思えばまともに人を好きになったことがない。かっこいい、だとか、素敵、だとか思うことは多々あるが、ただそれだけ。深入りしたことはない。周りからもよく言われたが、私はどうやら惚れにくい体質のようだった。だからこそ分かる。感じたことのない気持ち。好きだという気持ち。
そんな私が、まさか出会って間もない、私よりだいぶ年上で、しかも犯罪者を好きになるなんて。
あまりにも冷静に自分を客観視している自分が不思議だ。



「……はぁ」

意味もなく息を吐き出した。
真っ直ぐ伸びた髪を右手で弄りながら、左手首に付けてある腕時計を見る。13時前。
今日は久しぶりに友人とショッピングに出かける予定だ。いつも後ろで纏めてある髪は下ろしてあるし、いつもノーメイク同然の顔は明るい。パンプスを履くのも久しぶりな気がする。ちょっと、楽しい。
待ち合わせは1時だから、もう来るだろうと私は周囲を見渡した。

「……あ、」

平日の昼せいか人通りの少ない通りに、黒い人。
――……あの人だ。

そう思った瞬間、私は駆け出していた。
その頃ちょうど私の姿を認めた友人が、びっくりして私を呼ぶ。

「ごめん!ちょっと待ってて!」

私は振り向いて友人に詫びると、またすぐ走り出した。
彼は店がある方へ歩いていた気がする。もしかしたら、店に行くのかもしれない。
そう思いながら走っていると、大きな背中が見えた。

「っ、…サー、さん!」

彼の名前を呼ぶのは初めてで、なんて呼べばいいのか戸惑いつつ、一番無難な呼び方を選択した。

「…お前」

振り向いた彼が、驚いたように目を見開く。

「はぁ、っ、こんにちは…」
「追いかけてきたのか」
「はい、つい……、っ!」

ハッと我にかえって、軽く口を手で抑えた。馬鹿だ。追いかけたのを認めるなんて。彼と私はただの客と店員なのに。

「今日は、休みか」
「え?あ、はい」

彼は視線を私の身体に向け、上から下まで見た。ああ、今日はいつもと違う格好だからか。

「良い格好してんじゃねェか」
「あ、今日は友達と買い物に行くんで…」
「あァ?じゃあなんで俺を追いかけてきた」
「え…」

そう問われて言葉が詰まった。そうだ、私、なんで追いかけてきたんだろう。大して用事があるわけでもないのに、呼び止めたのは何でだろう。
――好きだから?
そんなの言えるわけない。

「……なんとなく、です」
「なんとなく?」
「私にも分かりません」
「…はっ、そうか」

彼はニヤと口を歪めたかと思えば、突然私の手を引いて歩き出した。

「ちょ…っ!」

そしてそのまま細い路地に入る。そこは薄暗くひんやりとしていた。何が起こっているのか分からない私を、彼は壁に押し付けた。

「なに…!?」

左手を捕らわれる。一見暴力的に見えるだろうが、私の手首を握るその手はとても優しく感じた。

「…名前、」
「……っ、ん、」

名前を呼ばれて、躊躇いもなく彼の唇が私の唇に合わさった。
――何を、されてる?
それが分かったのは、彼の唇が離れてからだった。

「あんまり、期待させるようなことはするな」
「……!!!」

ボッと顔が熱くなるのが分かった。キス、された。がっちがちに固まってしまった私の身体。

「……じゃあな」

クハハと笑いながら、彼はそんな私の頭をゆるりと撫でて、去っていった。

すっかり力が抜けてしまった私はずるずるとそこに座り込んだ。キス、された。キス。
恐る恐る自らの唇に触れる。ここに、彼の唇が。

「期待させてるのは、そっち…」

ドクドクと落ち着くことを知らない心臓の音を感じながら、私は、力無く呟いた。




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