豪奢なドアの内側で



一日の中で、彼の声を聞けるチャンスは少ない。
執務室にいる間、彼はずっと黙々と書類に向かっていて、無駄なお喋りは殆どしないし。
何かしらの質問をされても、答えは短く簡潔に。
時に、不作法にも思える程に短い相槌程度の返事しか返さない事もある。


部屋の中で響くのは、サガ様の怒声や、アイオロス様のノンビリした声、デスマスク様の面倒臭そうな声、アフロディーテ様の呆れ返った声など。
それらは頻繁に聞こえてくるけど、彼の声は、その十分の一。
いや、百分の一。
話をする事が嫌いなのか、それとも、仕事に没頭するが好きなのか。
声を聞けないから、どんな人なのか上手く掴めない。
そんな事もあって、私は今、非常に迷っていた。


磨羯宮、プライベートな部屋へ続く扉の前。
シュラ様のサインを貰ってこいと押し付けられた書類を抱え、ノックする事を躊躇う私。
いきなり押し掛けて、怒られやしないだろうか?
あの鋭い目でギロリと睨まれたりしないだろうか?
真面目で勤勉だが、寡黙で怖い人。
そんな彼のイメージが頭の中をグルグル回って、この部屋を訪ねる事が徐々に恐ろしくなってくる。


それにしても、このドアは見事な作りだ。
躊躇いの合間に、つい惚れ惚れと眺めてしまう。
これ程に重厚で厳かな扉は、教皇宮に設えられている事はあっても、各宮のプライベートな部屋に使われている事などない。
今まで訪れた幾つかの宮では、その場に見合った、もっとシンプルな扉が使われていた。


ノックはせずに、手で扉の表面を撫でる。
重厚でいながら繊細な装飾。
触れるだけでも、手の平から歴史が伝わってくるような神聖さも感じられて――。


「……オイ。」
「っ?! え? わ、シュラ様?!」
「そこで何をしている、アレックス?」


うっとりと扉の感触に浸っていた刹那。
数メートル離れた別のドアから、ひょっこりとシュラ様が頭を突き出して。
激しく訝しげな視線でコチラを眺めていた。


い、いえ、そ、そんな、怪しい者じゃないんです!
そりゃあ、扉を撫でながら惚けているだなんて、十分に怪しい行動ではありますけれども!


「この扉が余りにも立派で見事なものだったので、つい……。」
「扉? あぁ、書庫のドアの事か。」
「書庫? シュラ様のプライベートなお部屋のドアじゃなかったのですか?」
「それならコッチだ。」


スタスタと私の方へと近寄りながら、たった今、自分が出てきたドアを親指で示すシュラ様。
確かに、あのドアであれば他の宮と同じ普通のもので、釣り合いが取れていると言える。


「これは十数代前だったかの山羊座が随分な博識で、書庫にある過去の資料に目を通すのが何よりも好きだったそうでな。その知識の深さに当時のアテナが感心して、彼の書庫に相応しいものをと、このような立派な扉を贈ってくださったそうだ。」
「それは凄いですね。博識の山羊座様ですか……。」


……って、そんな事よりも!
シュラ様が物凄く喋っているんですけども!
こんなにペラペラとお喋りする人だったんですか?


「何だ、アレックス? 俺の顔に何か付いているのか?」
「い、いえ、その……。シュラ様はお喋りが嫌いなのかと思っていましたので。執務の時には、声を出す事すら惜しんでいるようでしたから、とても驚いています。」
「話す事が嫌いな訳ではない。早く仕事を終わらせるには、無駄なものをカットするのが、何より効率が良いと思っているからだ。」


そう言ってクルリと背を向けたシュラ様は、クイッと首をしゃくる仕草と視線だけで、「中へ入れ。」と私に示してみせた。
だが、呆然と立ち竦んだままの私に、彼は「用があって来たのだろう?」と言いたげに、腕に抱えたままの書類をジーッと見遣る。
ハッとしてシュラ様の後を追い、私的な部屋の内側へと足を踏み入れた。
それなりに生活感のある部屋の様子を見て、私は心の中で安堵の息を吐いてしまった。


「入ってみるか?」
「……え?」


持ってきた書類全てにサインが終わったと同時、シュラ様の口から漏れた言葉。
意味が分からず聞き返すと、彼はニヤリと口の端に笑みを浮かべて、「書庫だ。」と一言、そう告げた。


「興味はありますけれど、部外者が入っても良いのですか?」
「アレックスが部外者じゃなくなれば良いだろう。そのためには、一度入ったら出られなくなるが。」
「意味が良く分かりません。」
「そうか? クリスマスの夜に、女が一人身の男の部屋を訪れる、その意味と同じだと思うが?」


シュラ様の口角の笑みが更に深まる。
その表情で、やっと気が付く鈍い私。
ち、違いますから!
今夜、ココに来たのは決してそういう意味ではないですから!
サガ様に頼まれて仕方なくですから!


「仕方なく、か。随分と冷たい物言いをするのだな、アレックスは。」
「っ?!」


初めて触れる『素』のシュラ様に、翻弄されっ放しの私。
正直、今夜。
私はココから無事に帰れる気がしないです……。



豪奢なドアの内側で
予想外の夢を見る



‐end‐





二人目は我らが無自覚タラシな山羊様ですw
山羊様のお部屋に引き摺り込まれたい願望の現れですねw

2016.12.21

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