心臓がうるさい。
それは好きな人に会うという緊張感も含まれていたが、大部分はあの紙をボロボロにしてしまったという罪悪感からのものだった。

「……」
「……」

まずいまずいまずい。
会話が無い上に、多分クロコダイルさんは機嫌が悪い。だらだらと冷や汗が流れるような気分で、私は彼の隣を歩く。
ちらりと横目で彼を見上げても、視線が交わることはない。いや、目が合ったら合ったで、私が狼狽えるのは目に見えているけれど。

「あ、あの、」
「なんだ」

ああああやっぱり!
いつもより一段と低い声にぶっきらぼうな返事。機嫌が悪いと見ていたのは当たっていたようだ。
ただ真っ直ぐ、夜の道を歩くクロコダイルさんに付い ていく私。でもその足は、私の家に向かってはいない。

「どこに行くんですか…?」

恐る恐るそう尋ねると、クロコダイルさんはとうとう私を一瞥した。鋭い金色の瞳に自分が映ることにはなかなか慣れなくて、私の心臓はドキッとする。

「…俺の部屋だ」
「は?」

クロコダイルさんの、部屋?
予想外の言葉に私は訳が分からないまま。クロコダイルさんが私を置いていきそうな勢いで歩くのに必死に付いていくと、目の前には島でもずば抜けて敷居の高い高級ホテル。私が無くした紙に、記してあった場所だ。

「え、え?」
「お前は知らないだろうが、ここのセキュリティは抜群だ。俺が宿泊するのに何も問題はねェ」
「はぁ……」

呆気に取られている間 に、クロコダイルさんは颯爽とエレベーターに乗り込む。反射的にエレベーターに飛び乗って、私は気付いた。

(……しまった!)

呆気に取られている間にクロコダイルさんの部屋の前。
時すでに遅しとはこのことだ。

「何してる。早く入れ」
「…っ、いや、あの」

今更戸惑う私を、クロコダイルさんは苛ついたような、呆れたような表情で見る。
仕方ないじゃないか。私は、こういうことに慣れていない。
恥ずかしくなって唇を噛み締めたとき、頭上からため息が聞こえた。
その瞬間、

「ひゃ…っ!」

強く腕を引かれて、ドアが閉まる。そこに背中を押し付けられた。

「さっさと入れって言ったのが分からねェのか?」
「!」

すぐ近く に、クロコダイルさん。低音で鼓膜に響く声は、少し怒気を含んでいて、私は色んな意味で体を強張らせた。
そんな私をよそに、クロコダイルさんは私の首筋をなぞる。

「それとも―――」
「…っクロ、」
「お嬢さんは無理矢理がお好みか?」

そして、その手を顎へかけて、私はクロコダイルさんと目を合わせずにはいられない。抵抗なんて、出来る訳がない。
ニヒルな笑みを浮かべた薄い唇が、私の唇を捕らえた。





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