで返す。
私の興奮が伝わったのか馬が落ち着きなさそうに足踏みをしたので、慌てて馬を撫でて自分と馬を落ち着かせる。
けど彼は私を気にする様子もなく銃を構えたまま発砲しながら私にこう続けた。


「俺が死んでも良いなら好きにしろ」
「っ…!」


なんてずるいことを言うんだ。
言葉を失った私を一切見ることなく双眼鏡で前線を確認する尾形さんに何故か無性に悔しくなった。
銃の音が絶え間なく聞こえる。その様子を目視することは私には出来ないし、そもそもする気もない。何が悔しいのだろう、私を黙らせる確実な一言をこの人が吐いたことが嫌だったのか。それすら分からない。
不意に、カアアアンとやぐらの鐘が高く鳴り響く。突然の事にハッとして尾形さんを見上げれば彼のいる場が狙われて銃弾を撃ち込まれていた。


「逃げるぞ!来い!」


そう呼ばれて慌てて馬に跨がる。手綱を手に馬を前進させたのとほぼ同時、やぐらから降りようとした彼が銃声とともに体勢を崩して体が傾いた。
血が飛沫のように宙を舞うのが見えて言葉にならない叫びが喉から出てきそうだった。頭が真っ白になりながら数メートル先に落下する尾形さんに駆け寄る。
背中から地面に打たれる彼が、すぐさま体を起こした事に心底安堵した。げほげほと噎せるところを見るに背中の強打で肺にダメージが行ったのだろう。それくらいで済んでいれば良いけど。


「どこ撃たれたの」


馬から飛び降りて患部を探しながらそう聞くと、咳き込みながら尾形さんは立ち上がり私を手で制する。大丈夫だと言いたいのだろうか。でも左肩の外套が赤く染まっているのを見て制止を無視して手を伸ばす。
握り締めた外套を広げるようにその中を晒して見れば、肩だと思っていた患部は左の上腕だった。腕で良かった、もう少し体の中心を撃ち抜かれていたらと思うとぞっとする。
とりあえず応急処置を、と思って包帯を手にした私を今度こそ尾形さんに止められる。外套を握った手を逆に取られて彼はそのまま馬に跨がり、私を促すように息を整えながら「来い」と言うのだ。


「でも、怪我が」
「後でいい、時間がない」


何を急いでいるのか今にも馬を走らせそうな尾形さんにつられて私も彼の後ろに上り込む。途端馬は走り出した。
手綱を引いて馬を操る尾形さんの後ろで私は尚も外套を捲る。ちらりと前を見れば逃げる為の道とは違う方向で「どこに行くの」と聞きながら腕の具合を探る。銃弾は貫通しているようだ、良かった。
「とりあえず止血しておくね、後でちゃんと見せて」そう伝えて服の上から包帯を巻く。手綱を握っていては軍服を脱がせることも出来なかったから致し方ない。きつ目に巻いてギュッと結ぶと尾形さんが漸く口を開いた。


「日泥の番屋に向かってる、おそらくあの女将は取引に素直に応じていない」


がめついと噂の女将が取り返そうと思えば出来たはずのあの場で執着を見せなかった。ニシン番屋には隠し部屋があるらしいぜ。思うにその隠し部屋に保管してるんだろうな。
そう言って到着した日泥のニシン番屋は地図通りの場所にきちんとあった。
尾形さんはするりと馬から降りて私を振り返る。


「中へは来るな、奴等を誘い出すからお前は見つからないように隠れていろ」


言うが早いか私の返事など聞く事もなく尾形さんは番屋に飛び込んでいった。
反論する間もない彼の行動に言いそびれた文句を溜息で逃して私は馬ごと隠れられる場を探した。と言っても番屋の近くに身を隠せそうなところが見当たらず、仕方なしに少し離れた所に身を隠すかと手綱を引こうとした時、番屋から上がる煙に気がつく。


「(まさか、尾形さんが…?)」


誘い出すと言っていたが、もしや火をつけたのだろうか。だとしたらとんでもないことをしている。
すでに少し離れてしまったその場で馬から降りて慌てて番屋の方に戻れば「燃えてんのはうちの物置だ!」と叫びのような声が聞こえて慌てて足を止める。
男性二人と女性一人、言い争いをしながら番屋に飛び込んでいった。血相を変えてやってきた様子からおそらく日泥親子だろうと思いながら私はその場で右往左往してしまう。
尾形さんの思惑通りやってきた日泥親子が番屋に入って行った。燃えている現状、火を顧みず行ったからにはそれ相応の理由があるはずで、それは尾形さんも推測を口にしていた。ならば順調なのだろう、なのだろうけれど…
少しずつ大きくなる火を見て不安にならない人なんていないだろう。火というのは気付かないうちに煙が周り煙死に至る恐ろしいものだ。火災によって発生する有毒ガスの種類によっては三呼吸で中毒を引き起こすものもある。ただ生憎なことに私は番屋で燃えるものがどんな物か知らないからその可能性がどれほどあるか分からない。
そうしてどうするか決めかねていた時だった。黒煙があがる番屋の何処かからダァァァンと響く銃声。


「尾形さん…」


銃声がしたということは彼は無事なんだろう。ほっと胸を撫で下ろして番屋を改めて見る。


「おい、あんたそこで何をしている」


そうして完全に油断していたからだろうか、その場に他の誰かがいることに気が付かなかった。
不意にかけられた声にばっとそちらを見れば、数人の男達が険しい顔で私を睨みつけていた。彼等が纏った羽織に『日泥』と文字が入っているのに目が付いてまずいと思った。日泥の手下達だろう、親子のもとに駆けつけたのだろうか。


「見ない顔だ…そんな上等な身なりをする娘もここらじゃ見かけない」


誰かが言ったその言葉に男達の顔が鋭くなるのが分かった。


「どこから来た」


まるで臨戦態勢に入る様に地を鳴らす男達に私は小さく深呼吸をして努めて笑顔を作った。
馬を離しておいて良かった。彼等が馬を見たら署長の所から拝借したと気が付いてしまったかもしれない。好機なのは私が彼等側に見られていないということだろう。


「私は町を渡り歩いている医者です。建物が燃えている事に気が付いて駆けつけました」


怪我人はいますか?と続ければ男達は顔を見合わせた。
信じるか否か決めかねている様に目配せをする彼等に私はちらりと番屋を見た。黒煙が上がってからどれほど時間が経ったのだろうか。私は時計を持っていないから正確な時間が分からない。時間が経てば経つほどまずいのは分かっている。


「……あなた達はここで何を?」


彼等の意識を私から動かそうと問いかけると、男達は「中に居る人の戻りを待って居るんだ」と答えた。日泥親子の帰りを待っているのだろう。だとするとこれはまたまずい。
あの銃声はおそらく尾形さんのものだ。相手は中に入って行った日泥親子に対してだろう。尾形さんはこの男達に見られているだろうし、やぐらから銃撃となる一発を撃ち込んだのは尾形さんだ。そんな彼が番屋から出てきたとしたら集中砲火を食らうのは一目瞭然だ。


「……まずいですね」
「え?」


呟く私に男が聞き返した。
なにが、どういう事だと怪訝に聞いてくる男達がこちらに寄ってくるのを見て薬箱を背負い直す。


「火災の場では時間との勝負なんです、経過すればするほど命は危険に晒される。煙を吸っていたら意識もないかもしれない。そうしたら本人も気が付かないまま焼かれ死ぬ」


煙の広がりは垂直には秒速数メートル、横には1メートルほど。酸素が少なくなっていく場では人の足で逃げるのも難しい。窒息が先か、中毒死が先か、でも最後は焼かれてしまえば遺体も無惨で見るのも酷いでしょうね。
矢継ぎ早に火事に関してのうんちくを話す私に男達が僅かに狼狽えたのが分かった。


「ど、どうしたらいい!?」


食いついてきた。浮かびそうになる笑みを抑えて男達の数を確認する。この人数をどうにか散り散りにさせれば尾形さんと逃げる頃合いも図れるかもしれない。すぐには戻ってこれない様な種類と物量、でも不審に思われない様に物は調整して…
頭の中で組み立てる私を腕を引かれる事によって物理的に遮られた。


「おい!!答えろどうしたらいい!?」


あの人を死なせるわけにいかない!と叫ぶ様に食いかかってきた男に思わずたじろぐ。
約束を、尾形さんがどこまで守っているか分からない。善処するなんて言い方守る気も無さそうだったから期待もあまりできない。


「大量の水と、大量の布と…」
「それから!?」


急かす男に僅かに腕が痛む。興奮しているのか掴まれる力が強くなっている気がして私の頭は逆に冷やされた。
必死な顔をする男に向かって口を開こうとした私ごと、この喧騒を黙らせる様に響き渡る銃声が空気を割った。
反射的にそちらを向く。思い当たるのは一人しかいなくて最悪だと頭の中で警鐘が鳴った。何もこんなタイミングで。あまりにも多勢に無勢なこの状況で戻ってこなくてもいいのに。そう思った私を予想外の形で彼は裏切った。
小銃を空に向けていた彼は、おそらく注目を集めるために宙に撃ったのだろう。それは大成功だ。大成功だが、私も、多分男達も困惑した。


「尾形さん…?」
「土方さん…?」


思い思いの名前を呼ぶ先には、尾形さんとその背後に理髪店の前で見かけた老人が立っていた。
状況が上手く読めない私達を置き去りにして、更に尾形さんはこの場をかき乱す様に空に向けていた小銃をジャキリとこちらに構え直した。


「ちょっと、何して…」


銃の先を向けられて警戒しない人も怯えない人もいないだろう。正気か疑う様な彼の行動に何が何だか分からないまま彼に声をかけると、それを遮る様に尾形さんが「おい」と口を開いた。


「そいつに触るな、殺すぞ」


ピリッとした空気に息を飲む。乱暴な言い方はいつも通りだったけどその声が脅しじゃない気がして私は慌てて男の手を振り払った。お互い状況が掴めていない中で誤解を招くのは仕方ないかもしれない。隠れていろと私に言ったのに日泥の手下に手を引かれていれば捕まったと思っても致し方ないだろう。


「……何もされてないよ?」


むしろそっちを説明してよ。と続ければ、尾形さんは銃を背負って今の出来事がなかったかの様に髪をかきあげると「ははっ」と笑った。その背後でやれやれと呆れ顔の老人達を見て男達もまた騒ぎ出す。
何がなんなのかわからないまま、ただこの男達が待っていたのは日泥親子ではないのだろうと、それだけが分かった。