静けさに響く心音



教皇宮には附属の大書庫がある。
そこは遥か昔から続く、この聖域の歴史の全てが詰まっている場所。
皆は圧迫感がある、息苦しい、暗いと、この書庫に長居する事を嫌がるけれど、私にとってはココが何処よりも居心地が良かった。
古いインクと紙の匂い、ゆったりと空気が流れるような静寂、仄暗い中に薄らと差し込む細い光。


脚立に上がり、書棚にファイルを戻しながら、私はチラと書庫の中へ目を走らせた。
視線の先には、一人の聖闘士様。
聖衣ではなく私服姿で、任務前に過去の資料を確認しているのだろう。
かなり長い時間、あれこれとファイルを取り出してはページを捲っている。


この書庫には窓といえる窓がない。
古い時代の紙の劣化を防ぐため、太陽光は非常に細い明り取りの窓から、僅かに入り込むだけになっている。
その他の灯りは光量を抑えた室内灯と、閲覧台のデスクライトだけ。
薄暗い書庫の中では、誰もが閲覧台のデスクライトを点けて、その下で資料を見るようにしているけれど、今、視線の先に居る彼だけは違っていた。


シュラ様は、いつも重いファイルを腕に抱えたまま、明り取りの窓の下で資料を眺めていた。
椅子もないので、半身を壁に預け、ずっと立ったままだ。
黒い髪の一部、左の肩、顔の半分にだけ太陽の光が当たり、彼の整った容姿を浮かび上がらせている。
その光景が、とても美しく、私はシュラ様が書庫に姿を現す度に、こうして仕事の手を止めては、その姿をコッソリと窺い見るのが楽しみになっていた。


書庫に居る他の誰にも気付かれないよう、いつも彼の姿を見るのは一瞬だけ。
直ぐに視線を戻すと、私は足元に気を付けて脚立を下り、自分の持ち場、管理カウンターの中へと戻った。
椅子に腰を落とし、管理表を開いてから、もう一度、シュラ様の方をチラと見遣る。
変わらぬ姿勢でページを捲る長い指が、何ともセクシーに感じた。
身体の一部を照らす光が神々しくすら思えて、思わず溜息を零しそうになるのを、グッと堪えた刹那。
僅かに持ち上がった瞼の下からの視線と、私の視線とがぶつかり、慌てて目を逸らした。


そう、他の誰にも知られていなくても、シュラ様本人には気付かれていた。
私が頻繁に彼の姿を盗み見ている事を。
ただ単に目が合った訳じゃない。
黄金聖闘士のシュラ様が、私如き女官の視線に気付かない筈がないのだ。
彼は見られている事を知っていて何も言わず、私は気付かれている事を知っていながら何度も彼を窺い見る。


「アレックス……。」
「は、はいっ? な、何でしょうか?」


静かな空間に低く落ち着いた声が響き、激しく動揺した。
心臓が一つ音を飛ばしてしまったかのように、変な鼓動が胸を打った。


「このファイルの続きが見つけられない。何処にあるか分かるか、アレックス?」
「え、あ、はい。それなら……。」


慌ててシュラ様の傍へと駆け寄る。
足早に進みながら、動揺で乱れた呼吸を整え、平常心に戻そうとした。


「どれだ?」
「えっと……。そちらの棚の……、その上にある茶色い……。あぁ、それです。」
「これか?」
「っ?!」


背伸びをして目的のファイルを指差す私の肩に、予期せぬ熱い手の感触。
斜め後ろに立っていたシュラ様が私の肩に手を置き、反対の手をファイルへと伸ばしていた。
私は、ただ口をパクパクさせて、端整な彼の横顔を見上げるばかりだ。


「どうした、アレックス?」
「い、いえ……。何も……。」


あぁ、そうか。
これは『お返し』だ。
私が、いつもひっそりと彼の姿を盗み見ている事への、お返し。


すまんな、助かったと、礼を述べるシュラ様の手は、未だ私の肩から離れない。
そこからジワジワと全身へ広がっていく熱と、再び一つ音を飛ばして鳴った心臓。
ドキンドキンと高鳴る胸の鼓動が、皮膚を通してシュラ様にも聞こえているのか、彼は目を細めて私を見下ろし、フッと最強にセクシーな笑みを口元に浮かべた。



彼が気づいていることを、
私は知っている



‐end‐





お題のラストは、意味深な山羊さまにしてみました。
彼は薄暗い書庫が似合う、そして、そういう密閉された静かな空間で色気が増す男だと思っておりますw

2019.06.16



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