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第22話


町を見た時の閑散とした印象は銭湯に行っても変わりなかった。けれどお陰で広い浴槽を独り占め出来る贅沢を味わえたので中々良かったかもしれない。そのせいで長湯になってしまった事を尾形さんに咎められるだろうなぁと思いながら合流予定の理髪店を探す。
理髪店を見つけるより早く目に付いたのは人混みだった。ただの人混みならば違和感を感じる事なかっただろうけど、町中に人影が少ないからか異様に見えて、次いでそれが探していた理髪店の前だと気付く。
カァァァンと響いた音に突然の事で体が跳ねる。鐘の音に聞こえたそれはどこかこの場には不釣合いで出所を無意識に探していると再び同じ音が響いた。


「火の見櫓…」


ずっと遠くにある鐘が確かに鳴っていたけれど、火事が起こっている様子もなくただ目の前の人混みも鐘の音も私には異質に感じてしまう。
ぼんやりと立ち竦み何が起こっているのか分からないでいれば、目の前の人混みが割れて真ん中を見知った顔が出てきたので、また私は困惑することになる。


「…なに、してるの?」


戸惑いが完全に声に出た。情けないくらいの動揺を乗せた言葉を放つと、見て分かるくらい愉快気に笑う顔が私を見る。


「随分長風呂だったじゃねぇか」


そう言う事は聞いていないのだけど。と期待していた答えと全く違うものを返されて顔を顰める事になる。
尾形さんを囲うように居る何人もの男達に視線を向けられて正直心地も悪い。この人達は誰なのだろうと疑問を持っていれば、私よりも先にギョロリとした目を向けた男が「先生この娘は…?」と言葉を口にする。


「(先生って…尾形さんのこと?)」


男達の中に顎から血を流す人を見つけて目を細める。ビクビクとどこか怯えた様子を見せる彼らに一体何が起こったのだと尾形さんをチラリと見れば、ほぼ同時に「俺の連れだ」と言葉を返す声が耳に入った。


「行くぞ江茉」


そう言いながら私を通り過ぎる彼等に何が起こっているのか何が起きようとしているのかただ疑問を持った。
私を通り過ぎていった男達の向こうに、また別の人影があるのにふと気が付いて更に戸惑う。鋭い瞳が此方を射抜いていた気がしたからだ。祖父と同じくらいの年齢だろうか、遠目からでも分かるくらい凛とした立ち姿に祖父を重ねてどこか気になってしまった。
そんな私を再び尾形さんが呼ぶので、視線を断ち切るように踵を返してその場を離れる事になった。


「一体、なにをしたの」


騒ぎなんて起こしたく無いはずだ。身を隠してここまで来ていたのに何を考えているのだと荒げたい声を抑えて尾形さんに言葉を投げれば、彼は私をちらりと見てそれから流血した男に視線を移した。
どうやら答える気は無いらしい。私の言葉など聞こえていないかのように尾形さんは突然男の頭をがしりと掴むと「そのケツアゴぐるっとケツまで切り裂いて全身ケツにしてやろうか?」と恐ろしくも意味不明な言葉を口にした。


「江茉、荷物を置いてこい」
「でも、」
「いいから早く」


此方を見ることもなくそう言った尾形さんは有無を言わさない口調で思わず口を閉ざす。このまま従うのも癪だったけど、周りが早くしろと言わんばかりの目で私を見てくるのも居心地悪く「こちらに」と少し怯えた様子の男について建物の中に入った。
荷物と言ってもお互い大して抱えてもいないのに追い払うような事をしたのは私に見られては嫌なものがあるのだろうかと憶測をしながら適当に荷物を置くと、男がおずおずと声をかけて来た。


「あの人は北鎮部隊ですよね…?お嬢さんは一体どういう……」


連れだと言った関係性を聞こうとしたのだろうか、男に視線を向ければ何故か怯えたように口を閉ざされてしまい、尾形さんは一体なにをしたのだとますます疑問を持った。


「江茉」
「…随分早いお迎えですね」


男が口を閉ざしたことで訪れた沈黙はこの部屋に足を踏み入れた尾形さんによって解かれた。追い払われてそう時間が経っていない事を嫌味を含めて口にすれば私の反応が予想外だったのか彼は一瞬目を丸くして、それから面白そうに笑みを浮かべる。


「何を拗ねてるんだ」
「変な子ども扱いしないで下さい」


人を追い払ったり、早々な迎えに来たり、かと思ったら揶揄うようにしたり。隠されごとをされているのだと理解は出来たが、この期に及んで何を隠す必要があるのか私には分からない。隠し事なんて人間生きていればあるものだろうし、私だって尾形さんに知られたく無い事くらいある。だから隠される事は別に構やしないけど、隠す為に振り回されるのはあんまりだと思って納得出来なかった。
なのに尾形さんはそんな私を気にする様子など微塵もなく、「ほら行くぞ」と言うのだ。出そうになった溜息を飲み込んで「分かったよ」と返事を返す。変に突っかかったり問いただした所で彼が正直に面と向かってくれると思えなかった。






「何これ…」


目の前の光景を目にした私の第一声はそれだった。それは言葉を飲んだ周りの男達の台詞をもきっと代弁しただろうと周りの顔を見て思う。
驚き青ざめている男達を見るに予想外の事態らしい。ただ尾形さんだけが変わらず涼しい顔をしていた。
人を訪ねに行くと言った彼等に着いていけば到着した一つの家。遠慮する事もなく踏み入れたそこに居たのは男達の死体だった。


「これは……一体誰が…仲間割れか」
「いや違う、俺たち以外の誰かが先に妾をさらいやがったんだ」


男達の呟きに私は思わず尾形さんを見る。


「妾って…?」


先にって、まさか人攫いでもするつもりだったの?
耳打ちするように尾形さんへ問えば彼はこちらを見る事なく部屋を見渡しながら「連中の揉め事に用心棒として雇われたんだよ」と返して来た。
そして、「ところで」と言葉を続けた尾形さんは部屋から私に視線を変えて漸く彼と目が合った。


「この死体をどう見る?」


彼の問いかけに思わず首を傾げ「どうって?」と聞き返した。どんな意味で聞いているのか分からなかったのもある。そもそも私は綺麗な死体にあまり興味が湧かない。見たところで得られる知識もないそれに尾形さんが何を求めているのか分からないでいれば彼は少し面倒臭そうに頭の後ろをかいた。


「死んだ時の状況だ、お前なら予測出来るだろう?」


そこまで言われて合点がいった。
ちらり死体を見て、尾形さんの前に出る。倒れ込んでいる男達の体の向き、撃たれた患部を見て、ついでに男の手をとり爪を眺める。


「死体は全部で五つ。内出入り口に近い三体は正面から撃たれて防御創はない。爪も綺麗だから抵抗する間もなく殺された。奥側の二体は多分逃げようとしたところを撃たれてるね」


相手は顔見知りか、あるいは完全な不意打ちなんじゃないの。
そう続けた私に尾形さんは男達を見下ろして何か考えるように黙り込んだ。それから何か見つけたのかしゃがみ込み部屋の隅にあった壺の影に手を伸ばす彼を見守る。
何かを拾った尾形さんの手元がキラリと光るのを見て目を凝らす。私にはあまり見慣れないものだけど、見慣れなくてもそれが何か流石に分かった。


「銃弾?」
「薬莢だ」


銃弾に似たそれは筒のような形をしていた。薬莢とは弾丸とそれを飛ばす為の火薬を詰める器だったかなと、拙い知識を手繰り寄せながらその筒が空の状態になり此処に落ちていることを頭の中で繋ぎ合わせて尾形さんを仰ぐ。
爆発によって鉄の玉を飛ばすなんて、考えた人は本当に頭がおかしいと思う。


「他に見当たらないからわざわざ片付けて行ったな」
「何のために…?」


思わず聞いた私に尾形さんは薬莢を見せた。


「床屋の前にじいさんが居たのを覚えているか?」


その質問にぱっと頭に浮かんだ老人がいる。
射抜くような鋭い視線と凛としつつ堂々とした佇まい。
覚えているという意味を込めて頷いてみせれば尾形さんは「あのじいさんの持っていた銃の弾だ」と続けた。薬莢ひとつでそれまで分かるのかと銃器に疎い私には驚きだ。それを察したのか彼は見せていた薬莢の刻印を強調するように「ここだ」と言う。


「ここに刻まれている内容から使える銃がわかる。ちょうどあのじいさんが該当する銃を持ってたんだよ」


そう言うと尾形さんは入り口の近くに立っている男達を振り返った。


「さっきあの場にいた若い男は日泥の息子で間違いないか?」
「ええ、間違いありません。あそこにいたのは親方の息子です」


尾形さんの言葉に勢い良く頷いて男が言う。確認するかのような問いかけに返事を聞いて何か確信したらしい。「なるほどなぁ」と呟く尾形さんはどこか楽しそうに見えた。


「上手くダシにされたな馬吉。」
「へ、…一体何が…!?」
「噂通り相当なキレ者だなあのじいさん」


馬吉と呼ばれた大きな目の男が尾形さんの言葉に更に青ざめた。そんな男を気にする様子なく尾形さんは誰に言う訳でもなくそう呟く。向こうを知っているような口振りに疑問を口しようとした時、それよりも早く尾形さんが薬莢を手で握りしめて「さて」と周りの注目を集めるように声を上げたので私は疑問を飲み込んだ。


「死にたくなければ今すぐこの町の地図を準備しろケツアゴ署長」


呼ばれた男がびくりと体を跳ねさせる。「この状況を日泥が見て誰の仕業だと思うか、お前らが一番分かってるはずだ」と尾形さんは続けた。私には何が何だかさっぱりだが男達は心当たりがあるらしく顔面蒼白だった。


「いいか、俺の言う通りに動け」


どこかで必ず日泥の動きがあるはずだ。手下達を監視して奴等に注意しろ。
そう言いながら外に出る彼に私達も続く。周りの建物を観察するように見渡す尾形さんがふと私で視線を止める。彼の様子を見ていたから当然目が合う形になって私は首を傾げた。
さっきからずっと蚊帳の外できちんとした説明を受けていない。周りの男達は尾形さんの話を理解しているようで概要を知らない私は置いてきぼりだった。
そんな私に尾形さんは言う。


「お前にも手伝ってもらう事がある」
「状況を説明してもらわないと…」


そう返した私に尾形さんは一度口を閉じる。それから直ぐに「それもそうか」とすんなり納得したように頷いて、また口を開いた。


「昔からこの宿場町ではニシン場と賭博を仕切る日泥一味ってのがいるらしい。それと敵対しているのがこの馬吉だ」


日泥は親方、女将、息子と家族が中心となっているらしいが実権を握るのは女将で親方も息子も飾りにすぎない。じいさんと居たのもこの息子だ。そして恐らく日泥の手下が殺された場にも息子は居合わせただろうな。


「…どうしてそう思うの?」
「お前が言ったんだろ、顔見知りか不意打ちかって。女将が実権を握っているなら尚更、手下を見捨てるとは思えん。飾り物として生きてきた息子なら手下どもを油断させる事も簡単だ」


それに自分の目の前で易々と身内を殺された、だなんて息子は女将に言えると思うか?薬莢を拾い痕跡を隠したのも、手下は馬吉によって殺されたと見せる為だ。そうして妾を人質に攫ったふりをした。日頃から争いの絶えない連中だ、女将は馬吉に手下を殺され妾を攫われたと疑わないだろうな。


「顔に泥を塗られた様なもんだ」


必ず動きがある。
淡々と続ける尾形さんに私はただ黙って聞いていた。


「(この人、すごいな…)」


聞いた話と現在の状況でここまで把握をする事ができるのか。軍人とは皆こうなのだろうか、それとも尾形さんが特別なのだろうか。私には分からないが、冷静に分析を行う彼をただただすごいの一言だった。
けど、分からないことが一つある。


「向こうは手下を殺してまで何をしたいの?」


実際に馬吉が殺していないというのは分かる。
身内を殺して罪を被せた結果に待ち構えるのは女将の報復にしか思えない。まさか殺し合いでもさせようっていうのだろうかと思うも、妾を取り返しに来てもこちらには居ないのだから直ぐにバレるのではないだろうか。
疑問を口にした私に尾形さんは満足そうに笑みを浮かべる。にやりとしたその不敵なものに少しだけぞわりと鳥肌が立った。


「茶番劇でも見れるかもな」


その様子はやはり、どこかこの状況を楽しんでいるかの様に見れて私は小さく深呼吸をした。


「手伝うのは良いけど、一つ約束してくれる?」


その約束を彼が守ってくれるかは分からないけど。