3.変わらないお兄ちゃん



遠ざかるアイオリアの背中を、それ以上、呼び止める事も出来ずに見ていた私は、彼の姿が見えなくなってもまだ、その場に立ち尽くしていた。
何もする気が起きない。
プライベートルームの中に戻れば、やらなければならない仕事は沢山あると分かってはいても、そこから動く気力がまるで湧かなかった。


気付けば近くの柱に寄り掛かり、そのままズルズルと座り込んで、そこから眼下に広がる長い十二宮の階段を、ボンヤリと眺めていた。
遠くには僅かに人馬宮の一部が見えているだけ。
後はただ、延々と何処までも下り続ける、そんな気分にさせる階段が続いていて。
その終わりのない景色は、まるでアイオリアと私のようだと思った。


いつまでも平行線。
いつまでも終わりに辿り着かない場所。
風が私の髪を揺らして、頬を擽る。
爽やかな朝の光が、石畳の階段に反射して眩しかった。


「……アレックス?」


不意に、背後から私を呼ぶ声。
ノロノロと気怠く振り返れば、そこにいたのはアイオロスだった。
どうやら彼は教皇宮から下りてきて、人馬宮へと戻る途中だったらしい。
それが、磨羯宮を抜けようとしたところに、私がグッタリと座っていたものだから、何事かと驚いたようだった。


「何してるんだ? こんな所にボンヤリ座って。」
「ロスにぃ……。」


振り返り見上げたアイオロスの顔は、十三年前のあの日とまるで変わらない。
全てを包み込んでくれる、そんな優しい瞳で私を見ている。
だが、アイオロスにまで、心配を掛ける訳にはいかない。
シュラにも、まだ話してないのだもの。
彼を巻き込むなんて、私には出来ない。
私は小さく首を左右に振ると、視線をアイオロスから正面に戻し、再び長い階段を見下ろした。


「……何でもないよ。」
「嘘が下手だな、アレックス。そういうトコロは、昔から何も変わっていない。」
「え……?」


ポフッと頭に大きな手の感触がした。
そうかと思えば、次の瞬間には、髪の毛がグチャグチャになるくらい勢い良く撫でられていた。


「ひゃっ?! な、何?! ロスにぃ?」
「心配事だろう、アレックス? 兄ちゃんに、可愛い妹の事が分からないとでも思ったのか?」


小さな子供の時と同じく、満面の笑顔で「ハハハッ!」と笑いながら、止めてと言っても手を止めない。
いつの間にか私の前に屈んでいたアイオロスは、何が楽しいのか、延々と私の髪の毛を滅茶苦茶に掻き回し続けた。


「どうだ、言う気になったか?」
「言う! 言うから止めてよ、ロスにぃ!」


観念した私に、アイオロスはやっと手を離す。
そのまま私の隣に座り、同じように彼も柱に凭れ掛かった。


「シュラと喧嘩でもしたのか?」
「違うわ。喧嘩なんてした事ないもの。」


私がそう言うと、アイオロスが目を見開いて驚いた顔を向ける。


「何? その顔?」
「いや、もう十数年もずっと一緒にいて、一度も喧嘩した事がないなんて、まさかと思ってな。」


そんなに不思議な事なのだろうか?
でも、アイオロスの表情から見るに、それはきっと珍しい事なのだろう。
シュラと私のように、長い年月を喧嘩一つせず仲良く暮らしていくというのは。





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