クールで天然な彼からの贈り物



一日の仕事を終え帰路に着く。
今日は自身の住まう女官棟ではなく、十二宮に向けて歩を進めた。
向かう先は宝瓶宮、カミュ様に誘われて、今夜はディナーの予定。
彼を待たせてはいけないと、十二宮の階段を足早に下る。


「カミュ様、すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、私も先程、戻ってきたところだ。」
「そうですか。良かった。」


私は荷物をソファーの上に置かせてもらうと、バッグから取り出したエプロンを身に着けながらキッチンに向かった。
カミュ様は既にそこに戻っていて、調理の準備に動き回っている。
調理台の上には人参と玉葱、それと缶詰のビート。
それから冷蔵庫の中を覗き込み、キャベツ、牛肉、トマトピューレと、次々と食材を取り出していく。


「今夜は何を作るのですか?」
「ボルシチにしようと思っているのだ。アレックスもきっと気に入るだろう。」
「ボルシチ……、暑そうですね。」
「そうか?」


寒い季節の食事というイメージが強いボルシチを、この時期に作って食べようだなんて、あまり思わないわよね?
でも、その事を不思議に思わない辺り、やはりカミュ様って天然なのかしら。
研修に来ていた一週間、度々、彼が天然ではないかと疑った事があったけれど、これは、もう確実よね。


「カミュ様、これは切ってしまっても良いですか?」
「あぁ、頼む。それが終わったら、サラダもアレックスにお願いしたい。構わないか?」
「はい、勿論。」


料理についてはド素人だった私に、最初にアレコレと基本的な事をレクチャーしてくれたのが、カミュ様だ。
宝瓶宮での研修の間、毎日、こうして共にキッチンに立ち、料理の基礎を教えてくれた。
それ以来、彼に呼ばれて食事を共にする時は、出来上がった料理をいただくのではなくて、調理の段階から共に行う事が暗黙の了解事項となっている。
つまり、カミュ様との食事は、イコール料理教室でもあるのだ。


「あ……、美味しい。」
「当然だ。氷河達も一番好きだった、私の得意料理だ。アレックスにも早く、この味を覚えてもらわなければな。」


味見と称して差し出された小皿から、ボルシチのスープを啜る私を目を細めて眺め、笑顔全開で微笑むカミュ様。
そ、それって、つまりは私の宝瓶宮配属が決定事項って事?
でも、私はまだ、どこの宮を選ぶか全く決まってはいない状態で……。


「そうなのか? だが、この宮以外にマトモな選択肢などないだろう? ミロとアイオリア、それにアイオロスのところは家事仕事だけでも膨大で、アレックスは必ず苦労するだろう。アフロディーテのところだと、家事仕事の他に庭仕事もしなければならない、体力的に相当にキツいだろう。シュラのところは比較的マシだろうが、彼の無駄な色気はアレックスにとって毒になる。デスマスクのところは言わずもがなだ。」
「確かに、デスマスク様のところには、端から行く気はありませんが……。」
「選択権が自分にあるのなら、普通は楽な職場を選ぶもの。ならば、アレックスは私の宮に来るべきだ、違うか?」


そう言われたところで、「はい、そうですね。」とは答えられないわよね、普通。
私は両頬を引き攣らせて、苦い笑いを返すしかない。
それで、ある程度は悟ったのか、カミュ様は「まぁ、良い。」と呟き、背を向けて食器棚を開いた。


「アレックス、サラダは出来ているか?」
「あ、はい。冷蔵庫の中で冷やしています。」
「そうか……、っ?!」


私が冷蔵庫の中から取り出したサラダを見て、何故か目を見開いたカミュ様。
な、何か使ってはいけない食材でも使っちゃった?
冷蔵庫の中とキッチンにあるものなら、何でも好きに調理して良いと言われていたから、好き勝手に使ってしまったけれど……。


「アレックス。これ、は?」
「トスカーナ風パンサラダです。蛸とオリーブがあったので、ギリシャ風サラダにしようか迷ったのですが、パンも沢山残っていたので、結局、こちらにしてみました。」


ドレッシングに漬け込んだ蛸とキュウリ、セロリ、レモン。
それをトマトピューレとニンニクで炒めた角切りパンに和えたアレンジサラダだ。
何だかんだ言っても、デスマスク様に叩き込まれた料理の知識と技術のお陰で、私の腕と応用力は、確実にレベルアップしている。
しっかりと実になったと思えば、あの苦痛の日々も悪い事ばかりではなかったのだわ。


「そうか……。これだけ料理の腕が上がったのなら、もうアレは必要ないな。」
「アレ? 何の事ですか?」
「アレックスのためにと思って、買ったのだ。」


カミュ様がリビングから持ってきたのは料理の本だった。
しかも、料理の基礎と基本が載っている初心者向けのもの。


「ありがとうございます。大事に使います。」
「だが、アレックスには無用の長物だろう?」
「いえ、基本は大事ですから。初心を忘れぬよう、度々見返そうと思います。」
「そう、か……。」


フッと息を零して笑うカミュ様が、何処か子供のように可愛くみえて。
思わずクスッと笑ってしまった私だった。


彼がくれたもの、それは
初心者向け料理本



‐end‐





どうしても我が師の天然イメージが抜けません(苦笑)
もっとスマートに凛々しい彼が書きたいのに、どうしてこうなるんだ?

2014.09.09



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