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第18話


「今日はここらで休むか」


辺りが暗くなり始めた頃、尾形さんがそう口にした。その言葉に戸惑ったのは他でもない私だ。


「え、ここ?何も無いよ?」


町も村もなく見渡しても宿らしきものがない。尾形さんにの言ったここらは沢と水場の為か足元は雪が溶けてきちんと地面だというくらいで他に見つけられるものもない。
疑問を口にした私に尾形さんは僅かに顔をしかめる。


「温かい寝床にありつけるとでも思っていたか」
「むしろそれ以外で寝たことないよ…」


所謂野宿をすると言いたいのだろう。雪が溶け始めているとはいえまだ冷え込むこの地で、何が出るかもわからない寒空の下硬い地面で眠るなんて良質な睡眠が取れるとは思えなかった。
そもそも私は外で寝ることなんて想定もせず、病院から急に連れ出される形だったので薬箱しか持ってきていなかった。防寒として羽織一つあれば違ったのかもしれないが、ないものはない。羽織も布団もなしに寒さを凌ぐなんて考えられなかった。


「…そうか、嬢ちゃんは箱入りだったな」


揶揄するように彼にそう言われて少しムッとする。
家筋なんて関係なしに普通に生きていれば雨風に晒される剥き出しの状態で夜を過ごす事なんてないだろう。
文句を言おうと開いた口を閉ざす。ここで言い返したとしても野営することに変わりはないし、それに随分前に感じていた吐き気がまた出て来てそれを飲み込みたかった。
疲れが溜まってしまったのだろうか、ならば早く休みたい。出来ればここを少しでも居心地の良いものにして。
そうして薬箱を背から下ろし、引き出しからマッチを取り出す私を尾形さんがつまらなそうに見ているのは気付いていた。
火を焚いて少しだけ暖かくなる空間に腰を下ろすと、尾形さんも火を挟んだ向かい側に座り込んだ。


「お前は少しでも休め」


火を見つめながらそう言う彼に少し違和感を感じる。
お前は、って尾形さんは休まないのだろうか。


「尾形さんはどうするの?」
「…奴らがどこまで来ているか分からんからな、警戒しておくに越した事はない」


明確な答えではなかったが、それが暗に見張りを引き受けてくれる意味だと悟る。
気を張り詰めるというのはどれだけ疲れるのか、あの病院にいた私は少し分かる。それが警戒し続け周りの気配に神経を研ぎ澄ませるとなればかなりの疲労となってしまうのではないだろうか。
なら交替しながら、と言いかけて口籠る。経験の差というのもあるだろう、そもそも私は争い事には疎い。尾形さんが気付く異変に私が気付けるとはどうしても思えなかった。


「…なんだ」


口籠った私に気付いたのか尾形さんが声をかけてくる。言いたい事があるなら言え、と続けられて私は何て返して良いのか困ってしまった。
言葉を探して黙り込む私に彼は勝手な解釈をして、ああとどこか納得したように声を上げる。


「腹でも空いたか」
「…いえ、違います」


むしろ吐き気を覚えているという台詞は飲み込んであらぬ誤解を解く。冗談半分だったらしい、髪をかきあげながら鼻で笑われた。


「心配するな、追っ手に見つかったとしてもお前を見捨てて逃げたりしねぇよ」
「(…そういう心配はしてなかったんだけどな)」


けど、「だから寝ておけ」と続け様に言われてしまえば私はうん、分かったと返すしかなかった。
何だろう、言ってる言葉や態度は辛辣なのに何処と無く気遣いの様な優しさが見え隠れしていて気味が悪い。病院にいた時はそんな仕草もなかったのに、抜け出してから何かあったのだろうかと疑問になる。
けど、ただ機嫌が良いのであればそれを口にするのは野暮な気がして私は大人しく横になる事にした。
寒さと吐き気を耐えるように身を丸くしてゆっくりと目を瞑れば思っていた以上に疲れていたのか、すうーっと意識が飲み込まれていく感覚に落ちる。













硬く寝心地の悪さに体が痛みを訴えて意識が浮上した。息苦しさと肌寒さを感じて拭い去る様に身を捩ると、何かに引き寄せられて途端暖かさに包まれる。


「(……お日様の、におい…)」


ぬくぬくと感じる暖かさに干した洗濯物の様な匂いを感じて思うがままに鼻を擦り付けて嗅ぐ。
私はこの匂いが好きだった。洗濯物の干した匂いというのは、幼い頃から変わらないもので不変だ。地元にいても此処に来ても匂いだけは変わらない。日向ぼっこをしたかの様にぽかぽかと安心する匂いがただ好きだった。


「(洗濯…いつ、したっけ…)」


すんすんと匂いを嗅げば、僅かに匂いが遠ざかった。同時、肌寒さも感じて自然と口から唸り声が漏れる。息苦しさは尚も変わらないが温もりが遠ざかるのは嫌で、身を擦り付ける様に寒さから逃げて温もりを求める。
それが何の正体かも気にならないほど、私は寝ぼけていたのだろう。次いで聞こえた頭上からの溜息に思考がゆっくりと解かれていった。


「(ためいき…)」


誰の…?私の部屋には私しかいないはず…
ゆっくりと目を開けてみる。薄暗い光景にぼんやりと視線だけを彷徨わせる。次第に自分をすっぽりと包む布のお陰で薄暗く感じ、それが息苦しさの正体だと悟る。
頭から毛布を被っていたのだろうかと思いながら私の正面にある暖かい壁を見つめた。


「(……じゃあ、これは…?)」


こんな壁が私のベッドにあっただろうか…そもそも私のベッドはこんなに硬かっただろうか。
考えながらふと自分の腰に違和感を感じてもぞもぞと動きながらそれを見た。瞬間、見開く。


「っ、〜!?」
「起きたか」


声にならない叫びを上げれば、くぐもった声が私に降ってくる。それに更に頭がパニックになり訳がわからず体が硬直した。
一体、なんだ、これは。
爆発的に上がった自分の心拍は心臓が朝からフル活動をしたもので、肌寒いも暖かいも通り越していっそ暑い。
混乱する私をよそに、腰に回されていた手がするっと離れた。
もぞもぞと今度は目の前の壁が動き、私の背中から冷気が入り込む。が、正直涼しいと感じるほど私の体は火照っていた。
布が取り払われ、明るさに目を細めながらそれを行った正体と顔を合わせる。一瞬驚いた様に目を丸くさせた彼が、次には面白そうに口元に弧を乗せた。


「ははっ」


そうして笑う尾形さんに聞かずとも自分の状態がどうなっているか分かってしまった。
暖かい壁だと思っていたものは尾形さんで、彼に抱き寄せられて外套の中で寝ていたらしい。そうやって理解すればますます恥ずかしい。寝ぼけていた頭を瞬間的に覚ますことが出来るなんて恐ろしい体験をしたと思いながらずりずりと距離を取る。


「言っておくが、お前が誘ってきたんだからな」
「その言い方やめて…」
「寒い寒いって俺を離さなかったのは嬢ちゃんの方だぜ」
「ちょっと!?」


愉快だとばかりに笑う尾形さんに抗議しながらも顔を見れない。恥ずかしい、穴があったら入りたい。
いつのまにか消えている火を見ながら私は少し乱れた胸元を整え袴の紐を結び直す。


「男の裸体は見慣れてる癖にこういう経験はないのか」


体を起こし尚も楽しそうに言ってくる尾形さんに反論の声も手も出なかった。うるさい、黙って、失礼な、破廉恥だ。言いたい事は割とあったのだけど喉が音を奏でることが出来ないほど混乱で爆発しそうだった。
裸体を見るのと触れ合うのでは全然違う。そもそも私は触られる側ではなく触る側だ、そうして死体にも触れてきたし怪我人も診てきた。触られる事の温もりなんて感じだ事なかったし、ましてや抱き寄せられるなんて…


「っーー」


思い出して火を噴きそうになった。
駄目だ駄目だやめよう、考えたら尾形さんにからかわれるだけだ。
深呼吸をして周りを見渡す。少し楽になったかなと思いながら周りの状況を把握しようとすれば、座ったまま私の様子を観察していたらしい尾形さんと目が合った。そして、にっこりと笑みを向けられる。


「……っ!!」


この、くそ…!
再び熱の上がる自分の体に内心で暴言を吐いて、慌てて彼から顔をそらす。だめだ、頭を冷やそう。


「顔!洗ってきます…!」


叫ぶ様にそう吐いた私にけらけらと笑う声が聞こえてきた。


title:水葬