ある日のお別れ



平日の午後というのは、妙に気怠くて物憂げだ。
テキパキと仕事をこなしているのなら話は別だけれど、私のように休日で、一人のんびりとお茶なんか啜っていると、刻まれる時の一秒一秒がどっしりと重たく遅く感じられる。
私は何となく店の中を見回した。
本を読んでいる人、考え事をしている人、ゆっくりとお茶を味わっている人。
私と同じく一人で過ごす人は皆、スローモーションの世界に囚われているかのようだ。
ただ年配の女性達の一団だけが、忙しない会話と共に超高速の世界に巻き取られ、そこだけ隔離されているかのようだった。


カロンカロン……。


軽いベルの音と共に店内へと流れ込む外気。
冬の冷たい風を纏って入って来た彼は、外界から切り離されたこの店内では、明らかに異質だった。
颯爽としていてスマートで、都会のオフィス街を足早に進む有能な商社マンにも思える彼の雰囲気は、テーブルの間を縫って歩くだけでも、店内中の視線を集めた。


「すまない、アレックス。待たせてしまったか?」
「良いの、気にしないで。ゆっくりお茶を飲もうと思って、約束の時間よりも早く来たの。今日は休日だったから。」
「そう、か……。」


そして、暫しの沈黙。
彼の注文したコーヒーが運ばれてくるまでの間、私達は何も話さずにいた。
そもそもが無口なシュラと、ぼんやりとしてばかりいる私では、そこに会話など必要ではなく、無言や沈黙が幾ら続こうとも何ら苦にならなかった。
黙ったまま傍に居る心地良さと、何も言わずとも伝わる気持ち。
だが、会話を必要としない関係が、互いに最良だと分かっているからこそ、彼が多くの言葉を紡ぐ時は、その先に良くない事が待ち受けているのだと、私は理解していた。


「アレックスに、謝らねばならない。」
「……何を?」
「お前と会えるのは、今日が最後だ。」
「……どうして?」


理解しているからこそ、耳触りの良いシュラの低い声が淀みなく流れ出した時、直ぐに覚悟は出来た。
もう会えないのは、私よりも好きな人が出来たのか、ただ単に私に飽きてしまったのか。
その理由は分からないけれど、シュラとの別れが来て、それは避けられないのだという事は分かった。


「お前への想いは変わらん。俺は、そんな多情な男ではない。」
「……だったら、何故?」
「俺の職業は、覚えているな?」
「…………聖闘士。」
「そうだ。」


聖闘士、それが答え。
詳しくは知らない。
シュラは多くを語らないから。
聖闘士である事は知っているけれど、彼が実際にどんな事をしているのかは知らないし、教えてくれた事もない。


それでも分かってしまった。
シュラは、これから命を懸けた闘いへと赴くのだ、と。
そして、もう還ってくる事はないのだ、と。
彼は、その身も、その心も、その命も、彼の持てるもの全てを捧げて、地上の平和を守ろうとしている。
そのような大義に比べれば、私との関係は些末な事なのだ。


「些末など、そんな事はない。俺はアレックスに感謝している。俺のような男に、穏やかな時間と、心地良い空間を与えてくれた。目眩がする程の情熱の時を分かち合ってくれた。全てはアレックスがいなければ持てなかったものだ。お前には感謝しかない。」
「私も……、感謝している。でも、それは貴方にじゃないわ。シュラと出逢わせてくれた神様に、私は感謝しているの。」
「フッ、そうか……。アレックスらしいな。」


そう言ってシュラは、テーブルの上に置かれていた私の手に、自分の大きな手を重ね、強く握った。
強く強く、ギュッと握った。
そんなに握られて痛い筈なのに、少しも痛みを感じなかった。
ただ、その手の感触と焼けんばかりの熱さは、絶対に忘れないだろうと思った。


「じゃあな、アレックス。」
「うん。ありがとう、シュラ。」


立ち上がった刹那、その大きな身を屈め、彼は私の唇を奪った。
スローな時を刻む店の中で、それは余りにも素早い行動。
だけど、そのキスは甘く深く、永遠にも思える程、長く感じた。
多分、実際には一秒にも満たなかったのだろうけれど……。


このキスの感触も、私は絶対に忘れない、忘れたくない。
シュラの声も温もりも、言葉も思い出も、彼の全てを忘れたくない。
彼の姿が見えなくなって初めて、急速に襲い来る悲しみ、切なさ。
胸の奥に広がるのは、苦いばかりの痛みだけ。
ジワジワと広がり、身体の全てを蝕むように、心を濁らせていく。


カップに残る冷めた紅茶を見下ろし、私はシュガーポットに手を伸ばした。
この苦い痛みを抑えるには、残るはもう砂糖の甘さしかないと思えたから。



そして角砂糖をみっつ



‐end‐





ピロートーク地獄からは、何とか無事に脱出しました(笑)
今回は切ないけれど、何処かゆったりとした別れのお話。
こちらも十二宮編の直前の設定です。

2019.01.15



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