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第13話


この歌に一体どんな意味が込められたのか私には分からない。そもそも私は歌を詠むような淑女ではないので歌を贈られた所で感動もしない。むしろ古風だなぁと若干引いてしまうほどだ。
学校で歌を詠む授業もあったけど、和歌を嗜む必要を感じていなかったので正直適当に過ごしていたし、同級生に源氏物語を押し付けられた時は結局読むこともなく返した。そもそもあれは話が長すぎる。
日本語というのは一つの単語に色々な意味を込める事がある。それがまたややこしく焦れったい。
おそらく彼もその類だと思っていたのだが、それも違ったのだろうか。


「(…尾形さんだとは限らないしなぁ)」


送り主が誰か分からない簪と短歌は最初の予想では父から贈られた物だと思っていた。けどそれが違うかもしれないという思いを持ったのは尾形さんの姿が消えてしまったからだった。
見計らったような、頃合いを伺っていたかのような、そんなタイミングに私は彼からの物なのやもと思ったのだ。
けど、尾形さんがこんな遠回しな表現を使うのか私には疑問だった。そんな確信を持てない所に彼について良く知らないのだと突きつけられてまた少しへこむ。


「泡沫を追うってどんな意味だと思う?」


謹慎と言い渡された私は自分の部屋で薬箱の整理をしていた。謹慎と言っても師団の人が話を聞きに来るまでの間で、それまでやることがなかったのだ。手持ち無沙汰は性に合わない。今までも何かしら動き回っていたから部屋に閉じ込められて出来る事なんて浮かばなかった。
棚型の薬箱は父から貰い受けた物だ。整理整頓もしやすいそれは別に乱れていると言うわけでもなく。わざわざ整理なんてしなくてもいい程だったけど、それくらいしかやることが無かった。
少し考えて念のために薬箱の下の段に簪と包みを忍ばせる。


「……」


扉の横に突っ立って私を監視している男に言葉を投げるも、男には私の声など聞こえてなんかいなかったようだった。
三島さんのように話しやすい人もいれば、いつぞやの嫌悪を抱えた人も居る。そして目の前の沈黙を通す男は重鎮な軍人そのものだった。
左右対称にホクロがあるという特徴的な男の顔を見つめて、こちらに見向きもしない男に私は溜息をついた。
何時もなら院内で仕事をして周っているのだ、部屋に閉じこもってちまちまと薬箱をいじるなんて気が滅入りそうだった。気休めに会話でもしてくれればいいのに、男にはそんなつもりは無いらしい。


「(立つ鳥や泡沫追えば赤い菊…)」


赤い菊って言うのはおそらく生花の菊ではなく、簪のことを指しているのだろう。そもそも菊の季節じゃ無いのだからきっとこれは正しい。
立つ鳥は、その単語を使った故事があったはずだけど飛び立つ鳥と表現されていたはず。飛び立つ鳥と簪に何の関連が一体あるのか。私には歌を詠む感性がないから分からない。


「(飛び立つ鳥…泡沫を追えば、簪…?どう言う意味なのさ…)」


古人はよくもこんな面倒なやり取りをしていたものだ。私が昔の生まれだったなら意思疎通も出来ずにいたに違いない。
泡沫は泡という意味があったはず。泡を追うってどういう意味だろうか…しかも泡を追えば簪っておかしくないか、泡を追った先に簪があるってわけじゃ無いだろうし。だめだ分からない。


「んん、泡沫の先が私って事?」


簪持ってるの私だしな、まさか赤い菊は私を指しているのだろうか。そんな考えが浮かんで思わず口にする。
飛び立つ鳥、泡を追う先に私がいる…?いや、ますます分からない。返歌をするとなったら私には絶対出来ないだろうとほとほと思う。


「ねえ?」
「え?」


ふと、私以外の声が部屋に溶け込んで驚きに扉に目をやる。私以外だなんて今は監視に突っ立っている男しかいない。案の定男が私に声をかけたらしく、こちらの存在を延々無視していた男の目がじいっと私を見下ろしていてぞくりとした。この人瞳孔開いてないか…
扉に張り付いていた男が嘘のように躊躇いなく私に向かって一歩、二歩と近付いてくる。別にそれ自体は問題なかったのだけど、男のその様子に異様を感じて私は薬箱から手を離した。


「っ、いた…」


どうやら正解だったらしい。
詰め寄られて、男は前触れなく私の手首を締め上げるように手に取った。ぎりっと骨がしなるような音がした気がして私は痛みに声を漏らすも、男に反応は無かった。


「(こいつ、無礼すぎやしないだろうか…)」


私は淑女ではないし、祖母のような大和撫子とは程遠いと自覚している。でも、親戚や学校や此処で周りから敬われていた。前提として家柄があってのものだろうけど、それは今も変わらないはずだ。それを踏まえてこんな扱いをされた事が今までなくて振り払う事も出来なかった。
ぐいっと握り締められた腕を引かれて強制的に立ち上がることを強要される。痛みに奥歯を噛み締めて耐えていれば、ぐぐっと男と顔が近寄ってその表情に狂気を見た気がした。


「本当に尾形の行方を知らないの?」


ギラギラとした目つきの男に距離を取りたくて仕方がない。
目の散瞳と縮瞳は目と脳を繋ぐ神経によって自動的に行われる。主に光の調節を行うものだけど、その他で瞳孔が開くというのは自律神経の交感神経が優位になっているからだ。男は興奮状態、緊張状態に値する訳であるが、この様子を見るに興奮とも緊張とも少し違う気がした。


「何回も言うけど知らないよ」
「ほんとぉ〜に?」


何度も行ったやり取りをどうして未だにやらねばならないのかと不快であったが、男にはそれ以外の何かも感じていた。
看護婦や師団の男達に囲まれた時とは何か違う。今目の前にいる男には不快感とは別にジリジリと追い詰められているような感覚を覚えて体が硬直をするのだ。私は悪い事などしていないのに体が酷く緊張しているように固まって、息が詰まりそうだった。
いつだったか、鶴見さんに感じた感覚と似ている気がする。
そんな私の様子を知る由もなく男は表情を変える事もなく小首を傾げて私を見下ろした。


「何もなかったの?」


担当だったんでしょ?一切?何も?

矢継ぎに聞く男に私は言葉を飲む。脳裏に簪が浮かんでしまったからだ。あれが一切何もない、と言っていいのか分からなかった。でもそれを言葉に出すのは何故かまずい気がして口を噤んだのだが、沈黙は不正解だったらしい。
締め上げられていた腕が強く引かれた「っ!」痛みに息が口から漏れ出す。
引かれる事に身構えもしていなかった私は、その力の強さに抗うこともできず自分のベッドに叩きつけられるように投げ出された。


「何を…!」


反論の言葉を、ギシリとしなったベッドが遮る。
投げ捨てられる様にされた私が自由になった手をベッドに付いて起き上がろうとしたのを、男が私の上に乗り出すことで止められたのだ。


「僕はさぁ、特別な任務に就く前だから出来れば余計な事したくないんだよね」


でも鶴見中尉を煩わせる存在を無視する訳にもいかないし。
そう続けた男にぞわりと鳥肌が立った。鶴見さんと同じものを感じたのは、この男が鶴見さんに狂信的だからなのかもしれないと今更ながら思う。
そんな考えを袴の結びに滑った男の手によって遮られた。


「っ…やめ…!?」


この状態は非常にまずいのだと、頭の奥で警鐘が鳴る。強い不快感に異物がせり上がってきそうだった。
男の体を左右の手のひらでぐいっと押す。どうにか距離が欲しかった為の行動だったけど、よく思わなかったらしい男に私の両手が取られるといとも簡単にベッドに縫い付けられてしまった。
馬乗りになってきた男はやはり表情を変える事なく私を見下ろしてきた。


「あんたに興味は毛ほども無いんだけどさ、クソ尾形の女だっていうなら話は別」


あいつの行動には腹立ってるからさぁ、と続けた男がその言葉と共に私の袴の結びをするっと解いた。
ぞわぞわと強くなる嫌悪感と身の危険を感じて、この男をどうにか止めなければと息を吸い込む。


「私は!尾形さんとそんな仲じゃない…!」
「この際別にいいよ」


その言葉と同時に力任せに着物の合わせをがばりと開かれた。乱暴に開かれた胸元に襦袢が剥き出しになって私は呼吸を忘れた。


「あいつの顔を見るのが楽しみだ」


そう言った男にようやく表情が乗ったのを見た。