シャンパンゴールドの夢の中



「うわ、何これ。凄い……。」


定時に仕事を終え、疲れ果てて帰ってきた午後六時。
一般人の居住区にある私の小さな家へ帰り着くと、デスがいつものニヤリ顔で出迎えてくれた。
彼は今日、午後からはお休み。
「オマエの部屋の鍵、貸せや。」と言われて、逆らっても無駄だからと従順に渡したのは良いものの、まさか自分の小さな城が、こうまで凄い事になるとは思っていなかった。


「どうして、こんなにムーディーな事に……。」
「アレックス、オマエな……。表現、古過ぎ。折角の雰囲気ブチ壊しだろ。」


元々、物が少なくシンプルな部屋だ。
家具はモノトーンが多くて、白や黒、グレーばかりだし。
飾りらしいものは何一つなく、正直言って、個性すらなかった私のおうち。
だからこそ、デスが思うままに好きなように変えられたのかもしれない。


家具はホンの少しだけ配置を変えられていたが、大きく弄った形跡はない。
だけど、いつもは煌々と点っている電気が外されて、今はボンヤリとした灯りが二つ、部屋の真ん中と隅っこに置かれている。
間接照明というものだろう、球体のボールライト。
それが、とても素敵だった。


「オマエの部屋は明る過ぎンの。これくらい暗い方が雰囲気イイだろ。」
「でも、デスの顔が良く見えない……。」
「近くにくっ付いてりゃ見えンだろが。距離も近くなって、気分も盛り上がって、イイ事尽くめじゃねぇか。」


促されるままテーブルに着く。
既に料理もお酒も用意されていて、後はそれを頂くばかり。
淡いオレンジ色の光の中で注がれるシャンパンは、いつも以上に、そのゴールド色が艶やかに弾けて見えた。


「どうよ、アレックス。俺に任せりゃ、これくらいの演出は朝飯前だ。」
「朝飯というより、晩飯だけどね。」
「イチイチ揚げ足取るなっての。イイか? オマエの、この潤いのない生活空間も、俺がちょっと手を加えりゃ、こンだけゴージャスに生まれ変わンの。オマエも少しは俺を見倣え。」
「そうは言っても、この部屋は睡眠と着替えのためだけにあるみたいなものだし。殆ど、巨蟹宮に住んでいるようなものだし。」
「うっせー、アレックス。余計な事、言うな。」


――ゴッ!


手痛いクリスマスの贈り物。
頭に力の籠もった拳骨を貰ってしまった。
ちょっと言い返したからって、恋人の頭を殴るなんて、とんだ暴力彼氏だ。
フェミニストだなんて大嘘、やっぱり悪人面の蟹座様は残虐非道な男でした。


――ゴッ!


「に、二回も殴る事ないのに……。」
「オマエがアホな事ほざくからだろ、反省しろ。ほら、食うぞ。料理が冷めちまう。」


柔らかなお肉、鼻と胃袋をそそる香ばしい匂い。
口に入れた途端に蕩けたジューシーなお肉の感触に、私の顔までもフニャリと崩れる。
それを見て、更に深まるデスのニヤリ笑い。


「美味いだろ? クリスマスの美味いメシも、大人な雰囲気に変えた部屋も、みーんな俺のお陰。って事で、お礼はタップリとヨロシクな。」
「大人な雰囲気と言うより、エロい雰囲気……。」
「あ? なンか言ったか、アレックス?」


間接照明の薄暗さと仄かな明るさは、胸の奥に眠る官能を呼び覚ますものだし。
美味しい食事というのも、その後に行われる濃密な時間を思い起こさせるものだし。
ベッドや枕のカバーまで大人な印象、いや、完全にムラムラ感を誘うものに変えられているのは、百パーセントその気を起こさせるためだけのデスの下心にしか思えない。


「やはり、そのニヤリは、そっちのニヤリですか、そうですか……。」
「ソッチって、どっちだよ? つか、付き合ってる男と女なら当然だし。クリスマスなンだから、雰囲気が大事っつーのも当然だろ。エロいなンて言うより、少しは色気だせ、オマエも。」


つまりは色気の欠片も見えない私が、少しでも大人っぽくなって、デス好みの雰囲気ある夜を過ごせるようにとの願いが籠められているという訳ね。
雰囲気がどーのとか言っても、結局、行き着く先はソコって事で。


「どうせなら、こんな狭い部屋より、デスの部屋をクリスマスっぽい雰囲気に飾れば良かったのに。」
「アホ。あンな広い部屋、なンかしようと思ったら、何日掛かるか分かンねぇだろが。イイんだよ、ココで。アレックスの部屋ってのが、たまンねぇだろ。」


ニヤリと笑んだ紅い瞳の光輪が、シャンパンの泡の向こう側に揺れている。
それって、ただただエッチなだけじゃないのよ。
雰囲気壊しているのはどちらなんだか。
呆れて溜息を吐く私の目の前で、デスは口の端に付着したソースを、これ見よがしに舌先でペロリ、舐め取って見せた。



シャンパンゴールドの夢の中
貴方に溺れる夜の夢



‐end‐





蟹さまは雰囲気を重視する男だと思います。
「心も身体も胃袋も満たしてこそイイ男と言えンだよ!」とか、豪語してそうね、彼はw

2016.12.27

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