心を攫う赤



ひらり、窓の外を流れた赤い線。
慌てて駆け寄り、外を確認すると、フワフワと宙を漂う赤いリボンが見えた。
どうしてリボンが、こんなところで空を飛んでいるのだろう。
その先の行方を知りたくて、窓を開け、身を窓枠の外へと乗り出した、その瞬間。
ヒュッと眼前を横切ったのは……、黒い影?
だが、それが何なのかと考えを巡らせる前に、その答えは私の目の前に降り立っていた。


「……アレックス。」
「シュラ様。」
「お前のか?」
「あ、えっと、あの……、ち、違います……。」


窓の外と内、向かい合うシュラ様と私。
スッと伸びたシュラ様の手の中、目の前に差し出された赤いリボンを見て、私は慌てた。
風に舞うリボン、窓から上半身を乗り出して、その行方を見つめる私。
状況的に見て、私のリボンが風に飛ばされたのだろうと、シュラ様が判断したのも当然だった。
だから、それを否定するのが申し訳なくて、妙にドギマギとしてしまう。
何か言い訳の一つでもした方が良いのかしらと考えあぐねている間に、増していく気まずさ。
しかし、そんな空気を打ち破ったのも、その場に唐突に響いた声だった。


「……お〜い!」
「あれは……、アイオロスか?」


声がした方向から駆け寄ってきたのは、Tシャツにスウェットパンツという普段着姿のアイオロス様だった。
それはリボンが飛んできたのと同じ方向。
では、この赤いリボンはアイオロス様の物なの?
彼には全く似合わない、この真っ赤なリボンが。


「良かった、シュラがキャッチしてくれたのか。」
「このリボン……。まさか貴方の?」
「ミャオン!」


わっ、猫?!
いきなり会話の中に入り込んできたのは、猫の鳴き声。
アイオロス様は、その太い腕に小さな子猫を抱いていた。
真っ白で、フワフワで、可愛い子猫。


「ウチの子がさぁ。あ、人馬宮の女官の子な。コイツの首に鈴を着けたいって、用意したリボンなんだ。」
「それで、油断して手を離した隙に、風に飛ばされたのか。」
「そうそう、その通り。いやぁ、助かったよ。俺はこの子を抱いていたから、スピード出して追い駆けられなかったんでね。」


アイオロス様は挨拶代わりに手を高く上げ、颯爽と来た道を戻っていった。
まるで風のような人だ。
スッと現れて、フワッと消えてしまう。
何もかもが、あっという間。


「……アレックス、見たか?」
「え? 何をですか?」
「アイオロスと、真っ白な猫と、真っ赤なリボンだ。ヒドい組み合わせだったな……。フ、クククッ……。」


窓の外に身を乗り出したままの私の前で、シュラ様が突然、激しく笑い始めた。
大きな身体を二つに折り曲げ、口を手で覆い、堪えようとしているのに堪え切れず、指の隙間からヒーヒーと笑い声が漏れている。
驚いた……、シュラ様がこんな風に笑うなんて。
いつも冷静に鋭い目を光らせている彼が、こんなに大笑いする姿なんて想像も出来なかったけれど。
こうして楽しげに笑う事もあるのね。
もしかしたらシュラ様、笑い上戸なのかも。
たったあれだけの事で、こんなに大笑いしてる……。


「……アレックス。」
「は、はいっ。」
「誰にも言うなよ、この事は。」


目を細め、口元に軽く笑みを残したまま私を見遣る、悪戯な表情。
まるで二人だけの秘密だとでも言うように。
いや、『まるで』でも、『ように』でもなく、本当に『二人だけの秘密』なのだと言っている。
そう勘違いしてしまう程に、シュラ様の漆黒の瞳が、真っ直ぐに私の心を射抜いた。


身を乗り出したままの私の頭を、ポンポンと柔らかに叩く大きな手。
その手の確かな感触、温もり。
去っていく後ろ姿を眺めながら、私の心臓が先程の比ではないくらいにドキドキと高鳴っていた。
それが、私の恋の始まりだった。



たとえこれが勘違いだとしても



‐end‐





切ない話が多めなので、新たな恋の始まりの話にしてみました。
山羊さまは普段が無表情で強面なので、ふとした笑みが非常に魅力的で、破壊力満点だと思っておりますよ。

2019.03.29



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