雪のベランダで待つ



空が赤い。
黒い筈の夜空が、赤灰色に染まって見えるのは、今夜が雪の降る曇り空だからだ。
ふわふわと、ゆっくり、静かに。
空から舞い落ちてくる白い雪は、とても綺麗だけれども。
その美しさも、今夜の心には何ら響く事はなかった。


心に満たされるものがなければ、雪など、ただただ寒いだけ。
冷たくて、身を切るような寒さ。
空っぽの心を更に浚うような、容赦ない寒さ。
私はカラカラと窓を開け、その寒さに身を曝す。
ブルリ、身体が震えたのは一瞬。
心の空虚さに比べたら、こんな寒さなど大した事には思えなかった。
それよりも、今夜は輝く星すらも分厚い雲に隠れて見えなくなってしまっている、その事の方が悲しかった。


「今頃、楽しく過ごしているんだろうなぁ……。」


ミロ様の宮でのプチパーティー。
アイオリア様と私もお邪魔する予定だった。
だけど、アイオロス様がキッパリと言い放った、「アレックスは今夜、お留守番。天蠍宮には行っては駄目だよ。」との言葉。
地獄に突き落とされた気分だった。
宮主様の言いつけには逆らえないのが、宮付き女官の規則。
クリスマスだというのに、唇からは溜息と切なさばかりが零れ落ちていく……。


「……アレックスっ!」


大きな溜息を漏らした刹那。
耳に届いた自分の名を呼ぶ声に、ハッとして窓の外に頭を突き出す。
ベランダの手摺りの隙間から、微かな人影が見えた。
人馬宮の裏庭に面した小さなベランダに出て、手摺りから身を乗り出せば、見慣れた金茶の髪と精悍な緑の瞳が、暗闇の中に浮かび上がっている。


「アイオリア様?!」
「すまない、待たせてしまった。」


ひらり。
重力を感じていないかの如く軽々と二階のベランダまで飛び上がってみせたアイオリア様。
トンッと着地の音も、とても静かで。
アイオロス様の聖衣みたいに、彼の背中には羽根でもあるのかと思える程、軽やかな身のこなし。
思わず見惚れていると、アイオリア様は少しだけ首を傾げて、私の頭をポンと一つ叩くように撫でた。


「べ、別に来てくださいと言った覚えも、待っていた覚えもないのですが……。」
「だが、約束しただろう。必ず行くと。」
「それはアイオリア様が一方的に言い残していっただけで……。」
「だが、アレックスは、こうして待っていたじゃないか。この寒い中、ベランダで。」


まさかのまさかで、アイオリア様に言い返せないとは。
でも、本当に来てくださるとは思ってもいなかったから……。


「兄さんもヒドいものだ。自分は御機嫌で出掛けていったクセに、アレックスには留守番させるとか、どれだけ横暴なんだ。」
「外出するから、宮を空けておきたくはなかったのでしょう。普段は休みもなく駆け回っていますから。」
「クリスマスに、こんな仕打ちを受けても庇うとは、アレックスは女官の鑑だな。俺だったらブチ切れる。」


実際にそうなった時には、絶対にキレたりなんてしないクセに。
相手がアイオロス様なら、困り顔をしてオタオタとするのだろう。
そんな彼の姿が容易に想像出来て、思わず笑みが零れた。
だが、笑う私の様子など気にもしないで、アイオリア様は持ってきたバスケットの中身を、ベランダの小さなテーブルに並べ始める。
と言っても、赤ワイン一本と、小さな容器に詰めたオードブルが少々、本当に摘む程度ばかりだったが。


「遅くなったが乾杯しよう。」
「乾杯? 何にです?」
「俺とアレックスの未来に、かな。」
「アイオロス様があの調子なら、未来は真っ暗な気がしますけど。」
「そこを乗り越えるのも、また一興。今夜だって、結局、俺とアレックスの仲は裂けなかっただろ。」


予想外にポジティブで驚く。
もっと消極的で、後ろ向きな人なのかと思っていただけに、意外な驚きだった。
でも、困難に立ち向かう強さも、意思の強靱さも、彼がその胸の中に持っている事は、良く知っているから。
こうして今、アイオリア様の傍に居たいと思うようになったのだ。
今まで見えていなかっただけで、意外でも驚きでもないのかもしれない、彼の前向きな純粋さは。


「さて、雪見酒も悪くないが、こんな寒いところに居続けたら風邪を引く。中に入れてくれ。今夜はココに泊まっていく。」
「え、でも……。」


二階の小さなこの部屋は、住み込みの女官用として私に与えられている。
とはいえ、ココに男の人を泊めるだなんて、果たして許されるのだろうか。


「留守番のアレックスを獅子宮に連れていく訳にもいくまい。ベッドは狭いが、まぁ、一晩くらいなら我慢するさ。」
「そ、そういう問題では……。」
「大丈夫だ。ちゃんと明け方には帰る。兄さんに見つかる前に、な。」


何か言い返すよりも先に唇を奪われ、そのままベッドに押し倒される。
ひ弱な私に、アイオリア様の重い身体と力強い腕を押し返せる筈もなく。
後はただ、クリスマスの甘い夢の中へと沈んでいくばかりだった。



雪のベランダで待つ
強引な私のサンタさんを



‐end‐





多分、兄さんはワザとです。
障害を作る事で、弟の恋路を燃え上がらそうとする魂胆w
そして、(気付いてないとはいえ)それに見事に応えるリアが単純可愛いですw

2016.12.25

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