扉の向こう側に居た人物の顔を見て、ミロは激しく驚いた。
整った顔に無表情を貼り付けたアレックスではない、それは見慣れた男の顔。


「入って良いか、ミロ。」
「あ、あぁ……。」


僅かに身体を横に向けると、その隙間からスルリと部屋の中へと入っていく男の背中を眺めて、ミロは暫く呆然と立ち尽くしていた。
何故、このタイミングでココへ来たのか。
タイミングが悪いなんてものじゃない。
アレックスが来る前に、帰ってもらわなければ。
ミロは慌てて後を追い、既にソファーに座っていた男の横で立ち止まった。


「悪い、カミュ。多分、もう直ぐ人が来る予定なんだ。」
「分かっている。だからこそ、その前に来たのだ。」
「……え?」
「この話は、アレックスの口から伝えられる前に、お前の耳に入れておくべきだ。そうサガが判断した。だが、あの人は多忙だ。だから、私がその役目を引き受ける事になった。」


アレックスの名前が出て、ミロの身体がピクリと揺れた。
カミュの手が向かい側のソファーを指すのに従い、操られるように無言で腰を下ろした。
真っ直ぐに見つめるカミュの瞳は静かで冷たく、そこから何を考えているのか読み取る事は出来ない。
だが、それが非常に重大な用件であろう事は、彼から醸し出される雰囲気から分かった。
彼女が訪れるだろう時間までは短い。
前置きもなくカミュが話し始めると、ミロの喉がゴクリと鳴った。


***


アレックスが天蠍宮を訪れたのは、それから三十分後の事だった。
現れた彼女の表情は、ミロが予想していた怒りの表情でもなく、いつもと変わらぬ淡々とした調子でもなく、何処となく物悲しさを纏ったものだった。
こんな顔をしているアレックスは初めて見る。
ミロは開いた扉を手で押さえつつ、彼女の顔を見下ろしていた。


「中、入るか?」
「……はい。」


拒否されるかと思っていたから、彼女がすんなりと頷いた事に驚いた。
リビングに通し、ソファーに座るよう促す。
そこは少し前までカミュが居た場所だ。
部屋に入ったのならば、それはつまり長い話し合いになるという事。
少し待っていてと前置きして、ミロがコーヒーを淹れている間、アレックスは黙って座っていた。
そんな彼女の姿は、いつものように凛としていながら、教皇宮の女官としての厳格さがホンの少し薄れているようにも見えた。


「で、何の用件だ?」
「分かってらっしゃるでしょう?」
「異動の事か?」


ミロが女官達の仕事部屋を訪れた理由は、アレックスを天蠍宮の専属女官にするよう、直接、女官長に交渉するためだった。
とは言っても、それは正しくは『交渉』ではなく『通達』。
黄金聖闘士の命令は絶対であり、女官長であっても神官長であっても拒否出来ない。
ただ、それが行使される事は殆どなく、女官たった一人を異動させろなどという自分勝手な命令は、有り得ないと言っても良い。


「アレックスを天蠍宮の専属女官にしてしまえば、宮主である俺の許可なくして、余所への派遣は出来ない。という事で、俺がアスガルドへの派遣に首を縦に振らなければ、それで良い訳だ。」
「良くありません。私の事は諦めてくださいと言った筈です。」
「俺も、執着心が強いと言った筈だけど。」


顔を上げ、キッとミロを睨み付けるアレックス。
だが、その瞳の奥が揺れている。
その揺れの中にあるのは、迷いのようにも、悲しみのようにも見えた。





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