「ミロ様が私を聖域に留め置こうと一生懸命になってくださっているのは嬉しいです。でも……。でも、駄目なんです。父が亡くなった今、私は聖域に居ては駄目なんです。」
「……母親の事か?」
「っ?!」


どうしてそれを?
大きく見開かれたアレックスが、そう問い掛けていた。
女官として教皇宮に勤める以上、黄金聖闘士達に迷惑が掛かってはいけない。
そう配慮されて、秘密にされていた事実なのに。


「さっきカミュが来てさ。サガからの伝言を受け取ったんだ。アレックスの母親の事、全部、聞いた。」
「…………。」


先程、天蠍宮を訪れたカミュが伝えたのが、そのサガからの伝言だったのだ。
それまでミロは、アレックスの母親については何一つ知らなかった。


「聖闘士連中には知られないよう箝口令が出てたそうだな。だが、文官・神官達の間では有名な話だって聞いた。」
「……母は、スパイでした。」
「でも、望まぬ役割だったんだろ?」


アレックスの母は、聖域の内情を探るために女官として送り込まれた、何処かの組織のスパイだった。
勿論、それは彼女自身が進んで引き受けた役割ではなかった。
借金のカタに親に売られた組織で、ロクなスパイ教育も受けず、使い捨てのように送り込まれただけ。
そのために、直ぐにスパイである事がバレて、そして、当然、送り込んだ組織からの救済もなかった。
雑兵に捕らえられ、後は処刑を待つばかり。
そんな彼女を救ったのが、アレックスの父だった。


「こんな付け焼刃のスパイ行為、自ら望んで行った訳じゃないだろう。何らかの理由があって、無理矢理、聖域に送り込まれたんじゃないのか? そのような者を処刑するなど、女神の慈悲に反する行為だと、俺は思う。」
「し、しかしっ……。」
「彼女は俺が引き取る。彼女には一生、俺という監視が付くんだから問題ない。どうだ?」


とんでもない強引さで、アレックスの母を引き取った彼は、そのまま彼女を自分の妻とした。
将来を嘱望されている高位の神官による、前代未聞の背反行為。
しかし、これまでの彼の功績と、これからの一生を聖域のために全て捧げるという宣誓によって、その裏切りに近い行為を、有無を言わせずに認めさせたのだ。
誓い通り、彼はその後の人生の全てをもって聖域の更なる発展に尽力した事で、元スパイを妻に持った身でありながら神官長にまで出世したとも言える。


「でも、スパイはスパイです。父が神官長になろうとも、母がスパイであった事実に変わりはありません。」
「成る程、アレックスが、こうまでお堅く生真面目な性格になったのも頷ける。母親の事があったから、自分は真面目に生きなければと、思い込んできたんだな。」


自分は清廉潔白に、何一つ曇りなく生きていかなければならない。
それが、幼いアレックスが、この聖域で生きていくために纏った鎧であり、彼女自身の精神を守る手段であり、決意であったのだ。
ミロは目を細めて、アレックスの憂い顔を見つめた。


アレックスとあの丘で過ごした、幼い日の事を思い出す。
自分は座学が嫌でサボっていただけだったが、アレックスは先生から好きなように勉強して良いと言われていたから、そこで本を読んでいた、そう言っていた。
その言葉に嘘はなかったが、それが全てではなかったのだと、今なら分かる。
聖闘士候補生だったミロが知らなかった事実も、一般人の子供達の間には知れ渡っていたのだ。
学校の先生は、他の子供達から受ける誹謗中傷からアレックスを遠ざけるため、成績優秀を理由に自由な学習を許可していた。
それが、あの幼い日々の『真実』だった。





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