「不思議だな……。」
「??」


ポツリと零した私の一言に、アレックスは僅かに眉を寄せて首を傾けた。
肩に掛かっていた長い黒髪が滑り落ちる『サラリ』という音が、聞こえてきそうな気さえする。
それ程に、光の輪を映す彼女の髪は艶やかで美しかった。


「キミとは長い付き合いだけど、涙を流した姿は、その時が初めてだった。」
「……そうでしたでしょうか?」
「しらばくれる気なら、無駄だよ。」


執拗な私の追及に、苦笑いを浮かべる彼女。
この程度の追求なら、まだかわせると思っているのだろうか?
アレックスの態度も表情も、未だ余裕があるように私には見えた。


「今日のアフロディーテ様は、いつもと違います。」
「『しつこい』とでも言いたいのかな? 分かっているさ、言っている私自身だって、執拗だと感じてるからね。でも、どうしても気になったんだよ。キミとは長い付き合いだから……。」


私はアレックスの優雅な笑顔に負けないくらいの微笑を浮かべて、彼女を見つめる。
だが、そこには絶対に譲らないという確固たる思いを多分に含ませていた。
それに気付いたのだろうアレックスは、その美しい顔から優雅な笑みを引っ込め、困ったように顔を曇らせる。


「……理由をお聞きになりましたら、驚かれますわ。例え、アフロディーテ様でも。」


私が驚く程の事?
そう言われてしまえば、余計に聞きたくなるのが人間の心理。
是非、その理由を聞いて、そして、驚いてみたい。
彼女の隠された心の中が分かるのなら……。


私は微笑を浮かべたまま、ゆっくりと一つ頷いてみせた。
それを見て逃れられないと悟ったのか、アレックスは観念して大きな溜息を吐く。
そして、目を閉じ、胸に両手を当てて重ねると、今度は大きく息を吸って、それから再び開いた瞳で、私を真っ直ぐに見つめた。


「では、お話致します……。ですが、その代わり、私のお願いを一つだけきいていただけますか?」
「何なりと。」


それが、どんな願いかは分からないが、常識ある彼女の事だ。
無理難題な事を言い出したりはしないだろう。
笑みを崩さずに彼女が話し出すのを待っている私を、数秒間、ジッと見つめた後、覚悟を決めたのだろうアレックスは、静かに話を切り出した。


「アフロディーテ様。私の父の事、覚えていらっしゃいますか?」


アレックスの父親。
確か、聖域で石像などの修復や制作を行う彫刻師の頭(カシラ)を務めていた。
だが、あれは七年前だったか。
巨大な彫刻を制作中に、造り掛けの石像が崩れ、その下敷きになって亡くなったと聞いたが……。


「それなのですが……。あれは偶然の事故ではなく、故意に引き起こされた事故だったと分かったのです。」
「何だって?」


そう言って俯いたアレックスの秀麗な顔と、苦しげに細められた瞳の奥が、湧き上がる悲しみで暗く陰った。





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