優雅な彼からの贈り物



ふわふわした気分のまま、夜の十二宮を上っていた。
見上げれば濃い闇に覆われた空に、無数の星が煌めいている。
果てなく瞬きを続ける星達に目を奪われ、危うく躓いて転びそうになってしまい、私は気恥ずかしさを隠しつつ、慌てて階段を駆け上がった。
勿論、しっかりと足下を見下ろしながら。
今、こんな時間に、この階段を転がり落ちても、助けてくれる人は誰もいないのだ。


「おや、アレックス? こんな時間にどうしたんだい?」
「アフロディーテ様、こんばんは。」


私の住まう女官棟は、教皇宮の裏手にある。
宝瓶宮から戻るには、十二宮を通り、双魚宮を抜けていかなければならない。
こんなに遅い時間だもの、アフロディーテ様は奥に籠もっていて姿は見えないだろうと思っていたのに、プライベートルームから顔を出した彼と、思い掛けずに出くわして驚いた。


「今夜はカミュ様とディナーだったんです。」
「そうか。それで……。」
「っ?!」


途中で途切れた言葉に、私が顔を上げるのと、ほぼ同時。
ふわりと頬に触れたのはアフロディーテ様の優しい手。
女性と見紛う優美な容姿に反して、大きくて肉厚な手の感触に、心臓がドキンと大きな音を立てて鳴った。


「随分と顔が赤いと思ったんだ。ワインでも飲んだのかな?」
「え、あ、あの……、はい……。」
「宮付き女官への採用が決まったからといって、浮かれて飲み過ぎてはいけないよ。カミュの料理が美味しくて、お酒が進んでしまうのは、まぁ、分かるけれど。」


そう言って、クスリと微笑んだ、その表情に、また心臓がドクンと高鳴る。
先程まで見上げていた夜空の星々よりも、ずっと煌めいて見えるのは、彼の美しさが作り出す魔力かと思える程に。


「……以後、気を付けます。」
「キミは素直で良い子だね。」


頬に触れた同じ手で、今度は頭をポンポンと叩くように撫でられた。
まるで子供にするような仕草にも係わらず、また私の心臓はドクンと大きく反応した。
ただし今度は、胸の奥がこそばゆく感じられるようなドキドキ感。


アフロディーテ様は色々とズルい。
こんなにも端麗な容姿で、無防備に触れてきたり、微笑を零したり。
他の黄金聖闘士様達でも威力は凄まじいものがあるというのに、彼に至っては、その十倍はある。
なのに、アフロディーテ様自身は無自覚・無意識なのだから、まさに犯罪級だ。


「さてと、アレックス。酔い冷ましに紅茶でも飲んでいかないかい? キミに見せたいものもある事だしね。」
「見せたいもの?」
「そう。宮付き女官への採用のお祝いと、私の言葉を素直に聞いてくれた御褒美を兼ねて、ね。」


お祝いだなんて、そんな……。
そう言い掛けて、慌てて口を噤んだ。
彼は自分が思い付いた素敵なプランや演出、それを盛り込んでいるだろうディナーやランチ、ティータイムのお誘いなどを断られると、途端に不機嫌になる、そう知っているから。
いつも穏やかで落ち着いていると思われがちだけど、意外に気分や機嫌の上がり下がりが激しいのが、アフロディーテ様だったりするのだ。
私がそれを知ったのは、この宮で一週間に渡る研修があったからだけれども。


「ちょっとだけココで待っていて、アレックス。」
「……はい。」


指示されるまま、少しの間だけリビングで待機していた。
白を基調とした明るい部屋には、爽やかな青色の小物が良く映える。
だけど、実は大雑把なアフロディーテ様らしく、女官のいない今は、お世辞にも綺麗に片付いているとは言い難かった。
彼が宮付きの女官を望むのも、家事仕事が余り好きではないからだ。


「お待たせ。」
「あ、それ……。私が持ちます。」
「いや、良いよ。これは私が運ぶから。」


戻ってきたアフロディーテ様は、ティーポットと二組のカップを乗せたトレーを持っていた。
そのまま彼に続いてテラスへと向かう。
流石に、トレーを持ったままではテラスへ出る大窓を開けられず、代わりに私が開いたのだが……。


「う、わぁ……。凄い、綺麗……。」
「フフッ。そうだろう?」


テラスの向こう、地上に広がるのは、闇の中でも色鮮やかに咲き誇る美しい薔薇の花達。
そして、その直ぐ上に広がるのは、幾千もの星々を散りばめた夜空のキャンバス。
夜を彩る薔薇達と、煌めく星達の共演は、息を飲む、いや、呼吸を忘れる程の絶景だった。


「どう? 気に入ってくれたかな?」
「気に入るとか、気に入らないとか、そんなレベルでは……」


私がそれを決めて良いレベルではない。
それは誰しもが絶対的に心を奪われるものとして、そこに『在る』のだ。
夜風に吹かれて、色とりどりの花弁が舞い散る様は、幻想的という言葉以外に表現しようがない。
この時の私は目を奪われただけでなく、心をも奪われていた。


「知らなかったです。夜の薔薇園が、こんなに美しいだなんて。」
「そうだろうね。キミは研修が始まったばかりで、毎日、疲れ果てていたからね。」


一日が終わると、ベッドにダイブして深い眠りの淵へと落ちる。
ココでは、そんな一週間を過ごしていたのだ。
朝早くから薔薇の世話をしていたために、夜は睡魔に勝てなかった私。


「でも、お陰でこの景色をアレックスにプレゼントする事が出来た。」
「嬉しいです、アフロディーテ様。こんなにも素晴らしい『とっておき』をいただけて……。」


温かな紅茶を啜りながら見渡す、この世で最上級の薔薇の園。
溜息が漏れる程の美しい景色に触れて、心が幸せでいっぱいに満たされた気がした。



彼がくれたもの、それは
とっておきの景色



‐end‐





ディテさんは飴と鞭タイプだと信じています。
叱るところはシッカリと叱り、その後に目一杯甘やかす、とかねw
ただ甘やかされるだけじゃ一味足りない、そんな願望w

2014.09.23

→???


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