「ちょっとモココ、待ちなさいよー!」
ふわりと香った潮の風が耳飾を揺らして頬をくすぐった。石畳が続く道を歩けばそこはもう町の中で、たくさんの人とポケモンが行き交っていた。遠くに見える港には船がたくさんあって、ガイドブックで見た通りの灯台が傍に佇んでいる。釣りを楽しんでいる釣り人がいたり、水ポケモンを海で泳がせている人がいたりと賑わっていた。
大通りにはお店もたくさんあって、その中の一軒から漂う海鮮料理の匂いに釣られてモココが走り出す。それを追うのは勿論モココのトレーナーのルエノだ。相変わらず人が多いところは苦手なのか、町に入った途端俺の手を握ってきたルーはちゃんと傍にいて、自分の頭の少し上を漂うゴースを見て何やら相槌をうっていた。
「いい風だなぁ。何か食べたら海のほうも見に行こうぜ!」
「ブー…」
風に揺れる前髪を少しかき分けて遠くを見れば、隣のブーバーが少し不機嫌そうに鳴いた。どうやら潮風は苦手らしい、まぁ炎タイプだし仕方ないんだろうな。いつもならモココと同じように前を歩くはずのブーバーは、俺を盾にするように潮風を避けていた。
「リオ、ルー!ここでいいわよね?」
モココを追っていたルエノが一軒の店の中から顔を出して手を振った。ルーに目配せしてから早歩きでそっちに行けばルエノが軽くドアを抑えてくれていて、中に入ってみると奥の席でしっかり椅子に座ったモココの姿があった。
「あの子ったら…でも、まぁモココが選んだ店ならハズレじゃないと思うわよ」
困ったように笑ったルエノもどこか機嫌が良さそうだ。
席についてメニューを見れば、あまり食べない料理の名前ばかり書いてあって思わず首を傾げてしまう。
「ブーバー達はポケモン用のオススメ海鮮メニューでいいよな?」
「ブバッ」
「よくわからないなら私適当に頼んじゃうけど」
椅子に座って足を組んだルエノは、メニューは見ないで店の内装を眺めているようだ。港町らしく旗やら貝殻で飾り付けられた店の中はお洒落で、なんだか落ち着かない。
「じゃあ頼むぜ」
「なんでも、食べるよ…!」
待ちきれないといった様子のモココと同じように机にちょんと手をのせて座っているルーは食べる気満々のようだ。ゴースは潮風に当たって少しげっそりしているブーバーをからかっているのか、ブーバーの周りをふわふわ漂っている。
「じゃあ頼んじゃうわね。すいませーん!」
ルエノが店員を呼んで注文を取ってもらう。俺はブーバーの肩を軽く叩いて笑った。
「そのうち慣れるって、後でたくさん歩き回るんだし」
「ブー」
「早く、慣れるといいね…」
ゴースに手招きしていつものように腕に抱いたルーが、どこかブーバーを心配そうに見て呟いた。ルーに心配されて焦ったのか、ブーバーは親指をぐっと突き出すと何故かキリッとした顔つきになる。心配かけないようにしてるんだろうか。
「はは、仲良しですね」
店員のお兄さんがそんな俺たちを見て、注文を取り終えたメモを束から破りながら爽やかに笑った。そして指を鳴らすと、店内の棒にとまっていたホーホーがお兄さんの傍にきてメモを口にくわえ、厨房のほうに飛んでいく。思わずそれに拍手を送ると、お兄さんは照れたように頭を掻いた。
「あのポケモンはお兄さんの?」
「そうですよ、僕のパートナーです。ある人のおかげで前よりずっと仲良くなれました、君たちも会ってみるといいんじゃないかな?」
「ある人?」
ルエノがどこか胡散臭そうな顔つきでお兄さんを見上げると、お兄さんはきらきらした目でポケモンたちを見た。
「そうです、ポケモンの声が聞ける女の子ですよ」
「なっ…」
お兄さんの口から聞こえた言葉に、俺は驚いて目を見開いて呆然とした。驚いたのは俺だけじゃなくて、ルエノは思わず立ち上がってしまっているし、ルーはゴースを抱いた腕に力を入れて俯いてしまった。
そんな俺たちの様子にお兄さんも驚いてしまって。
「も、もしかしてもう会いました?」
「い、いや…ほ、本当にそんな人いるのかなって、思って」
どう誤魔化せばいいのかわからず咄嗟にそう言った俺。すると立ち上がったままのルエノが睨むようにお兄さんを見たまま続けた。
「今はどこにいるの?その子」
「あぁ、今は灯台にいるはずです。アカリちゃん…灯台の明かりを灯してるポケモンに会いに行くって」
このお兄さんの言うポケモンの声が聞ける女の子は、ルーのことではないらしい。当たり前だ、お兄さんはつい最近会ったみたいだし、ルーは俺たちと旅をしていたんだから。
でも、それが本当だとしたら。
そそくさと厨房のほうに下がってしまったお兄さん。がたっと音を立てて座りなおしたルエノはふぅ、と一息つくと頬杖をついた。
「会いに行くの?」
「うーん…ルー次第、かな」
俯いたまま黙ったままのルーを見る。本当にルーと同じ力を持つ子がいるんだとして会えるんだったら、ルーのことが少しでもわかるかもしれない。けれど、別にルーは自分のことを忘れていたりしているわけじゃないんだ。隠している、それが当てはまる言葉だろう。
何故あの屋敷に住んでいたのか、家族はどうしているのか、俺たちと出会う前は何をしていたのか、何も語ろうとはしない。俺も深く聞こうとはしてこなかった、でも…。父さんに狙われていて、それでも俺たちと来ることを選んだ今なら、聞いてもいいんじゃないだろうか。
そう考えているとルーがぽつりと零した。
「…会いに、行く」
「そう、わかったわ」
意外そうでもなんでもなく頷いたルエノ。ルエノがどう考えているのか知りたくて、俺は机に身を乗り出すように前かがみになる。
「なぁ、ルエノ。ルーは…」
「好きにさせてあげましょうよ」
俺の考えは見抜いているのか、ルエノはルーに隠すでもなくはっきり言った。
「みんなアンタみたいに真っ直ぐなだけじゃないのよ。女の子なら尚更ね。いつか話してくれるときが来るわよ」
私がそう決意したように、そう言ったルエノの瞳は真っ直ぐに俺を見ていて。ルエノだって十分真っ直ぐに生きてるじゃないか、とそう思って笑った。
「そう、だな。わかった」
「じゃあ食べ終わったら灯台ね。あそこって確かトレーナーの修行場にもなってるはずだし、いい腕試しになるわね、モココ!」
「モコー…」
ルエノが張り切ってモココを見れば、モココは料理が待ちきれないのかぐったりと机に項垂れていた。
「…」
「ゴー…」
机の上で握られた小さな手が少し震えているのが見えて、そっと視線を逸らす。
自分がどれだけ平和で、幸せに暮らしてたのか思い知った気がする。俺の周りの人たちはみんな、何か抱えてるんだ。ルーも、ルエノも…父さんも。






お腹がいっぱいになった俺たちは早速灯台を目指す。石畳を踏みしめ潮風が吹く方向に歩みを進めれば、目の前に白い壁の大きな塔が現れた。その存在感は確かに海の上で迷っても頼りになりそうなぐらい大きくて、気付いたら俺は見上げたまま大きく口を開けていた。
「すごいな…!」
「ブバー…!」
俺の隣ではブーバーも同じように灯台を見上げていた。
「…」
町に来た時よりも元気をなくしてしまったルーを見て、見上げたままのブーバーをそのままにルーに駆け寄る。するとどうしたの?と言うように俺を見上げて首を傾げられた。
「大丈夫だ、ルー」
「え…?」
「何かあっても守るし、何か聞いても今まで通りだ!」
安心してほしくて、ルーの両手をそっと握って目線を合わせるように微笑んだ。するとハッと驚いたような雰囲気を出したルーは俺の顔を見ていたけど、ふと俺と繋いでいる手を見下ろした。
「…うん」
そして小さく頷いて、手をそっと握り返してくれた。それが嬉しくて片手を離して頭を撫でてやる。
「そこ二人、早く行くわよ!アカリって名前のポケモンがいるのてっぺんみたいだし」
灯台の入口のほうからルエノが俺たちを呼んだ。隣ではモココが早く行こうとブーバーの手を掴んで中に入ろうとしているのが見える。
「よし、行こうぜルー!」
しっかり手を繋ぎなおしてルーを見れば、今度はしっかり頷いてくれた。
ルエノたちのところに行けば開かれた灯台の入口があって、中は窓から入る光で照らされていた。中に入ってみれば案外広くて、トレーナーたちがお互いの腕を競い合ってる姿が見れたり、窓から外を見ればどこまでも続く水平線が眺められた。
「取り敢えずトレーナーと戦うのは後ね、いつまでその女の子がここにいるかわからないし」
「そうだな。早く頂上を目指そう!」
「ていうかここ、埃っぽいわね…」
窓から入る光にきらきらと空気中に舞う埃が見える。それをルエノが手で払うようにしながら歩いていると、モココも真似して手をぶんぶんと振りだした。
「修行場なら仕方ないだろ、新しい建物でもないんだしさ」
あちこちに見えるヒビやら砂埃の塊でこの建物が長い間ここに佇んでいるのが伺えた。相変わらず俺たちの前を歩くブーバーは気にしていないようにどんどん歩みを進める。
「ルー、階段が続くから気をつけてな」
「うん…」
細長い建物だけあって階段が凄く多い。バトルの腕だけじゃなくて体も鍛えられそうな場所だ。そっちが目的であろう格闘家のトレーナーの姿も見える。
一つ目の長い階段を上り終えると、広めの空間に出た。吹き抜けになっていて、向こう側にはまた上りの階段がある。隅の方ではトレーナーたちがバトルを繰り広げていた。それと…。
「あれ?」
「…げ」
「あ…」
どこか見知った姿を見かけて俺は首を傾げる。ルエノはどこか嫌そうな声を出して、ルーも気付いたのかそっちを見て声を出した。
あんまり見かけない金髪に、ここの埃がついたら文句でも言われそうな綺麗な服、足元には真っ赤な甲殻を持ったポケモンがいて、もうあいつしかいないだろうと俺は手を振った。
「アグアー!」
「…!」
驚いたようにこっちに振り向いた顔はやっぱりアグアで、その隣にはいつもはない面影が見えて首を傾げた。
「…女の子?」
まだ5、6歳くらいであろう小さい女の子と手を繋いでいた。暗い茶色の髪を耳元で二つに結っている女の子は、泣いているのかしきりに目元を手の甲で拭っている。
「ゆ…誘拐…!?」
「え…!」
それを見たルエノが口元に手を当ててオーバーに物騒な言葉を呟くと、それにつられてかルーまで驚いて俺の後ろに隠れた。大きなため息をついたアグアは女の子を連れたままこっちに来て、信じられないという顔をしたルエノを睨むように見た。
「阿保か、そんなわけないだろう」
「ち、がうの…?」
すっかりルエノのとんだ一言を信じてしまっているルーは恐る恐るといった感じでアグアを見た。それを見たアグアはまた一つため息をついて前髪を掻きあげる。
「母親とはぐれたらしい」
「へぇ、意外ね、一緒に探してあげてるんだ?」
「アグアは優しいからな!」
俺とルーだって何度も助けられたんだ、困ってる女の子をそのまま放っておくような奴じゃないと思ってたぜ。そう思って笑顔でアグアを見れば、何故か視線を逸らされた。なんでだ?
「俺たちも一緒に探すぜ!いいよな、ルー」
「う、ん…」
「お名前は?お母さんはどんな人?」
ルエノがしゃがんでアグアと手を繋いだままの女の子に話しかければ、ずいっと近寄ったルエノに怯えたのかアグアの後ろに隠れてしまった。まるで出会った当初のルーみたいだ。
「怯えさせてどうする」
「そ、そんなつもりないわよっ」
慌てて弁解しようとするルエノを尻目に、アグアもそっと床に膝をついて女の子と同じ目線になると、優しい声色で女の子に話しかける。
「大丈夫、怖くないよ。君のお母さんを一緒に探してくれるそうだ。聞かれたこと、答えられるかな?」
俺とルーには背中を向けているからどんな表情をしているかわからないけど、怖がる女の子を安心させたいのがよくわかる声で。隣にしゃがんでいたルエノがアグアのほうを見てビックリしているのを見ると普段みないような表情をしているんだろうか。
アグアの手をぎゅっと握り返した女の子は小さく頷くと、ルエノをほうをやっと見て小さい口を開けた。
「リカ…お母さ、ん…青の、大きな鞄…」
「リカちゃんね、ちゃんとお母さん見つけてあげるからね!」
ルエノの元気溢れる笑顔に安心したのか、アグアの後ろから顔を出して首を縦に振ったリカ。ルエノは立ち上がると周りをキョロキョロと見た。
「ここにはそれらしき人、いないものね」
「俺たちがここまで来る途中にも見なかったよな…」
ここまで来る道中を思い返してみるけど、青い大きな鞄を持ったお母さんらしき人は見かけなかった。つまりはここより上の階だろうか、と階段のほうを見る。
「歩けるか?」
「うん…歩ける」
手を握ったままのリカにアグアが優しく問いかける。なんだか兄妹みたいだなぁと思わず微笑ましくなる。ふとポケモンたちを見ると、再会を喜んでいるのかブーバーがヘイガニのハサミに手を乗せつつ話しているようだ。そこにモココが来ると慌ててブーバーの後ろに隠れるヘイガニに、モココはどこか納得いかないように腰に手を当てた。そんなモココを抑えるように頭にゴースが乗ったりと楽しそうだ。
「行くぞ」
歩き出したアグアとリカについていくように俺たちも歩き出す。この階はもう歩き回ったのか、階段のほうに向かうようだ。
「なぁ、アグアはなんでここに来たんだ?腕試しか?」
「違う」
「じゃあまた絵描きか?どんなの描いたんだっ?」
「お前には関係ないだろう」
相変わらず素っ気ないアグアに思わず俺はむっとしてしまう。もっと色んなことを話して仲良くなりたいっていうのに、アグアの奴はそうじゃないみたいだ。
「ねぇ、その子が例の女の子じゃないわよね?」
ふとルエノがそう言えば、俺たちがここに来た目的を思い出す。
「例の女の子?」
「俺たち、ここにポケモンの声が聞ける女の子がいるって聞いて来たんだ」
前を向いたままだったアグアが俺の言葉に軽くこっちを向くと、また前を向いた。ルーのことを知っているアグアも何か心に引っかかったみたいだ。
「…リカ、知ってるよ」
階段をゆっくり上りながらリカが呟いた。
「この前、喧嘩してた男の人と、その人のポケモン、仲直りさせてたよ」
どうやらその女の子がポケモンの声を聞く場面を見ていたらしい。たどたどしくも俺たちに聞こえるように言ってくれた。
「じゃあリカじゃないんだな、その声の聞こえる子」
「うん…でも、リカも聞けたらいいなぁって、思うよ」
ポケモンとお話してみたい、と無邪気な笑顔を見せたリカに、俺の隣にいたルーがどこか複雑そうに俯いたのが見えた。父さんがルーを連れて行こうとする理由がその力のせいなら、素直には喜べないだろうな。
「もし聞けたら、どうする?」
ルエノがそう聞いてみればリカは少し唸って考えると、元気に階段を上っているブーバーとモココに目を向けた。
「もっと仲良くなりたい!ポケモンのみんなとも、周りの人たちともお話して、みんな仲良しの世界にしたいな」
「…うん…そうだね」
きらきらした目で夢を語るリカにそっと頷いたルーは、まるでその言葉をかみしめているみたいで。ルーも自分の力をそういう風に使いたいんだろうか、と微笑んで頭を撫でてやると、嬉しそうにルーが俺を見た。
階段を上り切ればまた広いフロアに出た。少し息が上がっているリカを見てアグアが鞄から水を取り出し、そっと差し出している。
「アグアって年下の子の扱いうまいなぁ」
笑いながらそう言うといつもなら素っ気ない返事が返ってくるだろうに、水を飲んでいるリカをどこか遠い目で見たアグアはそっと言葉をこぼした。
「…妹がいる」
「へぇ、だからか」
「ブーバッ」
突然ブーバーに服を引っ張られて何事かとそっちを見れば、フロアの隅のほうに座っている女の人がいて足首を押さえていた。挫いてしまったんだろうか、痛そうに顔を歪めていた。
「俺、ちょっと行ってくる!」
困っている人を見かけたらてだすけ!駆けだした俺を見てルエノがため息をついたのがわかった。
「ホントお人好しなんだから…アンタは行かないの?女の人よ困ってるの」
そうアグアを見ればリカが飲み終えた水を鞄にしまっていて、俺が駆けて行ったほうを見たが興味がなさそうに一息ついた。
「…アイツが行っただろう、僕まで行く必要はない」
「ふーん」
疲れているリカを近くのベンチに座らせたアグアはヘイガニの背中についた大きめの埃を払ってやっていた。
「ルーも少し休んだら?疲れたでしょ」
「うん…そうする」
隣に座ったルーをリカが見上げると、自分より小さい子とこの距離になるのが初めてのルーは戸惑ったように視線を泳がせていた。
「大丈夫ですかっ?」
俺はというと座ったままの女の人に声をかける。白衣のような上着に大胆に胸元があいている服で、目のやり場に少し困ってきょろきょろしてしまう。年齢はロジーほど大人ではないけど、俺たちよりは大人に近いぐらいだろうか。
「大丈夫デス」
顔を上げて俺とブーバーを見たその人は、押さえていた足から手を放して立ち上がった。ふわりと長い髪が揺れてかつん、とヒールの音がフロアに響く。
…あれ?ちゃんと立ってる?
「思っていた以上にお人好しみたいデスね」
「ブーバッ!」
女の人がすっと手を上げると、どこから現れたのかたくさんのデルビルが俺とブーバーを囲むように飛び出してきた。すぐに臨戦態勢に入ったブーバーと背中を合わせて辺りを見渡す。こっちの様子に気付いたルエノがモココを引き連れて駆け寄ってくるのが見えた。
「モココ、でんきショック!!」
「モコーッ!」
俺たちを囲むデルビルの一角にでんきショックを放ったモココ。でもそれはデルビルに届く前に、女の人が投げたボールから飛び出してきた一匹のポケモンで遮られた。
「ギャロップ…!?」
炎のたてがみを揺らして現れたのはひのうまポケモンのギャロップだった。モココの行く手を遮るように立ちふさがり、威嚇するように鼻を鳴らしてモココを睨みつけている。
「要件は一つデス。紫の髪の女の子を渡すのデス」
不敵な笑みを浮かべたまま女の人ははっきり言った。この状況に女の人の言葉から察するに、この人は確実に父さんの仲間だ。
「嫌だ、って言ったら?」
「この状況で断るのデスか?」
やれやれ、といった感じで肩をすくめる。
「あなた方だけならどうにかなるかもデスけど、今は小さいお荷物もあるデス」
そう言えば遠くのベンチに座ったままの知り合ったばかりの女の子、リカを指差す。リカの前にはルーが立っていて、ゴースが更にルーを守るように睨みを利かせていた。
だけどアグアは立ったまま、窓から外を見ているだけで。
「父さんには絶対ルーは渡さない!父さんは今どこにいるんだ!?」
「あなたが息子さんのリオデスか。出来ればあなたも連れてこいと言われてますけど…」
この状況になっても弱腰にならない俺とルエノを交互に見ると、わざとらしくため息をついた。かと思えば、また口元はにっこりと弧を描いて。
「少しくらい怯えさせたほうが、連れて行きやすそうデス」
そう言ってヒールを一つ大きく床に打ち付けた。響いた音を合図にしてか、デルビルたちが一斉に襲い掛かってくる。
「ブーバー!ほのおのうず!!」
背中に感じていた温もりに対して指示をすると、俺を抱えるように腰に腕を回して俺を持ち上げたブーバーは周りに炎を思い切り吐き出した。その炎は飛び掛かってきたデルビルたちを飲み込んで渦となったが、逃れた何匹かが炎の中からこっちに目掛けて牙を向ける。
「カビゴン!リオたちに加勢して!」
先程の合図で動き出したギャロップと戦いを繰り広げていたモココに指示を出していたルエノが、隙をついてカビゴンのボールを投げていた。俺たちの前に赤い光を纏って現れたカビゴンは、飛び掛かるデルビルを受け止めて床に叩きつけていく。
俺を抱えたままのブーバーはデルビルたちを避けるよう飛び上がり、ルエノの隣に着地して俺を下ろしてくれた。
「ありがとなブーバー」
「ブバ!」
拳を合わせて視線を合わせると頷き返してくれたブーバー。
「よっしゃ、カビゴンと力を合わせてデルビルをなんとかしてくれ!」
「ブー!」
そしてやる気に満ち溢れたように口から炎を吹き出し、またカビゴンが戦っている場所に駆け出した。すると入れ替わるように後ろにいたルーが近くまで駆け寄ってきて、一緒にいたゴースも天井近くまで飛び上がりデルビルたちに向けて技を放ち始めた。
「守られてる、だけは…嫌だよ…!」
「ルー…わかった、ゴースも当てにするぜ!」
次々と倒れているデルビルたちを見て、女の人は首を傾げていた。
「思っていたよりお人好しで、実力はあるデスね…?」
「アンタは誰なんだ!」
ギャロップのとっしんをかわしたモココがでんきショックを浴びせた。ゴースのさいみんじゅつにかかったデルビルたちはブーバーとカビゴンによって次々と地面に倒れて行く。
「私はラノデス、あなたたちもあの方に協力するべきデス!」
「父さんは一体何をしようってんだ!」
「さぁ…何をするのデスかね」
「アンタ、なに言ってるのよ!」
デルビルたちがみんな倒れて、ラノという女の人とギャロップだけが俺たちの前に立っていた。モココとの戦いで少し傷を負っているギャロップを見ても、ラノは余裕の表情を崩すことはなかった。
「けれどあの方の夢は私の夢へと繋がっているのデス。邪魔をするということは…」
ギャロップが動いた、と思った時にはもうそこにはいなくて。今まで見たことのないスピードで動いたギャロップは俺たちの背後に駆け出していて、目掛けているのはそう、アグアとリカがいる方だ!
「ブーバー!」
「モココ!カビゴン!」
俺とルエノが声をかけるまでもなく動いていたパートナーたちだったけど、ギャロップの速さには追いつけなくて。
「こういうことになりかねないのデスよ」
遠くの二人の姿が見えないくらい大きな炎の塊を生み出したギャロップは、それを勢いよく放った。
するとその炎の塊が何かにぶつかり、ぶつかった衝撃で生まれた風でこっちにまで煙のような水蒸気が吹き荒れた。
「…お前」
徐々に晴れる水蒸気の中に立っていたのは、さっきまで窓から外を見ていたはずのアグアと相棒のヘイガニで。その後ろでは怯えたように小さな手で頭を抱えてベンチの上で震えるリカの姿が見えた。どうやらヘイガニが全力の水技を繰り出してさっきの炎を相殺したらしい。
「お前、僕たちは関係ないだろう」
そしてそれを指示したであろうアグアは、いつもと変わらない真顔の中にどこか怒りを含ませていた。俺たちを通り抜けて真っ直ぐにラノを見ている。一部始終を腕を組んだまま見ていたラノは面白そうに笑った。
「関係ない?関係ないわけないデス!私たちの夢は全ての人間、ポケモンを巻き込んで更に膨らんでいくデスよ!」
「…そうか、なら、仕方ないな」
アグアがヘイガニを見下ろすと、ヘイガニもアグアを見上げて頷いた。すると大量に炎を吐き出して疲れたのか少しよろけたギャロップに向かったヘイガニがとっしんしていき、両手のハサミから勢いよく技を放つ。
「バブルこうせん!」
もろにそれを受けたギャロップは吹き飛ばされ、ラノの近くに倒れた。それを見てボールを取り出してギャロップを戻したラノは、俺たちのほうに向き直りまた肩をすくめた。
アグアが俺の隣に並んだからだ。
「ならば、僕はこっち側の人間だ」
「アグア…!そうだぜ、何する気か知らないけど、こんな風に人をさらおうとしたり襲ってくる奴らのすることがいいことだなんて思えねぇ!」
またラノがボールを取り出そうとした時だった、上の階から人の足音がたくさんと、誰かがリカの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。ラノにもそれが聞こえたのか、ふぅと一つ息を吐いてさっき握ったのとは違うボールを取り出して、近くの大きめの窓に近寄る。
「大丈夫デス、今度来るときはそちらの覚悟なんていらないようすぐ終わらせてあげますデス」
そう言って不敵な笑みを残せば窓から飛び降りてしまった。慌ててその窓に駆け寄って外を見てみれば、鳥ポケモンに乗ったラノが遠くの空にいるのが見えた。
「あ、アンタね、早く加勢しなさいよね!」
「僕には関係ない戦いだった」
「だからって…薄情者!」
アグアが服についた埃をぱたぱたと叩き落として上に続く階段のほうを見れば、青い大きな鞄を持った女の人と警備員が数人降りてきた。
「リカっ!」
「ママー!」
その女の人を見るとリカはベンチから飛び降りてその人に駆け寄って抱き付いた。どうやらお母さんみたいで、警備員と一緒にいるところを見ると上のほうで探していたんだろう。
アグアがベンチに置いていた自分の荷物を持ってリカのほうに行くと、リカはアグアの服を掴みお母さんに紹介し始めた。
「うちの子がお世話になりました」
「いえ…大したことはしてません」
そう言ったアグアは鞄から一枚の紙を取り出すと、しゃがんでリカと視線を合わせその紙をリカに渡した。
「怖がらせてすまない、お詫びだ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
アグアからもらった紙を嬉しそうに腕に抱いてリカは微笑んだ。
去っていくリカとその母親を見送って、やっと俺たちは一息ついた。戦いで疲れ気味のポケモンたちにきのみを渡しながら、ラノが去った空を見る。
本格的に父さんがルーを連れて行こうとしだしたんだ。ラノは今度また来る、とも宣言していた。
前に会った父さんは、夢がもうすぐ叶うと言っていた。そしてラノも、夢の為に父さんに協力しているみたいだった。全ての人間とポケモンを巻き込むなんて、大層で物騒なことも語っていた。
「何が、したいんだよ…」
謎ばかりが深まって、俺の心を埋め尽くしていく。何かがある度に、俺の中の父さんの面影と今の父さんの後姿がどんどんかけ離れていってしまって。
「リオ…」
空を見たままだった俺の隣に来たルーが心配そうに俺を見上げていた。狙われているのは自分なのに俺の心配をしてくれるルーの優しさが嬉しいのと同時に、なんだか辛かった。
「大丈夫、守るからさ」
もっと強くならないと。心も、バトルの腕も。そうじゃなきゃ辿りつけない気がするんだ。
ルーの頭をそっと撫でてそう心に誓えばまた空を見上げる。この青く続く空の下にいるであろう、父さんの面影を思い浮かべながら。





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