「よォ。久しぶりだな」
「…いらっしゃいませ、」

彼はこの間と同じ場所に座った。彼が座ったとき、ふわ、と香るこの間と同じ匂いにまたドキッとした。

「…何になさりますか?」
「酒を」

――こんな昼間から?
そんな言葉が出そうになってすぐに飲み込んだ。楯突くようなことをしたら何をされるか分からない。

「わかりま、」
「言いたいことがあるなら言え。」
「……、」

まただ。私はそんなに顔に出やすいだろうか。
彼は私を見ないまま、続けた。

「俺が誰だか、分かったようだな」
「…はい」

彼は加えていた葉巻を口から離して、紫煙を吐く。そして、私をチラリと見た。

「怯えんな。別に取って食いやしねェよ」
「…」
「この街をどうこうする予定もねェ」
「そうですか…」

その言葉ひとつで、心のどこかで安心しきった自分がいた。
悪い人、なのかもしれない。いや、悪い人なんだろう。彼はあのインペルダウンを脱獄した犯罪者だ。でも、私にはもう恐怖は無かった。

「分かったらその顔はやめろ。そういうのは好きじゃねェ」
「はい、」

少しずつ分かっていく彼のこと。
彼はハッキリとしたのを好む。うじうじしたり、嘘を吐いたりするのは好ましくない。
ということ。

「…此処に住み込みで働いてんのか?」
「え、いや、近くに部屋を借りてます」
「普段は何をしてる」

チラリ。
彼は爬虫類のような鋭い目つきで私を見る。

「…航海士になるための、勉強を」

見透かされているような、有無を言わせないような。威圧的なはずの口調も、目つきも、今はなんだかドキドキした。

「…航海士?」
「はい、」
「ほォ…そりゃあ良い」

ふ、と彼が優しく微笑んだ気がした。

――海に出たいなんてやめときな、海賊が蔓延ってんのに危険だよ

そう言った故郷の人たちの声が頭の中で甦る。故郷で勉強をするのは無理だと思った。だから、此処へ来た。此処には、私の夢を受け入れてくれる人がいた。
この人も、私の夢を否定したりしない。

「…ありがとう、ございます」

なんだか彼の顔が見れない。顔が熱い。胸がざわめく。

ああ、私は多分、彼に恋をしたんだ。




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